第173話 ラナ姉さんのアイス作り(後編)
三時になって、さっそくお菓子作りを始める。
材料は全部厨房に揃っていたので、今回はこれを使う。
本番は、ラナ姉さんが自分のお金で買うことになっている。
「まず、牛乳を一本、ボウルに入れて」
「入れたわ」
瓶の蓋を入れてドボドボドボと金属製のボウルに牛乳を注ぐ。
牛乳の雫が周囲に飛び散った。
「次に砂糖を入れて」
「入れたわ」
用意した砂糖が全部入る。牛乳が跳ねた。あと、少し外に零れた。
「じゃあ、よくかき混ぜて」
「セージ、少ないんじゃない? どうせ作るならもっと作りましょうよ」
「え?」
気付けば、ラナ姉さんが牛乳を追加で入れていた。
ボウルに余裕があるとはいえ、いきなり分量二倍。
大丈夫だ、うん、このくらい想定の範囲内。
まだ慌てるような時間じゃない。
さっきと同じ分量の砂糖を用意する。
後ろでティオが凄い目で見ている。
絶対に怒っている。
晩御飯に牛乳を使う予定があったのか、それとも貴重な砂糖を予定の二倍使ったことに対する不満か、それともラナ姉さんの料理を冒涜しているとしか思えない適当さに嫌気がさしたのかはわからないが怒っている。
僕は彼女の顔を見ないように、氷結魔法で氷を作ってそれをアイスピックで――ってそこまでする必要はないか。
「ラナ姉さん、かき混ぜるのはそのくらいでいいから、次はこの氷を砕いてよ」
「わかったわ」
ラナ姉さんがガンガンと氷を砕いていく。
うん、力仕事はラナ姉さんに任せて楽をさせてもらおう。
砕いた氷を、さっきより大きなボウル――がないから、桶に入れる。
その氷の上に塩をかけた。
「セージ、なんで氷に塩かけてるの?」
「こうすることで、氷の温度が一気に下がるんだよ。ラナ姉さん、この上にそのボウルを置いて」
「こう?」
「うん。あとはこれでかき混ぜて。ゆっくりね。こぼさないように」
「わかったわ!」
ラナ姉さんが木べらでゆっくりと砂糖牛乳をかき混ぜる。
かき混ぜる。
かき混ぜる。
ラナ姉さんが、「いつまで?」と聞いてきても、「まだまだだよ。固まるまで」と教える。
氷結魔法で一気に凍らせると、ただの牛乳氷になってしまうからね。
そこはゆっくりと。
「全然固まらないんだけど」
「ラナ姉さんが牛乳の量を倍にしちゃうからだよ。無駄口叩いてないで頑張って」
「代わりなさいよ。力もいらないんだから、あんたでもできるでしょ?」
「僕は作り方を教えるとはいったけど、作るって言ってないよ。ほら、頑張って」
「ぐぬぬ……」
ラナ姉さんが頑張って混ぜる。
とにかく混ぜる。
牛乳の分量を増やした分だけ混ぜる。
ティオは既に夕食の仕込みをしているので手伝えない。
味見をしようとしたら注意する。
液体のまま飲んでも冷たい砂糖牛乳だからね。
そして、混ぜ続け――
「セージ、そろそろいいんじゃない?」
ラナ姉さんがボウルの中身を見せる。
だいぶ固まってきた。
僕からしたら、もうちょっと固い方がいいと思うけれど、ここからは好みの問題になる。
「味見してもいいよ」
僕が言い終わる前に、ラナ姉さんは木べらについたミルクシャーベットを食べていた。
「なにこれ、甘くて冷たくておいしい! こんなの食べたことないわ!」
「じゃあ僕も一口味見させてね」
横から匙を伸ばして一口貰う。
匙を口に運ぶと、まず舌に広がるのは濃厚なミルクの味わい。口の中に広がるシャーベットの滑らかな口当たりに、心地よい冷たさが感じられる。卵もバニラエッセンスも使っていない分、あっさりとしたこの感じは、夏の暑さにちょうどいい。
「ティオも食べてみなよ」
「いいんですか? では……っ! 甘くて美味しいですね」
「ふふん、そうでしょ! 私が作ったんだから!」
鼻高々に自慢する。
そういえば、ラナ姉さんの料理(?)がここまで褒められるのって初めてな気がする。
少なくともティオに作ってあげたことはなかったよね。
「何か盛り上がってるわね」
そう言ってやってきたのはアニスだった。
お昼ご飯を食べてから、また本を読んでいたけれど、暑いから飲み物を取りにきたらしい。
「アニス様! ミルクシャーベットというお菓子を作ったの! んです! 食べてみませんか?」
ラナ姉さんはそう言って、さすがに木べらや匙で直接というのは裂け、小さな椀に入れてアニスに差し出す。
「いいの? じゃあ遠慮なく…………うん、美味しい! こんなの王都でも食べたことないよ。このあたりは王都より涼しいって言ってもやっぱりまだ暑いからちょうどいいわね。これで本の続きが読めるわ!」
アニスはそう言って、部屋に戻っていった。
これは夕ご飯の時間まで部屋にこもるな。
「私、みんなにも分けてくる」
益々自信をつけたラナ姉さんは、椀と匙を持っていった。
残った氷を処分していると、ラナ姉さんが戻ってきた。
「みんな喜んでたわ! エイラ母さんもまた作ってねって言ってくれたの」
「え? エイラ母さんにも食べてもらったの?」
「もちろんよ」
「エイラ母さんの誕生日に食べてもらうためのサプライズ料理だったんじゃないの?」
「………………」
ラナ姉さんの表情が笑顔のまま固まった。
視線を中身が三分の一程度になったボウルに移す。
笑顔のまま顔を上げて、僕の顔を見た。
「……忘れてた」
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