第10話 花の誘惑
「セージ様、報告します。あの花は、アルラウネが育てている花で間違いありません」
「そっか。草原しかない場所に花が育っていたのは、アルラウネがいたからなんだ」
ゼロからの報告を聞いて、僕は納得する。
てことは、あの花畑がアルラウネの縄張りってことか。
予想はできたけれど、いいことを聞いた。
「あの場所に限らず、ピンク色のスライムがいるところには近付かなければいいんだな」
花畑に行く途中にピンク色のスライムを三回も見つけた。
逆に言えば、ピンク色のスライムに遭遇せずに花畑に迷い込む確率は低いということだ。
「別に近付いても問題はないと思いますが、念のためにそうする方がいいでしょう」
「近付いても問題ない? どうして?」
「アルラウネが育てている花は危険です。獲物をおびき寄せる幻覚作用のある毒の花粉と、相手の命を奪う毒の花粉の二種類を使い分け、殺した相手の養分を奪うからです」
「そんな危険な花だったのか」
ゼロから返してもらったピンク色の花びらを見て考える。
あそこで直ぐに逃げなかったら、僕はここに戻って来られなかったのかもしれない。
って、この花びらも持ってるだけで危ないんじゃないのかっ!?
むしろ近付いたら問題しかないだろ。
「いえ、この花にはその毒の成分が全くありません。どういうわけか、このアルラウネは魔物でありながら、人を襲うという本能を持ち併せていない可能性が高いです。それと、これにはスライムを変異させる作用があります。おそらく、セージ様が見たというピンク色のスライムは、普通のスライムより経験値が高いと思われます」
「え!? いくらくらい?」
「3ポイントはあるかと」
あ、その程度か。
三倍と言われたら凄いけれど、わざわざピンクのスライムを探すために、有害か無害かもわからないアルラウネがいる花畑周辺に行く理由もない。
「こっちが近付かなくても向こうから襲って来ることはないかな?」
「アルラウネは縄張りを大事にする魔物ですから、大丈夫です」
そうか、ゼロが言うのなら安心だな。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
なんて思っていた時期が僕にもありました。
スライムを狩る僕から数十メートル離れた後方に、奴――アルラウネがいた。
何が「アルラウネは縄張りを大事にするから大丈夫」だよ。
普通に縄張り出てきたじゃないか。
急いで逃げ出したが、追いかけてきた。
でも、一定の距離は保っている。
どういうわけか、僕を襲うわけでもなく、逃げるわけでもなく、ただ僕のあとをつけてくるのだ。
ストーカーに遭遇した気分だよ。
あのアルラウネは本当は僕より遥かに速く進める。
「あの、僕を襲うつもりなの?」
声を掛けてみたけど、言葉が通じないのか返事はない。
ただ、敵意は無さそうな気がする。
もう逃げるのはやめることにして、スライム狩りに集中することにした。
レベルが上がって、速度を上げれば逃げ切れる可能性も高まるからね。
そう思い、スライムを狩っている。
「ねぇ、見ていて楽しい?」
「ただスライムを狩っているだけなんだけど」
「魔物同士なんだけど、仲間意識とかはないの? って、同じ魔物といっても人間と野ネズミくらい違う種族か」
離れたところにいるアルラウネに声を掛けるのは、念のために「お前のことは忘れていない。油断していないぞ」というアピールだ。
暫く魔物を狩って食事休憩を取る。
ゼロが作ってくれたサンドイッチだ。
「うん、おいしい」
と味わって食べている間もアルラウネはじっと僕のことを見てくる。
あげないからな。
魔物が人間の食事の味を覚えたら危ないっていうのは、巨大スライムの時も散々考えていたことだ。
一時の情にほだされて、取り返しのつかないことになったら困る。
論理的な考えと罪悪感の板挟みにあいながらも食事を半分食べたところで終え、スライム狩りを続ける。
スライムを捜して、手袋で押さえつけて切る、切る、切る。
同じ作業の繰り返しだ。
そのうち、寝ながらスライム狩りをできるようになるんじゃないだろうか?
と思ったところで、僕の目の前にスライムが現れた。
足下じゃなくて、本当に目の前だ。
アルラウネの蔦がスライムを掴んで僕の目の前まで伸びてきていた。
そして、スライムは僕の足下に置かれ、蔦が引っ込む。
「もしかして、僕にくれるつもりなのか?」
返事はない。
「ありがたいんだけど、どうせくれるなら、このスライムじゃなくて、お前が花を食べさせていたピンク色のスライムの方がいいな」
ダメ元で言ってみるも、アルラウネは首を傾げている。
やっぱり言葉が通じていない。
そうだ、ゼロから貰った花びらがあったんだ。
僕はピンク色の花びらを見せて言う。
「お前が、この花、食べさせたスライム、この色、わかるか?」
外国人に説明するときは何故か片言になる日本人の典型的パターンだが、僕の説明を聞くと、アルラウネは笑顔を浮かべ、土に潜って消えた。
もしかして、理解してくれた?
十五分くらいしてから、アルラウネは戻ってきた。
蔦に三十本以上の花を絡めて。
どうやら、僕が花を欲しがっていると勘違いしたらしい。
「……毒はないって言ってたもんな。ありがとう」
僕がぎこちない笑顔で答えると、アルラウネも笑顔で頷いた。
魔物とはいえ、女の子に花をプレゼントしてもらうなんて、初めてだよな。
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