第59話 魔法治療不可
オラ、セージ・スローディッシュ、五歳。
……と、某アニメキャラの主人公みたいな自己紹介を何故しているのかというと、僕の頭がそのアニメキャラみたいな坊主頭になってしまったからだ。
「セージ、大丈夫?」
アウラが僕の頭を撫でて尋ねる。
「……うん、大丈夫。火傷はもうすっかり治ったから」
焚き火にしていた枝が爆ぜて、それがあろうことか僕の髪に燃え移った。
急いで魔法で水をかけようとしたんだけど、構築魔法って頭の中で術式を思い出して唱えないといけないため、普段なら何の問題もなく使える魔法でさえ、パニックになると使えなくなってしまうのが欠点だ。
そう、僕は魔法をなかなか使えずにいて、アウラが自分の服を脱いで僕の髪を叩いて消火してくれたのだけれど、火が消えたときには大きな火傷を負ってしまった。
アウラが服を着る間もなくゴブリンを薙ぎ払い、僕を抱えて零階層に戻ってくれて、ゼロに治療をしてもらった。
おかげで火傷は綺麗に治ったのだけれど、髪はチリチリになってしまった。
しかも、髪のチリチリは回復魔法では治せなかった。
「申し訳ございません」
ゼロは言い訳をせずに謝罪をしたが、治せない理由を尋ねたところ、回復魔法で髪まで治ってしまったら、パーマを当てた髪が元に戻ったり、また切った髪が生えたりと支障が出る。戦闘中に回復魔法を使い、急に髪が伸びて視界が塞がったら大変だ。
髪が焦げても命の危険があるわけではないし。
それでも、髪をこのままにしておくわけにはいかないので、チリチリになった髪を全部剃ったら、いがぐり頭になってしまったというわけだ。
「ゼロ、新しい魔法を作って髪を生やすことはできないの?」
「申し訳ありません。私は神より制約を課せられており、現存しない魔法を発明することは禁止されているのです。そして、髪を生やす魔法はいまだ誰も開発に成功しておらず、そういうスキルもございません」
神の制約か。
それを持ち出されたら、構築魔法で新たな術式を書いてもらうのも無理だな。
僕が考えようにも、僕が今使える魔法は自然魔法のみ。
回復魔法は身体魔法に分類される。
一応勉強を初めているけれど、自然魔法の文字や構文より複雑で、進展していない。そんな状態で、髪を元に戻す術式を生み出すとなると、いったいどれだけの時間がかかることやら。
「となると、髪が生えるまで、ここでじっとしているしかないのか……」
元の長さになるまで、どれだけ時間が必要だろうか?
三カ月? それとも半年?
「セージ様は修行空間では成長することはございません。ここにいても髪が伸びることはございません」
「え?」
なんということだ!
そういえば、ここで一カ月くらい修行したことがあっても、一度も家族から、「セージは髪が伸びるのが早いね」なんて言われたことがない。つまり、髪は伸びていないのだ。
まさか、ここにきて僕の人生で最大のピンチに見舞われようとは。
一体どうすればいい?
元の世界に戻って、みんなにどう言い訳すればいいのだろう?
自分で切った→なんのために? 切った髪はどうしたの?
突然何者かに髪を切られた→事件じゃないか! でも、ずっと家にいたよね?
突然、髪が短くなってた→正直に答えなさい。
無理だ、思いつかない。
しいて言えば、突然髪が短くなってたと言って、僕にもわからないと言って通す方法しかないのだろうけれど、変な病気を疑われて騒ぎになるのも困る。
「ひとつ、髪を伸ばす方法があります」
「本当にっ!?」
「はい。髪を伸ばす魔法はありませんが、髪を伸ばす魔法薬なら存在します。素材さえ揃えていただければ、私が調合致します」
おぉっ! 地獄に仏とはまさにこのことだ!
仏じゃなくて天使だけど。
「でも、成長できない修行空間でも伸びるのか?」
「はい、魔法で生やす分には、成長とはいいませんので問題ありません」
「材料はなんなんだ? 異世界通販本で買えるか?」
「必要なものの大半はそうですね、安いポイントで購入可能です。ですが、そちらの本で買うことができるのは、地球で買えるものとスキルのみですので、買えないものが一つだけ。ビッグトードの油が足りないのです。三階層にいる魔物が発情期の時に発する油です」
「三階層――ギリギリいけるが、危ないから、とりあえず2階層でレベルを上げてから――」
「それが、ビッグトードの発情期は年に一シーズンしか訪れず、一週間以内に採取しなければ、次採れるのは約十カ月後以降になってしまいます。というより、そろそろ発情期を終えるビッグトードも多く――」
「早めにいかないと手遅れになると?」
「……はい」
ゼロが頷く。
いくら修行空間が快適で、時間の流れを気にする必要がないといっても、十カ月、元の世界に戻れないというのは流石に困る。
「三階層、僕でも勝てる?」
「はい、推奨レベルは5ですので、同じレベルのセージ様なら余程の事がない限り死ぬことはありまあせん。アウラもいますし」
「うん、そうだね……アウラ、ところで――」
「なに? セージ?」
「そろそろ頭を撫でるのやめてもらえるかな?」
どうやら僕の頭を撫でる感触が気に入ったらしいアウラは、ずっと僕の頭を撫で続けていたのだった。
うん、確かにこの頭の人って撫でるの気持ちいいよね?
小学校とかでこのくらいの髪の長さの同級生がいたら、かならず撫でられていたし。
「セージ。この髪のままで――」
「それはヤダ」
アウラのお願いを僕はきっぱり断ったのだった。
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