第172話 ラナ姉さんのアイス作り(前編)
翌日から、バズは行動を開始した。
ゆっくり寝ることができたのか、顔には生気が戻っていたので、単純に寝不足だったのだろう。
これから、商会の立ち上げのために、急いで王都に戻るらしい。
アニスも客間に泊っていたが、朝食の時には顔を出さなかった。
一晩中、ゼロの本を読んでいたらしい。
彼女は、エイラ母さんにゼロの原本を譲ってほしいと頼んでいたが、結局断られていた。
ちなみに、エイラ母さんにはアニスが来た時点で、ゼロの本は王都の本屋でも売っている場所が限られていて、アニスはそのことを知らない。
知られたら本を買い占められる恐れがあるから、入手場所を聞かれても黙ってほしいと頼んだ。
ただ、アニスには、エイラ母さんが、写本作家のエラであることはバレてしまったが、面倒だったから黙っていただけで、エイラ母さんから説明してもらう分には問題ない。
「それで、アニス嬢はいつまでいるんだい?」
「一週間はいるそうよ。ロドシュ侯爵への手紙は昨日のうちに書いてもらって渡してるから、ちゃんと伝わると思うわ」
ロジェ父さんとエイラ母さんの会話が続く。
それと、今朝、冒険者を名乗る男の人が来て、手紙を渡してきた。
差出人はアニスで、これから伺うとの内容が記してあった。
速達で送ったはずなのに、手紙を追い抜いて先に領地に来たのか。
そんなことを考えていると、隣に座っていたラナ姉さんはそうそうに食事を終えて、僕にだけ聞こえるように、「食べ終わったら私の部屋に来なさい」と囁いた。
そして、言われた通り、朝食を終えてからラナ姉さんの部屋に行ったら、「遅いわよ」と怒られた。ゆっくりと紅茶を飲んで寛いでいたのがいけなかったらしいが、一方的に呼びつけて怒るのもどうかと思う。
「それで、何の用?」
「もうすぐ秋でしょ? 秋といえば――」
「キノコ採り」
「エイラ母さんの誕生日よ!」
エイラ母さんの誕生日は9月1日だ。
この世界は一年365日で、1月から12月まであって、閏年まで完備されている。
そして、暦の上では9月から秋というのも現代日本と同じだ。
なので、秋の始まり=エイラ母さんの誕生日というのが我が家の定番である。
「エイラ母さんの誕生日を考えましょ」
「ラナ姉さんもそういうこと気にするんだね。でも、僕はもう用意してるから」
「いつの間に?」
「王都のダンジョンで手に入れたとっておきのものを残してるから、それをプレゼントにするんだ」
真珠のネックレスだ。
エイラ母さんの誕生日も近いことから、お土産として渡さず、誕生日プレゼントとして渡すことにした。
これならハズレの心配はない。
「ずるいわよ、セージだけダンジョンに行って」
「そう言われても。僕が炭酸水を作ったご褒美なんだし。それに、死ぬところだったんだよ?」
「ロジェ父さんが負けるって、あんまり想像できないんだけど」
「ロジェ父さんも普通の人間なんだから、負けるときは負けるの」
「ロジェ父さんが普通の人間だってあんまり信用できないんだけど」
「それは……確かに……」
いくらレベルが高いといっても、ステータスの高さでは説明できないことを簡単にやってみせる。
落ちてくる石を一瞬で避けたり、百メートル以内の敵の気配を察知したり。
もしかして、ロジェ父さんって、日本とは違う異世界からの転生者で、チート特典大量に持っているんじゃないだろうか?
スキルがないのは、その反動じゃないだろうか?
そんな風に考えてしまう。
「ロジェ父さんのことはいいのよ。エイラ母さんの誕生日プレゼントよ。何がいいと思う?」
「うーん、肩たたき券とか?」
「子供だましね」
でも、ラナ姉さん子供だし。
「それに、エイラ母さん、肩たたきはしなくていいって言うの。私がやったら余計に肩が凝るからって」
実の母親が言うセリフじゃないと思うけど、エイラ母さんがそこまで言うのなら、本当にヤバイ奴だからやめた方がいいと思う。
もしかしたら、肩が凝るどころか、骨にひびが入っているかもしれない。エイラ母さんなら、魔法で治せるし、防御魔法だって使えるけど、お腹の中の子供に万が一のことがあったら困るからね。
「そうだ、妊娠中は酸っぱい食べ物が食べたくなるっていうから、森で柑橘系の果物でも取って来れば?」
「それだといつもと変わらないじゃない。特別な日だから、特別なことをしたいのよ!」
また面倒なことを言い出したよ。
でも、今回はエイラ母さんのためだっていうから、悪いことじゃない。僕を巻き込まなければ。
「予算はどのくらい?」
「銅貨17枚ね」
「じゃあ、とりあえず雑貨屋に行こうか」
子供のお小遣いとしては十分だけど、プレゼントを買うには少し寂しい。
できるとしたら、花を摘んできて花束を作るとか。
料理のプレゼント?
いや、料理はティオが作るだろうから、デザート系かな?
でも、ケーキとか分量細かいのはラナ姉さんには難しい。
そもそも、オーブンとか僕使い方知らないんだよね。
「ミルクシャーベット……とか」
「ミルクシャーベット? なにそれ?」
「氷と塩と牛乳と砂糖があれば作れる冷たくて甘いお菓子。僕が氷を作ったら、あとはラナ姉さんでも作れると思う」
「本当にっ!」
「うん。材料を用意しよっか」
牛乳は毎朝届けられるものがまだ残ってるはずだ。
塩と砂糖もある。
「じゃあ早速作りましょ!」
「え? 今日作るの?」
「どんなお菓子か気になるのよ」
「わかったけど、でも、朝ごはん食べたところだし、三時頃にしよ」
今日は僕も予定がないからいいか。
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