第4話 他力本願のスライムの倒し方

 ダンジョンの出口――青く光る魔法陣。

 それは僕以外の者、特に魔物が乗ってもここから出ることができるわけでもなければ、別の階層に移動できるわけでもない。

 僕専用の出口なのだ。

 だが、その出口の上を、巨大なスライムが占有していた。

 まるで、ここが自分の縄張りだと主張しているかのように。


「いったいなんで? ゲートキーパーってやつか?」


 スライムが巨大化するという性質は知っている。

 スライムは同じ群れの仲間が複数集まると合体するのだ。

 巨大な体の分だけ、エネルギーを消費するうえ、外敵――主に人間――から直ぐに見つかってしまうという欠点が多いため、野生のスライムは巨大化しないと聞く。

 だが、このスライムは巨大化していた。


 そうか、川魚と一緒だ。

 人間という外敵がいないから、襲われる心配がない。

 しかも、周り全体が草のため、エネルギーは簡単に確保できる。

 だから、巨大化しても不思議ではない。


 なら、何故巨大化したのか?

 この場所はさっきの水飲み場から近い。そして、魔法陣の周辺だけは草地が育たない特別な場所だ。

 おそらくその特別な場所を縄張りとして確保するため、巨大化しているのだろう。

 推理はできた。

 だが、現状がどうというわけではない。


 さて、どうする? 

 この巨大スライムを倒すか、それとも別の出口を探すか。

 ただ、巨大スライムを押さえつけて倒すことはできない。

 これだけ巨大だと、大切な臓器はかなり奥の方にあるはずだ。

 ナイフだと切れ目を入れて、さらに中まで刺しても長さが足りない。

 腕を入れて、さらには身体ごと奥に入れば倒せるだろうが、リスクが高すぎる。

 それに、いくら遅いとはいえ、近付きすぎて圧し掛かられたら厄介そうだ。

 かといって、別の出口を探そうにも、同じような状況でないとは限らない。


 こうなったら根競べだ!


 巨大スライムはその身体の大きさを維持するため、エネルギーが必要になる。

 いくら草原でも、魔法陣周辺には草が生えていないため、食事の時にはここを離れる必要が出てくるだろう。

 その時に、出口を使えばいい。

 今度来るときは槍を用意しないといけないな。


 さっき、水飲み場にいたスライムを狩ることにした。

 持ち上げて運ぼうかとも思ったが、スライムは実は結構重い。十五キロくらいあるんじゃないだろうか?

 バスケットボール二個分の大きさだが、中身がほとんど水なのが問題だな。

 水は重い。

 持ち上げられないことはないが、抱えて逃げるのは疲れる。

 なので、こちらも暫く離れた場所から隠れて様子を見て、群れから離れたところで一匹一匹倒していく。

 時間がかかる作業だ。

 これならさっきみたいに草地でスライムを探した方が早い気がするが、さっき言ったようにスライムは重い。

 ゼロに肥料として持って帰るように頼まれているので、その手間を考えると出口近くで狩ったスライムを持って帰りたい。

 成長チートは嫌っているけれど、効率を蔑ろにしているわけではない。かけなくてもいい手間をかけたいわけではないのだ。

 まぁ、結果として経験値が十倍必要になり、かけなくてもいい手間をかけることにはなってしまったが。


 そして、水辺にいたスライムのうち二十匹ほど倒したところで、それを持って巨大スライムがいた場所に戻る。

 相変わらず出口を陣取っている。

 出口が魔法陣だけに、陣取るという言葉が非常にしっくりくる――むしろこの巨大スライムのために作られた言葉ではないかと思えるほどだ。

 日向ぼっこをしているのか寝ているのか、巨大スライムは動く様子を見せない。

 動く様子はないので、とりあえず倒したスライムの死骸を持って移動する。

 僕の体だと一度に持っていけるのは一匹が限度なので、ゼロもそれほどの数は期待していないだろう。

 本当はもっと長い時間狩りをするつもりだったが、初回なので無理は禁物だ。

 僕は鞄の中からお弁当を取り出した。


 中に入っていたのは野菜サンドだ。

 まぁ、畑はあっても野生の動物はいなかったから肉は用意できないか。


「うーん、野生の動物を捕まえたら、ゼロが世話してくれないかな」


 僕はそんなことを呟きながら考え、サンドイッチを食べる。

 みずみずしい野菜の味に舌鼓を打つ。


「そういえば、こっちの世界だとサンドイッチって何て呼ぶんだろ?」


 サンドイッチって、この食べ方を好んだ伯爵が領主をしていた村の名前だったはずだ。

 そもそも、サンドイッチがこの世界にあるかどうかもわからない。

 これを世間に広めたら、食文化の革命が起きるのではないだろうか?


 ……いや、考えてみればパンに具材を挟むだけなら誰でも思いつくか。

 と僕が二個目のサンドイッチを食べようかとしたとき、気付いた。

 さっきまで離れた場所にいた巨大スライムが動き出したことに。

 だが、出口に行くチャンスというわけではない。


 何故なら巨大スライムは真っすぐこちらに向かってきたからだ。


 ――気付かれた!


 十分距離を取っていたつもりだったが、全然動く気配がないと油断したらしい。

 動き出したら、回り込んで魔法陣に入り込もうと思っていたが、思ったより速い。

 僕と同じ位の速度じゃないか?

 本で読んだ限り、巨大スライムはその身体を動かすために大きなエネルギーを使うので、全力で動くことはないし、離れたところにいる人間を襲わないって書いてあったのに。

 くそっ、巨大な分だけ速いって、そんなの反則じゃないか。

 僕は食べようとしていたサンドイッチをその場に投げ、逃げ出した。

 一度川を渡るか。

 と思って距離を確認しようと一瞬振り返り、そしてもう一度二度見した。

 巨大スライムは止まっていた。

 僕を追いかけるのを諦めたわけではない。というか、最初から追いかけていない。

 あいつの目的は最初から僕ではなく、僕が食べていたサンドイッチだった。


 サンドイッチなんて匂いが特別特徴があるわけでもないものを、その嗅覚でかぎ分けたというのか?

 いや、草と水しかないこの大地で、野菜という食べるための植物の存在は、それこそスライムにとっては未知の味だったのだろう。


 僕はそっと巨大スライムの隣に放り投げていた鞄を拾い、魔法陣に向かって走り、出口から脱出した。


   ▽ ▼ ▽ ▼ ▽


「それは災難でしたね」

「本当だよ。スライムの死骸は持ち帰れずじまいだし、なにより巨大スライムが人間の味を覚えてしまったら狂暴化するかもしれないし、注意が必要だな」


 野生の熊は人を恐れて近付いてこないが、人の食べ物の味を覚えてしまうと逆に人に近付くというのは有名な話だ。

 それと同じで、人を見つけても離れた場所にいたら本来襲ってこないはずの巨大スライムが、次に出会ったら人を見つけるなり襲い掛かって来るようになるかもしれない。

 サンドイッチを囮に逃げるという手段を今後も使っていくことはできるかもしれないが、分裂して人の食事の味を覚えたスライムが増え過ぎたら、ダンジョンでの修行が困難になるかもしれない。


「巨大スライムを倒すには槍が必要なんだけど、やっぱりこの身体だと持っていくのも大変だな。何かいい方法あるか?」

「塩を振りかければスライムは倒せますが、巨大スライムを倒すにはその身体の数倍の塩が必要ですし。雷の魔法が弱点といえば弱点ですが――」

「戦闘魔法を使える人間なんてほとんどいないからね」


 僕も魔法は一切使えない。

 しかも、雷属性の魔法を使える人はとても少ない。

 そもそも、スライムなんて本来は魔法を使って倒すような相手じゃないしな。


「それなら、私がやっつけましょうか?」

「いやいや、ゼロはダンジョンに入ってこれないだろ?」

「はい。ですから、ここまでセージ様に巨大スライムを連れてきて来ていただく必要があります」


 魔物はダンジョンの階層をまたいで移動することはできない。

 だが、僕が触れている状態だと一緒に移動することもできる。


「よし、早速取り掛かるか。ゼロ、悪いけどサンドイッチをもう一回作ってもらってもいい?」

「既に用意しております」

「はやっ!?」


 ゼロはサンドイッチの入った弁当箱を僕に差し出した。弁当箱は完全に密閉されていて、匂いは漏れていない。

 さっそくリベンジの時間だ。

 僕は再びダンジョンに向かった。

 ゼロがいうには、一階層の出口を通過したことで二階層から始めることもできるようになったらしいが、二階層にいる魔物は今の僕の力では危険が伴うと説明されたので、巨大スライムを無視して二階層からスタートするという選択肢は最初から存在しない。

 ダンジョンに入ると、前回始まった場所と同じ場所から一階層がスタートした。

 巨大スライムがいた場所までの道のりは覚えているので、真っすぐ進む。

 川辺の水飲み場には僕が倒したスライムの死骸がまだ残っていた。

 知っていたけれど、入るたびに生成し直すタイプのダンジョンではない。

 無限に遊べるダンジョンといえば、そっちのイメージが強いけれど、入るたびにレベル1になったりしたら困るので、これでちょうどいいと思う。いちいち地図を作るのも面倒だしな。


「いたいた」


 さっきの巨大スライムがいた。

 サンドイッチを食べ終わったからか、魔法陣の上で寛いでいる。

 魔法陣を完全に塞いでいるため、いまのままだと移動できない。

 さっき、昼食を食べた場所――サンドイッチと一緒に食べられたのだろう、草まで根こそぎ食べられていた――で弁当箱を開け、サンドイッチを置いた。

 よく見ると、さっき食べたサンドイッチと具材が異なる。

 香りを嗅いでみると、香草が使われているとわかった。

 なるほど、匂いでおびき寄せるにはこっちの方がいいだろう。

 

「って、もう来たっ!?」


 僕はサンドイッチを置き、逃げた。

 やはり巨大スライムは僕ではなくサンドイッチに夢中のようだ。

 いまのうちに、僕はダンジョンの出口の魔法陣の上に立つ。

 出たいと願わない限り、ダンジョンから勝手に脱出されることはない。

 ここで暫く待つ。

 食事を終えた巨大スライムはのんびりと戻ってきた。

 いや、違うな。

 縄張りに入り込んだ異物である僕を襲おうとしているのが雰囲気でわかる。

 

(ゼロ、信じるぞ)


 魔物に触れた状態なら、一緒に元の部屋に戻ることができる。

 だが、巨大スライムに触れた状態で元の部屋に戻ったとき、そこにゼロの助けがなかったら、僕は巨大スライムにのしかかられて押しつぶされてしまう。

 そんな最悪の未来の想像を振り払うように僕は頭を振り、それを待った。

 手袋をしている両手を前に突き出す。

 巨大スライムの体が触れ、次の瞬間には両手が押し返されていた。

 念のため、もう少し接近する。


(いまだっ!)


 次の瞬間、僕の目の前からスライムが消えていた。

 どこにいったのかわからない。

 右を見てもなく、左を見ると巨大な槍が巨大スライムの体を貫いて壁に突き刺さっていた。


「おかえりなさいませ、セージ様」


 正面に向き直ると、ゼロが笑顔で僕にそう声をかけた。

 さっきまで彼はそこにいなかったはずだ。

 これが天使の力か。

 圧倒的な力に、僕は恐怖よりも憧れを抱いた。

 まるで、武の極致を見たような感覚になる。

 レベルを上げ続けたら、いつかゼロのようになれるのだろうか? 

 それとも、太陽に近づきすぎて地に落ちたイカロスのように、挫折を味わう日が来るのだろうか?


「セージ様、ひとまず休憩なさってはどうでしょうか? お風呂と食事、ベッドの準備は既に整っておりますので」


 僕の心を知ってか知らずか、彼は優秀な執事としてそう言ってくれた。

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