第11話 情を移すなっていうほうが無理だろ

 ゼロに確認してもらったところ、花はやはり毒の成分のない見た目の綺麗な花らしいので、家に持って帰って三分の二を花束にしてラナ姉さんに渡したら、


「えー、花より木の実の方がいいんだけど」


 と花より団子のようなことを言われたが、少し距離を置いてこっそり姉さんを観察してみたところ、花を見て嬉しそうに微笑んでいる。

 素直に喜んだらいいのに。

 残り三分の一は、倉庫から花瓶を持ってきて部屋に差す。

 部屋が一気に華やかになった気がする。

 特にピンク色というのがいい。

 桜を彷彿させる。

 ジョージ・ワシントンもこんなきれいな花が咲いている状態の木だったら、斧の試し切りと言って桜の木を伐ろうとは思わなかっただろう。まぁ、あの話はフィクションらしいけれど。


   ▽ ▼ ▽ ▼ ▽


 修行空間で再びスライム狩りに行った。

 すると、またアルラウネがやってきた。


「……この前は花をありがとう。嬉しかったよ。じゃあ、僕はスライム狩りをするから」


 そう言って、スライム狩りを始めると、またアルラウネがスライムを見つけて蔦で僕に持ってきた。

 今日も仕事を手伝ってくれるようだ。

 効率が上がる。

 アルラウネはスライムを捜すのが得意らしい。

 僕が一匹見つける間に、アルラウネは二本の蔦を器用に使って、五匹程スライムを見つけてくる。

 スライムを倒すペースが上がる。

 この調子だと、今日の二百匹のノルマも早々に達成できそうだ。

 自分が何匹スライムを狩ったか曖昧になってきたころ、食事をとることにした。

 いつも通り大きなサンドイッチが二個入っている。


「うん、美味しい」


 いつも通りゼロのサンドイッチは絶品だ。

 アルラウネがじっと僕を見ている。

 僕は半分ほど食べたサンドイッチを見た。

 熊に餌を上げてはいけない。

 人間の食べ物になれると人里に現れるようになる。

 巨大スライムをゼロに倒してもらったのもそのためだ。

 だが、このアルラウネはどうだ?

 もう、ここまで人間に慣れてしまったら、いまさら食べ物をあげたところで


「食べるか?」


 僕は残り一つのサンドイッチを彼女に差し出す。


「気になってるんだろ? スライム狩りを手伝ってくれた礼だ」


 それとも、アルラウネは食べ物を食べる必要がないのか?

 根っこから栄養を吸ってるし、太陽はないけど光はあるから光合成もできるのかもしれない。

 そう思ったら、蔦が伸びてきて、僕からサンドイッチを受け取った。

 そして、彼女は二本の手で掴み、それをじっと見つめると、口で食べた。

 アルラウネも口でものを食べることができるらしい。


「おいしい」


 可愛い女の子の声が聞こえた。

 思わず彼女を見る。


「お前、喋れるのか?」

「おいしい」


 彼女が頷いて言う。

 あぁ、そうか、僕の言葉を覚えたんだ。

 凄い学習能力だ。

 まぁ、もう一口、二口とサンドイッチを食べているから、一応気に入ってはくれたんだろう。

 食事を終えてからもスライム狩りを続けた。

 その間に、言葉を教える。


「これはスライムだ。スライム」

「スライム」

「僕、セージ。名前、セージ」

「セージ! セージ!」

「うん、セージ。お前、名前?」

「セージ」


 それはお前の名前じゃない。

 やっぱり意思疎通は難しいか。

 いや、そもそも一人しかいないんだ。名前なんてものもないのだろう。

 ただ、これまで黙々とスライム狩りをしていた時に比べれば、少しは楽しく狩りをできたと思う。


 そして、目標としていた二百匹を倒したので、一度戻ろうと出口を目指した。


「じゃあ、僕は帰るから」

「セージ、スライム」


 アルラウネがスライムを僕に渡そうとするが、彼女が用意した分だけスライムを狩り続けたら、僕は帰ることができない。


「うん、また今度な」


 そう言うと、アルラウネが寂しそうな表情をした。

 本当に寂しいのだろう。

 この一階層にアルラウネがいるはずがない、彼女だけが特別だというのなら、彼女はこれまでずっとこの草しかない世界に一人でいたことになる。

 スライムや魚等はいるけれど、それだけ。

 スライムは単細胞生物で、意志疎通を取るのも難しい。

 こうして話をしたりする相手もいなかったのだろう。


「……僕と一緒に来るか? そこならお前と仲良くしてくれそうな人もいるぞ」


 僕はそう言って手を差し出す。

 情が移ったんじゃない。

 ゼロのところにつれていけば、こいつが悪い魔物か良い魔物か判断できると思ったからだ。


 ――って言い訳はもうキツイか。

 あぁ、僕はこいつに情が移ってしまった。

 だって、ずるいじゃないか。

 見た目は十五、六歳くらいの可愛い女の子だぞ?

 そんな女の子が僕に懐いてくれて、花をくれたりサンドイッチを食べてくれたり、僕の名前を何度も呼んでくれる。

 それで情を移すなって言うほうが無理だ。


 彼女はそう言うと、僕に近付いてきた。

 そして、彼女は白い手を伸ばし、微笑んで、僕の手の上に乗せる。


   ▽ ▼ ▽ ▼ ▽


「ってわけで、連れてきたんだ」

「それは立派な志です。ただ、彼女は私が言ったように無害な存在ですが、深い階層ではかわいい姿で人を騙す魔物もいますから気を付けてください」


 ゼロからの忠告を素直に受け入れる。

 たった三回会っただけですんなり彼女を受け入れてしまった脇の甘さは自分でも理解している。

 石畳の上だとアルラウネも落ち着かないだろうから、僕たちは畑のある庭に移動していた。


「――っ! ――っ!」


 アルラウネが何かを指をさして興奮している。

 何があるのかと見ると、白い花が咲いていた。

 あぁ、ジャガイモの花か。


「それは、ジャガイモの花だ。ジャガイモ」

「ジャガイモ!」


 うんうん、アルラウネだもんな。

 花が好きなのか。


「言葉を覚えるのが早いですね。発音もいいです」

「こいつはゼロだ。ゼロ」

「ゼロ!」

「ああ、ゼロだ。お前の教育係だからな。しっかり言葉を教えてもらえ」


 僕がそう言うと、


「よろしくお願いします。ゼロです。あなたに言葉と常識を教えさせていただきますね」


 ゼロは僕の言葉を全く否定せず、すんなり受け入れやがった。

 さすがは有能執事。

 カッコいい、女だったら抱かれてる。


「アウラ、カッコいいからって簡単に抱かれるんじゃないぞ?」

「アウラ?」

「お前の名前だ。アウラ。わかるか?」

「アウラ!」


 よし、理解してくれた。

 連れてきたからには、ちゃんと名前で呼んでやらないと。

 いつまでも「お前」だと、亭主関白宣言をしている旦那のようだし。


 こうして、僕の修行空間に、新しい仲間ができたのだった。

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