第57話 スローディッシュ家の料理人
この日、スローディッシュ家に、新たにメイドが二人、料理人が一人雇われることとなった。
三人とも女性だ。
「アメリアです。よろしくお願いいたします」
「キルケです。精一杯頑張ります」
「……ティオです。よろしく頼みます」
全員似たような挨拶になるのは仕方がないだろうが、ティオだけは少し不機嫌そうだった。
一番落ち着いているアメリアは、茶色い髪のどこか大和なでしこ風の落ち着いた雰囲気の女性だが、まだ十九歳らしい。隣の領地で親に無理やり結婚されそうになったところを逃げ出してきたというから、見た目に反してかなり行動力のある女性だと思う。メイドとして仮採用。
キルケはアメリアに比べて明るい十八歳の赤い三つ編みの女性。彼女はこの領地の隣村の出身で、ちょうど働き口を探していたらしい。
メイド候補は他にも何人かいたが、アメリアの事情を聞いたロジェ父さんとエイラ母さんがその境遇に同情し、かつ彼女がメイドとして働いていた経験もあるということなので採用を決めてしまい、それなら年の近いキルケがいいだろうということで、こちらもメイドとして仮採用することとなった。
そして、ティオは青みがかった黒髪の、十五歳と三人の中では一番若い女性で、驚いたことにタイタンの娘だった。王都の食堂で修行をしていたそうなのだが、タイタンの命令でスローディッシュ領に戻ってきて、この家の料理人として仮採用されたらしい。
もっと王都で修行をしたかったからだろうか? それとも、実は王都に気になる人でもいたのだろうか? どちらにせよ、不機嫌なのは半ば強制的に王都から戻らされたことだろう。
どうも、王都の修行先というのも、タイタンのコネで働いていた食堂だったらしく、彼が口を出したらそこで働けなくなってしまうらしい。
「じゃあ、僕とエイラはアメリアとキルケに屋敷を案内するから、セージはティオに厨房の案内を頼めるかい?」
「なんで? 厨房ならエイラ母さんの方が詳しいんじゃ――」
「セージはタイタンさんの師匠でしょ? それに私の部屋についてもいろいろと注意事項を言わないといけないのよ。女性はいろいろとあるから」
とエイラ母さんは不機嫌なティオの面倒を僕に押し付けるのにふさわしい言い訳を言って手を振った。
ラナ姉さんはそうそうにスライム狩りにいってしまったが、僕も一緒にいけばよかった。
「セージ様、質問してもいいでしょうか?」
厨房に移動しているときに、ティオが尋ねた。
「なにかな?」
「セージ様が父の師匠というのは本当か……でしょうか?」
「うん……成り行きでね。」
別に師匠になりたくてなったわけじゃないんだけど。
「ティオさんは――」
「ティオで構ない……構いません。仮とはいえ、この家に雇われていますから」
「ティオは王都でどんな料理を作ってたの?」
「賄い料理をようやく作らせてもらったところだ――です。基本は皿洗いと野菜を剥いたりする下拵えでした」
「ごめん、聞き方が悪かったよ。えっと、ティオさんが王都で教えてもらった料理ってどんな料理があるの?」
「料理は教えてもらわなかった……でした」
「え? ……なんで?」
「なんで……と言っても――申されても」
「それ、謙譲語になってる。別に話しにくいなら普通に話してくれてもいいよ?」
「そういうわけには――」
「話が前に進まないから」
「……あぁ、わかった。話を戻すけど、普通に王都で働くとなったら、最初の一年目は皿洗いと雑用、二年目でようやく賄いを作るチャンスを貰えて、他の料理人が料理を作っている様子を見てレシピを盗み、一人前の料理人になるもんだろ?」
「え? めんどくさ……」
「セージ様は子供だからわからないかもしれないが、めんどくさいもんなんだよ、働くってのは」
ティオからひしひしとにじみ出る苦労を感じる。
僕は前世でもまだ大学生だったし、働く辛さってのは確かにわからないが、きっと、彼女にもいろいろとあったのだろう。
「ここがうちの厨房だよ。調味料はここに入ってる。一応、砂糖は高いからあまり使い過ぎないで欲しいかな? 穀物は蕎麦と小麦がある。牛乳は、毎朝新鮮なものを届けてもらってるよ」
「カタクリコってのはないのか?」
片栗粉の事を知ってるのか。きっと、タイタンにでも聞いたんだろう。
「あれはまだ少ないから、僕が持ってるんだよ。そうだ、片栗粉作ってみようか。あんまり作り過ぎるとジャガイモがなくなっちゃうから少しだけね」
「え!? いいのかっ!? 貴重なレシピなんだろ?」
「だって、レシピを教えないとティオが代わりに料理を作ってくれないじゃん。毎回僕が片栗粉を作るのも面倒だし」
「……一応、私、仮採用中の身で、ここで働くって決めてないんだけど。門外不出の秘伝とかじゃないのか?」
「僕は片栗粉のレシピは広がってもいいって思ってるからね。うちの領は片栗粉じゃなくて、ジャガイモを売って利益を出したいから」
「セージ様、小さいのにいろいろ考えてるんだな?」
ということで、ティオにジャガイモを渡し、まずは、いつも通りジャガイモの注意事項――緑になっているところや芽は毒だから食べてはいけないことなど――を説明してから、片栗粉を作る。
結構時間がかかったけれど、完成した。
「たったこれだけしかできないのか。セージ様が作り過ぎるとジャガイモが無くなるって言った意味がよくわかるな。この絞って残ったものはどうするんだ?」
「んー、炒めてサラダにしてもいいけど……そうだ、せっかくだから二種類の芋餅を作ってみようか!」
「イモモチってなんだ?」
「片栗粉とジャガイモで作るお菓子だよ」
本当は醤油ダレで食べるんだけど、仕方がないので今回は蜂蜜バターを代用させてもらう
蜂蜜に合うように、水の代わりに牛乳も入れよう。
うん、久しぶりの芋餅だから楽しくなってきた。
あれ? なんか最近、料理ばっかり作っている気がするな。
……うん、多分気のせいだ。
今度からティオが作ってくれるんだし、僕は何もしなくてもいいはずだ。
「あとはこれを焼いて――――――よし、完成っと! じゃあ、まずは食べよっか」
「私もいいのか?」
「もちろん。味見をしてもらわないと、次から同じものを作れないでしょ? 食堂で味を盗むってそうじゃなかったの?」
「食べるとしたら、せいぜい鍋についた残りのタレを舐めるとか、客が残した物を食べるとか……」
本当にレシピって簡単に教えてもらえないんだなぁ。
魔法の術式も特定の組織内でしか公開されていない物が多いって言ってたし、この世界は情報の価値が地球より高いんだ。
あっちの情報なんて、ほとんどウィキペディアを見れば手に入るし、大学教授の論文だってネットで公開されているものが多いのに。
いや、そんなことより久しぶりの芋餅だ。
「うん、(醤油がないのは残念だけど)もちもちしていて美味しい」
「搾りかすで作ったほうは、シャキシャキしてるな。これもこれで美味しいが」
「確かに、これはこれで結構いけるよね。餅感覚は少ないけど」
「気になってたんだが、モチってなんだ?」
「餅っていうのは……えっと、腹持ちがいい感覚ってことで!」
僕がそう言うと、ティオがじっと僕を見つめる。
嘘だってバレたかな?
でも、米がないのに餅の説明なんてできるはずがない。
「セージ様、すみませんでした」
「え?」
「私、父さんから王都で仕事をやめて、セージ様から料理を学べって言われたんです。でも、正直、五歳の子供に料理なんて教えられるわけがないって思ってたし、なにより子供に教わるなんて恥ずかしいって思ってました。でも、違いました! セージ様は私が知っているどの料理人よりも懐が深くて、そして立派な料理人です。是非、師匠と呼ばせてください!」
「いやいや、弟子はタイタン一人で十分だから!」
「どうか――」
「だから、嫌だってっ!」
僕は料理漫画の主人公になるつもりなんてないんだから、料理の弟子をこれ以上増やすのはまっぴらだ!
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