第3話 初めてのスライム狩り
元の世界に戻るには、最初の部屋の中央で戻りたいと念ずれば戻れると教えられた。
それ以外の場所だと戻ることができない。つまり、ダンジョンなどから緊急脱出もできないらしい。
痒い所に手が届かないのは、俺が望んだ結果だから仕方ないと諦める。
一度きりと諦めかけた俺に与えられた二度目の人生だ。
安全マージンは絶対に必要、緊急脱出なんて使う必要性を感じないダンジョン攻略を行おうと心に誓い、元の世界に戻ってきた。
あそこで本格的に修行をするのは三年後くらいからかな?
「セージいた! いっしょにあそぼ」
「うん、いいよ」
「え?」
元の世界に戻った直後、ラナ姉さんに話しかけられた俺は、さっきまでゼロと普通に話していたせいで、当たり前のように返事をしてしまった。
それを聞いたラナ姉さんは目を丸くし、
「おとうさん、おかあさん! セージがしゃべった!」
やってしまったと気付いたときには既に手遅れで姉さんは居間に向かって走り出していた。
「ほら、セージ。もういっかいしゃべって。うん、いいよっていったよね?」
「あー、あー」
「おねがい、セージ、しゃべって」
ラナ姉さんに話しかけられても俺はいつも通り意味のない声しか出さない。
部屋に来た母さんと父さんに、
「ラナ、セージはまだ小さいから喋る事はできないわよ」
「きっと聞き間違いだよ」
と諭すように言われると、
「ほんとーだもん! セージしゃべったもん!」
と泣き出してしまった。
姉さんには悪いことをしたと思うけれど、常識的に考えて、俺が話し始めるにはまだ早いんだよね。
それから一週間、姉さんはしつこいくらい俺に話しかけてきたけど、俺はずっと誤魔化し続けるのだった。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
僕は五歳になった。
レベルアップに必要な経験値が多い体だが、肉体的な成長にはなんら影響はないらしく、五歳児らしい体つきに成長してきた。
「見て、セージ! 私のレベルが上がったの!」
最近父さんと一緒に狩りに出かけるようになったラナ姉さんは、僕の部屋に入ってくるなり笑顔でそう言った。
「へー」
「気の抜けた返事はなによ! もっと言うことはないの?」
「おめでとう、姉さん。ステータスカード見せて」
「もちろんいいわよ!」
そう言って、姉さんはステータスカードを見せてくれた。
僕はちょうど手が離せないので、目の前に持ってきてくれる。
やっぱり数値が更新されている。
この世界には、ステータスカードというものが存在する。
ゲームでいうHPやMP、防御や素早さといった項目の数値のことだ。
項目は十一もあり、体力、攻撃、防御、魔力量、魔力放出量、精霊力、速度、命中、回避、技量、そして幸運。
基本はゲームと同じようなものだが、HPに該当する項目だけは存在しない。体力というのはスタミナなので違う。
というのも、この世界、どれだけ鍛えても首をちょん切れば即死する。致死性、即効性のある猛毒をなんの耐性もない状態で飲めば即死する。
当たり前の話だ。
ゲームのように、攻撃と防御の差でHPが減るとか、一定時間ごとにHPが削られていくとかそういう話ではない。
むろん、防御が高ければ首を狙った攻撃を防ぐこともあるだろうが、それは話が異なる。
つまり、神様が言っていたゲームと現実の辻褄を合わせる一環なのだろう。
姉さんのステータスは、主に攻撃、命中、技量を中心に伸びていた。
ステータスの伸び方は個人差があるが、姉さんは根っからの剣士タイプのようだ。いまは練習用の木剣しか握らせてもらっていないが、近いうちに本物の剣を扱うだろう。
「セージは何してるの? 寝たり起きたりして」
「体を鍛えてるんだよ。見てわからない?」
「そうなんだ。新しい遊びかと思った」
普通に腕立て伏せをしていただけなんだけど、姉さんにはこれが遊びのように思えたらしい。
四歳くらいからトレーニングを始め、毎日腹筋や背筋を頑張っている。
日本にいた頃も運動は嫌いではなかった。
ゼロのいるあの空間――修行空間と呼ぶことにした――では、肉体的な成長は止まるため、筋トレはこの世界でしないといけない。
当たり前だが、筋トレで鍛えても、肉体は強化され、ステータスは成長する。
「私も一緒にしようかしら。どうやってやるの?」
「えぇ、教えながらトレーニングするの面倒なんだけど」
「教えなさい」
「わかったから剣をこっちに向けないで。木剣でも怖いから」
ラナ姉さんの我儘はいつものことなので、最終的には従うことになった。
このやり取りを見て、最初から従っておけば怒られずに済むのにと思うかもしれないが、あまり素直に従い過ぎると次からも遠慮なく要求されてしまうので、嫌がる素振りだけは見せておかないといけない。
この姉さんの辞書に遠慮という言葉があるかどうかは、五年間弟をやってきてもわからないんだけどね。
教えると言っても、動きは単純でわかりやすいため、直ぐに僕は役割を終えた。
その後も腹筋運動や背筋運動、スクワット運動なども行い、軽くストレッチをした。
「いいわね、これ! 毎日やってるのよね? セージ、明日の私の狩りの前にも一緒にやるわよ」
「え? でも姉さんの明日の稽古って夜明け前でしょ? 僕は寝てるから一人でやってよ」
「いいからやるの!」
やっぱり遠慮という言葉を姉さんが知るのはまだまだ先のことらしい。
そして、僕は姉さんに逆らうこともできないようだ。
精神年齢で言えば二十歳を越えているはずなんだけど、七歳の姉さんに逆らえない。
たぶん、生まれ変わってから五年が経ち、僕そのものが神下誠二ではなく、セージ・スローディッシュになってきているのだろう。
最近、日本のことを夢で見る頻度も減ってきて、自然とこちらの世界の言葉で話すようになってきた。
言葉遣いも微妙に変わってきたような。
精神が肉体に引き寄せられているのだろうか?
この身体で生きていくのだから、その方が都合がいいんだけど、それでも今は覚えている両親の顔をいつか忘れるのではないかという恐怖も感じていた。
なにしろ――
「もう十年か……」
この世界で五年過ごした僕だけど、同時にゼロのいる修行空間にも五年通っていた。
そこでは本を読んでいる。
そのお陰で、こちらの世界の言葉はだいたい覚えた。遠慮という文字も書くことができる。
肉体的な成長を見込めないため、将来は剣の型の反復練習をして技術を磨くつもりなんだけど、素人が下手に型を覚えて練習すれば変な癖がつきかねないため控えている感じだ。
そして、今日。
僕はダンジョンで修行を開始するつもりだ。
そして、僕は修行空間に来た。
一日の半分ではなく、一日と同じ量を過ごすこの世界に。
「お待ちしていました、セージ様」
いつ来てもゼロがこうして出迎えてくれるし、スケジュール管理もしてくれる。
この世界は時間の流れがはっきりしないので、僕が本に夢中になり過ぎているとそれとなく経過した時間を教えてくれるのも彼の役目だ。
「今日はいよいよダンジョン初挑戦の日ですね」
「うん。ダンジョンに入ってすぐはスライムしか出ないんだよね?」
「はい、スライムのみです。子供でも倒せますが、寝ているときに顔に張り付かれたら窒息する恐れがありますので、休むときは休憩所か安全地帯でお願い致します」
「心配してくれてありがとうね。ちゃんと教えてもらったことは覚えてるから大丈夫」
僕はそう言って、ダンジョンに続く扉を開けた。
そこは真っ黒な闇が広がっているが、驚いたりはしない。
ダンジョンに行くのは初めてだけど、扉を開けたことは何度もあるからだ。
「セージ様、こちらをお持ちください、中にお弁当と水筒が入っています。お腹が空いたら召し上がりください。それと、スライムの死骸をいくつか持って帰ってきていただけると助かります」
「うん、ありがとう。スライムの死骸って、何に使うの?」
「畑の肥料にちょうどいいんです」
「へぇ、わかった。いくつか持って帰るよ」
僕はゼロからお弁当の入っている鞄を受け取り、真っ暗な闇の中へと入っていった。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
気付けば僕は草原のど真ん中にいた。
振り返ってみても、さっきの扉は存在しない。
ここがダンジョンの一階層。
元の場所に戻るには、いくつもある一階層の出口を見つけなければいけない。
「ダンジョンの中には見えないな」
僕はそう独り言ちた。
青空が広がっていて、風も心地いい。
スライムがいないなら、ここで昼寝をして寛ぎたいくらいだ。
さて、まずは出口を探さないとな。
一面草原といっても、芝生のように歩きやすい場所もあれば、草を掻き分けて進まないといけないような場所もある。
もう少し身長が高ければ少しは見晴らしもよかったと思うけれど、五歳の体では視界が遮られて困る。
そして、そういう生い茂った草の陰から、バスケットボール二個分くらいの大きさの半透明の青いものが出てきた。
「野生のスライムが現れた」
僕はそう呟いた。
飼育されているスライムなんてこのダンジョンにいるはずがない。
スライムはのんびり、亀のような速度で僕に向かって這って来る。その身体の中には草があったので、この草原の草を食べて栄養にしているようだ。
可愛く見えるけれど、魔物は人間と敵対している。
僕になついてやってきたわけではなく、本能的に殺そうとしているのだろう。
対する僕の得物は古いナイフだ。
家の物置で武器になりそうなものを探していた時に見つけた。
錆びていたので長らく使われていなかったのだろう。
砥石でしっかり錆びを落として持ってきた。
そして、もう一つの武器が、いま着けている防水性のある手袋だ。
「いくぞ」
僕は気合を入れると、左手でスライムを押さえつけ、まるで料理をするかのようにナイフで切り込みをいれる。
しっかり押さえつけないと、弾力ある体にナイフの刃は通りにくいと本で学んだ。
手の中で必死に逃れようとするスライムの感触が伝わってくる。
「ぐっ、なかなか切れない」
肉を試し切りしたときはこんなことがなかったのに。
スライムが肉より刃物に強いというわけではない。
スライムが切れにくいのは、スライムが生きているからだ。
人間にステータスがあるように、魔物にもステータスがある。
スライムの防御に対し、僕の攻撃が低いのだ。
ナイフという攻撃を補助する道具があっても――だ。
それでも、なんとかしてスライムにナイフを通す。
一度刃が通ってしまえば、あとはその内側にある透明の内臓部分を破壊すれば簡単に絶命する。
「思ったより大変だな。レベル2になるまで苦労するぞ、これは」
一般的にスライムは五十匹前後倒せばレベル2に上がると教わったが、僕は普通の人の十倍経験値が必要なため、その数もまた十倍に跳ね上がる。
つまり、五百匹。
今の作業を五百回しないとレベルが上がらない計算だ。
「まぁ、時間は無限にあるんだ。自分のペースで頑張るさ」
声に出して言い聞かせ、出口を探して歩いていく。
途中で川を見つけた。
川には魚がいて、のんびり泳いでいる。人間に襲われた経験がないからだろうか? 僕が覗き込んでも逃げる素振りすらみせない。
魔物はスライムしかいないって言っていたけれど、野生の動物はいる。
もっとも、ゼロの話では一階層には危険な動物はいないって言っていた。
深い階層だと野生の蝙蝠とか猪、熊などもいるそうなので、注意が必要だ。
そして、川辺を歩いていくと、川岸に大量のスライムを見つけた。
どうやらスライムの水飲み場らしい。
倒そうかと思ったが、これだけのスライムを倒すには時間がかかりそうだ。
先に出口を確保したい。
川沿いに進んでみると、少し離れたところにようやく出口を見つけた。
「げっ」
青く光る魔法陣。
その上を、マウンテンゴリラくらいはあろうかという巨大なスライムが陣取っていた。
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