第58話 新たな日常、いつもの日常
朝。僕が寝ていると、扉がノックされた。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「セージ様、おはようございます」
その日、部屋に僕を起こしに来たのはメイドのアメリアだった。
手には顔を洗うためのお湯の入ったたらいがある。
「おはよう、アメリア。ラナ姉さんはもう起きてるの?」
「はい。既に着替えて走りに行きました」
「そうなんだ」
僕は確認すると、アメリアが持ってきたお湯で顔を洗う。
こうしてメイドさんに起こしてもらえるのは少し新鮮だ。
「スローディッシュ家の皆様は朝がお強いのですね?」
「そうだね。一日の始まりがだらしないと、その日一日だらだらとした日常を過ごしてしまいそうだしね」
なんて嘯いているけれど、実際のところ、僕は朝が弱い。
二度寝したいと思うときも多々あるが、そういうときはその場で二度寝をせずに、修行空間に行って寝る。あっちの方が布団は気持ちいいし、誰かを待たせることもない。
実際、アメリアがノックした直後、僕は一度修行空間にいってひと眠りして眠気を完全に覚ましていた。
ちなみに、修行空間の使い方は他にもあり、たとえばトイレもほとんどあっちで済ませている。
だって、修行空間のトイレって、トイレットペーパーもついてるし、ウォシュレットもついてるし、誰かが先に入っていて待たされることもない――ゼロもアウラもトイレを使わないので――ので一度あれを味わってしまうと、二度とこっちでトイレをしようと思えなくなる。
まぁ、そのせいで小さい頃エイラ母さんに「この子、全然排泄しないけど、もしかして病気じゃないかしら」と本気で心配されてしまい、時々トイレに行くフリだけはしている。
「アメリアはどう? 昨日は眠れた?」
「はい、おかげ様でよく眠れました」
アメリアが柔和な笑みを浮かべて頷く。
彼女は空き部屋を改造した寝室で、キルケと同室で寝泊まりしている。ティオは実家が近いので、通いでもよかったのだが、専属料理人は屋敷で寝泊まりするのが普通ということで、厨房近くの部屋で寝ている。
「じゃあ、着替えるから少し出てて」
「手伝います」
「大丈夫だよ、一人でできるから。あ、それとロジェ父さんの着替えは手伝わないようにね。エイラ母さん、意外と嫉妬深いから」
「ご安心ください。昨日、キルケとともに注意を受けています」
僕がティオに料理を教えている間に、注意事項は伝達済みだったようだ。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「フローズン」
二階層でゴブリンを倒した後、おやつ代わりに持ってきた修行空間に保管している果物に氷結魔法を使ってみる。もちろん、魔法の名前を唱えなくても使うことができるんだけど、エイラ母さんに言われた通り、魔法名を普段から唱えるように習慣付けている。
じわじわと果物が凍っていくのがわかるが、手のひらは魔力を覆って保護しているので、魔法を使っている間は冷たいと感じることはない。
凍らせた後、ナイフで切ってみる。
半分凍っているが、半分は凍っていない。
エイラ母さんだったら、簡単に凍らせたんだけど。
やっぱり、魔力の違いかな。
凍らせた果物を食べる。
知覚過敏の人にとっては天敵ともいえる凍らせた果物も、まだ乳歯すら抜けていない健康な歯の僕には問題なく食べられる。
「セージ、何食べてるの?」
「凍らせた果物だよ。半分食べる?」
「うん!」
アウラに半分の果物を渡して、二人で食べる。
「冷たくて美味しい!」
「うん、美味しいね!」
アウラにも知覚過敏の症状はないようだ。
アルラウネが歯周病になるかどうか知らないけど。
「セージ、いろんな魔法を覚えたね」
「うん。でも、もっと強い魔法を覚えたいんだけどね。ウインドカッター」
風の刃が離れた場所にいるゴブリンを斬りつける。
ゴブリン相手だったらなんとかなるけれど、これより強い敵が出てきたらと思うと。
でも、強力な魔法であればあるほど、魔力の消費が大きくなる。
レベルを上げようにも、必要な経験値十倍の壁は大きい。
時間が無限にあっても、焦る気持ちは心のどこかにあるんだよな。
「もっと、ゴブリンの経験値が高くなったらいいんだけど」
「アウラの花を食べたらピンク色にならないかな?」
「スライムじゃないし、ゴブリンは花は食べないと思うよ」
「じゃあ、三階層に行く?」
「それはまだちょっと怖い」
ゲームと違って、死んでも蘇生魔法で生き返るなんてできない。
怪我をしたら痛いし、敵は最大八体までなんて決まりもない。速度順に攻撃してくれる仕組みもなければ、首を斬られてもHPが残っていたらしなないなんてこともない。
人間は簡単に死ぬ。
たとえ、神に無理やり次元の壁をぶち破って落とされなくても死んでしまう。
「じゃあ、頑張ってゴブリンを倒すしかないね。バーベキューする?」
「そうだね」
アウラが鳥を捕まえて、それを焼く。
いつもは乾燥している木を探すんだけど、今日はあまり見つからなかったので、近くに生えている木の枝を切って、それも使用する。
匂いにつられて、ゴブリンが集まって来る。
いつもの作業だ。
「ウィンドカッター」
一回魔法を唱えると、ゴブリンが一体死ぬ。
アウラとの連携も問題ない。
だからといって、油断していたわけではない。
それでも、僕は気付いていなかった。
まさか、焚き火にしていた木が爆ぜて――
「セージ、危ないっ!」
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