第174話 忙しくなるらしい
今日、僕はリエラさんに貰った本を読んでいた。
癖が少しあるけれど、汚い文字ではない。
ただ一つ、文字が非常に小さい。普通の本の文字の半分くらいで、しかも改行がほとんどない。そのため、同じ大きさの本の五倍くらいの情報量が詰まっている。
だが、読むのも非常に疲れる。
それでも、エルフの住んでいる場所や、食生活、好きな音楽などの生活の話が書かれているのを読むと、勉強になる。
リアーナから聞いたように、森を焼いて畑を作っている様子なども書かれていた。
ハイエルフについての記述もいくつかあった。
ただし、この本の中ではハイエルフという名前は使われず、古代エルフと呼ばれている。
そのうえ、実際のハイエルフは永遠の寿命を持っているのだが、古代エルフについてはエルフより長命な種族であり、既にこの世界にはいないことになっていた。リエラさんがハイエルフの生き残りであることは秘密らしい。
これを読むと、どうやら、リエラさんが捜しているのは、もう一人のハイエルフらしい。
ハイエルフの中で生きていると言われているのは、リエラさんの他にもう一人、リリアーヌという名前の女性のはずだ
彼女は男好きで、人間との間にたくさんの子供を作り、その子供の子孫がいまのエルフたちだと言われている。
本の中で僕の胸を抉ったのは、エルフと人間との戦争の記録だった。
人間にとっては遠い昔の記録であっても、エルフの寿命は人間より遥かに長い。
たとえ数百年前の戦争であってもその記憶は決して色あせるものではなく、それが禍根としてエルフの中に残っているらしい。
ただし、これはあくまでエルフ視点で語られている内容なので、本当に人間が悪いのか、それとも本当はエルフが悪かったのかなどはわからない。
きっと、当時の人間には、当時の人間なりの言い分があったのだろう。
「ふぅ……」
僕は息を漏らして目頭を摘まんだ。
一時間くらい読んでいたけれど、五ページくらいしか進んでいない気がする。
これは読み切るまで相当時間がかかりそうだ。
「セージくんはリエラさんから貰った本を読んでるの?」
「はい。アニスさんはゼロ先生の本は読み終わったんですか?」
「まぁね。いまは持ってない本の書き写しも終わったところ。ところで、ゼロ様の本の入手場所は――」
「ゼロ先生の意向に反するので教えられません。アニスさんがゼロ先生のファン失格で嫌われてもいい、ゼロ先生が筆を折ってしまっても責任を取るというのなら教えますが」
「ぐっ……わかったけれど、ゼロ様に手紙を送ることがあったら、私のことも伝えておいてね」
「わかりました、必ず伝えます」
伝えても、ゼロがアニスに自分の存在を教える可能性は皆無なんだけどね。
「ところで、アニスさんは、リエラさんとは知り合いなんですか?」
「私の直接の知り合いじゃないけど、お父様の古い知り合いみたい。エルフの中でも結構身分の高い人みたいだし、エルフの使者としての待遇で入国してるからね。客人扱いされてるから、有力な貴族と知り合ってても不思議じゃないよ」
「そうなんですか」
まぁ、エルフのことを嫌っている人もいるだろうから、そのような待遇じゃないと自由に出入りできないのか。
でも、リエラさんって、エルフの中ではどういう扱いなんだろう?
エルフたちは、リエラさんがハイエルフだって知っているのだろうか?
リリアーヌから伝わっていて、ここから子孫に「リエラというエルフが来たら丁重に扱うように」と言い伝えられているとか?
気になるな。
「じゃあ、私はそろそろ帰るから。セージくんには挨拶にきたの」
「え? もう?」
「うん、そろそろうるさくなるからね。その前に帰りたくて」
そろそろうるさくなる?
ラナ姉さんがうるさいのは昨日も今日も変わらないけれど?
「どういうことですか?」
「この村に来る乗合馬車って、月に一本程度なんでしょ? それが明日着く」
「はい。王都からだと結構遠回りになるので、馬車のある僕は使いませんけど」
「たぶん、そこに仕官候補の人達が乗ってると思うから」
「え? いやいや、ない! うちは貧乏男爵家ですよ?」
「次期子爵家よね? しかも、戦争の功績や上位貴族の推薦じゃなくて、王家の推薦となったら、百五十年ぶりの快挙。仕官を志す人間にとっては、理想の働き口でしょ。さすがに、伯爵家との繋がりまでは知られていないと思うけれどね」
え? それって、つまり、明日からうちに仕えたいって人間が大量に押し寄せるってこと?
……うわ、面倒だぁ。
いやいや、さすがに、このような辺境の場所。
面接希望の人が来るとしても、十人くらいじゃないかな?
と僕は思っていたのだが――
「最低百人は来るだろうね」
アニスが帰った後、ロジェ父さんに尋ねると、ため息交じりに答えた。
最近、ロジェ父さんのため息が多い。
「僕、そんなの聞いてないけど?」
「あくまで、予想だしね。それに、メイドや料理人と違って、うちに住むわけじゃないから。一応、今は使われていないけれど、仕官してきた人を受け入れるための建物はあるよ。うちの周りにね」
そういえば、うちの屋敷と村の間に、家がいくつかあったな。
近所さんだから挨拶しないのかなって思ってたけど、誰も住んでいる気配がなかったから――
「廃墟だと思ってた」
「使われていないって意味では廃墟と同じだけど、廃墟よりは綺麗だと思うよ。定期的に村の人に掃除を頼んでたからね」
領主の館の周囲には、仕官してきた騎士の家を設けるのが、領主の屋敷にとっては普通のことらしい。
ロジェ父さんも、元々はメディス伯爵家の嫡男で、それを見て育ってきたから、騎士のための住居を、屋敷を作るときに備えて建てたのだが、結局、貧乏男爵家に用のある人間はいなくて、全く使われないままだったらしい。
ちなみに、領主の屋敷の近くに騎士の家を作るのは、外敵に領主の屋敷が狙われることになったとき、その騎士の家も危険に巻き込まれるので、騎士たちは家を守るために逃げ出すこともできないから――という理由らしい。
ってことは、スローディッシュ騎士団結成ってこと?
でも、変な人が来たら困るな。
面接方法についていろいろと考えないと。
「ロジェ父さん、相談があるんだけど――」
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