第5話 うちって貧乏なんです
僕の修行は一応順調に進んでいる。
といっても、一日三回、朝、昼、夜と修行空間に行ってはスライムを狩って帰る日常だ。
ダンジョンは非常に広い。
簡易の地図を作っている。
草原しかない場所だが、それでも岩や川の配置から地図を作っている。
いまのところダンジョンの果ては見つからず、逆に出口は七カ所見つかり、うち一カ所だけ巨大スライムに占拠されていた。その巨大スライムも最初と同じ方法でゼロに処分してもらい、いまは自由に出入りできる。
小さな池もあり、そこには鯉くらいの大きさの魚もいた。
ただ、結構深そうなため、落ちたら危険だから近付かないようにしている。
一回の探索で平均十匹倒し、毎日三十匹はスライムを倒しているのだけど、スライムの数は少なくなったりしていない。
死んだ数だけ、どこかで補充されているのではないだろうか?
とにかく、順調に進んでいる。
そして――
「ゼロ、レベルが上がったよ。たぶんだけど」
別にレベルが上がってもファンファーレが流れるわけでもなければ、アナウンスメッセージが流れるわけでもないし、細かい怪我が回復するわけでもない。
なんとなく、速く走れるようになった気がするし、なんとなく同じ距離を歩いても疲れなくなった気がするし、なんとなくスライムを殺すのが楽になった気がする。
それだけだ。
それだけ……だ。
スライムをただひたすら狩って狩って狩り続け、身体の些細な変化しかない。
それこそ、起きたとき「今日は調子がいい気がする」と思うくらいの変化。
だというのに、この達成感は確かにいい。
普通の十倍の経験値が必要だから、達成感が普通の人より遥かに大きい。
この先、経験値はさらに必要になってきて、それこそ一万匹スライムを倒してもレベルが上がらない時間が続くと思うと、絶望感もある。
「はい、レベルが2に上がっていますね。おめでとうございます、セージ様」
「わかるの?」
「もちろんです」
違いが分かる優秀な男――天使には性別がないけれど、常に執事服を着ているので男と思うことにした――にはわかるんだな。
「レベルが上がった記念に、セージ様にプレゼントがあります」
「プレゼント?」
「はい。こちらです」
ゼロが用意したのは本だった。
僕が本を好きなのを知っていて、用意してくれたのだろうか?
それにしては分厚すぎる。百科事典くらい分厚い本が、何冊もあった。
もしかして、ゼロ直筆のポエム集だったりして。
それは少しキツイが興味はある。
「ゼロが書いた本?」
「いえ、私も様々な本を書いていますが、これは神から預かっている本です」
あの神からの贈り物か。
少し嫌な予感がする。
「様々な能力や商品を購入できる本になります。貨幣の代わりに、セージ様が稼いだ余分な経験値で購入できます」
「へぇ、異世界の通販本みたいなものか……………………………………………………え?」
いま、なんて言った?
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
家に戻った僕はこの世界の旅行記を読んでいたが、内容が頭に入ってこず、ただ文字を目で追っている状態になっていた。
その状態は夕食の時も続き、ラナ姉さんから、「顔がだらしないわよ」と怒られる始末だ。
確かに、いつまで悩んでいても仕方がないことだ。
食事が終わったので、席を立つ。
部屋に戻ろうかと思ったとき、父さんが待ったをかけた。
「セージ、大事な話がある。席に座りなさい」
「――? うん、わかった」
僕は席に戻ると、父さんが笑顔を浮かべた。
軽く説教をするときも笑顔を崩さないロジェ父さんだけど、今回の笑顔はいい報告をするときの笑顔だ。
「セージ、お前の婚約者が決まった」
「反対っ! セージにはまだ早すぎるわ!」
いきなりラナ姉さんが割り込む。
「ラナ、これはこの家とセージの問題だよ」
「でも――ほら、私だって婚約者いないしっ!」
ラナ姉さんがなんで反対するのかと思ったら、自分より先に弟に婚約者ができるのは嫌なのか。
少し納得した。
この世界の貴族の結婚は、ほとんど親が決める。
自由な恋愛結婚なんて、滅多にない。
恋愛したければ妾でも探せっていうのが貴族の慣わしだ。
「それで、父さん。僕の婚約者って?」
「ああ、王都のメディス伯爵家の娘さんだ」
「伯爵家って、うち、貧乏男爵家だよね?」
よくそんな良いところのお嬢様と婚約できたな。
もしかして、行き遅れのおばさんが婚約者としてやってくることはないよね?
前世の年齢を加算すれば、ある程度年上の女性はストライクゾーンに入るけれど、それでもエイラ母さんより年上の女性と結婚するのは嫌だな。
「メディス家は父さんが昔世話になったんだ。その縁でね」
そう言って父さんが見せてくれた姿絵には、僕くらいの年齢の可愛らしい女の子が描かれていた。
お見合い写真は本人より数割綺麗に写っている、それが絵なら猶更だ。
しかし、さすがにおばさんを女の子の絵で紹介したりはしないだろう。
少し安心した。
「ねぇ、父さん。本当なの? 今言ったこと?」
ラナ姉さんが険しい顔をして父さんに尋ねる。
やっぱり、まだ僕の婚約に反対しているのだろうか?
「うちって、貧乏だったの?」
あ、そっち?
姉さんは、どうやらうちの財政状況についてあまり詳しくないらしく、貴族なのだから、お金持ちだと思っていたようだ。
僕が言ったように、スローディッシュ家の経済状況は裕福とは言えない。
大きな街道に面しているわけでもないから商売は盛んではない。
その上、スローディッシュ家の領地は広いが、土地がやせ細っていて小麦の栽培に向いていない。
うちの領内の一番の特産品は蕎麦である。
といっても、日本の蕎麦のように麺にして食べるわけではなく、あくまで小麦の代替品として使われるため、買い叩かれる。
「そうだったんだ。私、ご飯おかわりとかしない方がいいのかな」
「そこまで貧乏なわけじゃないよ。借金もしていないし、スライムも売れるからね」
「え? スライムって売れるの?」
「王都の周辺はスライムが少ないからね。こういう地方の領地から生きているスライムを捕まえて送るんだよ」
「それで王都の貴族はスライムを倒してレベルを上げるのよ。魔物を倒して領民からお金をもらうのが貴族なのに、逆にお金を払って魔物を倒すなんておかしな話よね。レベルを上げたいのなら、こっちに来たら好きなだけスライムを狩らせてあげるのに」
エイラ母さんは王都の貴族のやり方にはあまり賛成していないようだ。
スライムが特産品になるのか。
スライムなら箱の中に閉じ込めておけば脱走したりしないし、適当な雑草を入れるだけで飢え死にもしない。
しかも、スライムのような魔物は人間のいる場所では繁殖しないとされ、牧場のように養殖することもできない。
それがわかるのなら、修行空間でスライムを捕まえて――って、そんなことしなくても姉さんが捕まえてくればいいだけのことか。
それより、穀物の方が問題かな?
蕎麦のようなありきたりの穀物ではなく、珍しく、それでいて育てやすく、寒さに強いもの。
「ジャガイモ……なら特産品になるかな」
「ジャガイモ?」
ロジェ父さんが聞き返した。
しまった、声に出していたらしい。
「えっと、ジャガイモっていうのは寒さに強い芋なんだ。前に本で読んで」
「それって美味しいのかい?」
「本だと美味しいって書いてあったと思う」
僕は笑って答える。
当然、嘘だ。
「そんな本あったかしら?」
エイラ母さんが不思議そうに呟く。
ロジェ父さんはあまり本を読まないので、この家にある本は、だいたい母さんの所有物だ。
本はそこそこ貴重なため、日本人のように、積読したりしない。買ったら読む。
というより、読む本しか買わない。
「僕の読み間違いかも――」
「セージ、一応その本を探してもらえるかな? 聞いたことのない芋だし、寒さに強い作物なら、他国から輸入して特産品にできるかもしれない」
「……うん、わかったよ」
さて、どうするか。
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