第6話 異世界通販のススメ

「そんな芋聞いたことないっすね」


 数カ月に一度、うちに出入りする行商人のパズなら、ジャガイモのような種類の芋を知っているかと思って尋ねてみたが、結果は空振りだった。

 そうだよね。

 里芋や長芋のような芋は聞いたことがあるけれど、ジャガイモは聞いたことがない。

 もしかしたら、この世界のどこかにあるのかもしれないが、それこそ船に乗って別の大陸に行かないと見つからないようなものだろう。


「一応、俺の方でも調べてみるっすけど、セージ坊ちゃんも何かわかったら教えて欲しいっす。きっと新しい特産品になるっすよ」

「うん、わかったよ」


 僕は子供らしい無邪気な笑顔を装って頷く。

 さて、どうしようかな?


   ▽ ▼ ▽ ▼ ▽


「経験値で購入なさってはいかがでしょうか?」


 ゼロに相談したところ、僕の予想した通りの返事が返ってきた。

 神から与えられた本。

 それは、経験値でいろいろなものを買うという通販本だった。

 中身は電話帳みたいに細かい文字で様々な物が書かれていて、それに必要な経験値も書かれている。

 だいたい、100円の物を買おうと思ったら、100ポイントの経験値を使う。

 例えば麩菓子Aを買おうと思ったら一本20ポイント。カップラーメンBを買おうと思えば一個300ポイントという感じになっている。

 しかも、それは日本での価格であり、僕のいる国ではとても貴重な胡椒も、小さな瓶に入って200ポイントで売られている。

 これを買おうと思えば、その十倍くらいの金額を払わないといけない――さすがに金と同じ価格というわけではない。

 そして、物資だけではなく、能力まで買うことができる。

 たとえば、初級の回復魔法は10万ポイント。転移魔法は3000万ポイントという感じだ。

 ちなみに、スライムの経験値は一匹1ポイント。

 僕はスライムを520匹倒してレベルが上がり、余剰経験値は468ポイント。

 なんでこんな能力を与えられたのかというと、僕からゲームの話を聞いたとき、神は経験値を人々に与える仕組みを取り入れたけど、人の経験値を減らす仕組みは用意しなかったんだそうだ。

 だけど、僕には他の人の十倍の経験値が必要となったそうで、つまり九割の経験値は余ってしまう。

 そして、あまり経験値を余らせてしまうと、それはそれでシステムに異常が出る。

 経験値を減らすシステムを新たに取り入れるよりも、それをレベル上げ以外に使える仕組みを用意したほうが楽だ――と思った神は通販本を用意したという。

 確かに成長チートは要らないって言ったけど、それでこんな支障が出るのなら、普通にレベルが上がる仕組みにしたらよかったんじゃないだろうか?

 男に二言はない?

 神が男かどうかなんて知らないよ。

 

 そんなわけで、ジャガイモの種芋を買うことができる。

 一個80ポイント。

 ただ、一個だけ手に入れたところで、増やすのは大変だし、いくらジャガイモが病気に強いからといっても、その一個が病気になったら大変だ。

 ロジェ父さんにどこで手に入れたのか聞かれても返事ができない。

 それに、ジャガイモに関する本も解決策が思いつかない。

 日本の本を購入しようにも、書籍類は1000ポイント以上の物が多い上、書かれている文字も日本語がほとんどらしい。


「それなら、セージ様が交換したジャガイモを私が畑で育てて増やしましょう。ジャガイモに関する書物も私が執筆します」

「いやいや、それってゼロの負担が大きすぎるだろ」

「畑仕事も本の執筆もどちらも私の趣味ですから」


 そういえば、ゼロは自分で本を書いているって言ってたな。

 なら、言葉に甘えてもよさそうだ。


「ただ、種芋を増やすのに三カ月、本の執筆に三日ほど時間をいただきたいですね」

「三日で書けるの!?」


 パソコンもないし、そもそも紙すら自分で作っているのに、たった三日で一冊、本を書けるのか。

 世間の作家が聞いたら泣くぞ。


 じゃあ、早速ジャガイモを買うか。

 置いてある異世界通販本を手に持つ。

 表紙には、現在買い物に利用できる経験値の数値が書かれていた。

 ジャガイモ(種芋)の項目を探し、指でタップする。

 文字が青く光った。

 さらにもう一度指でタップすると、右上のカートの絵の右下に「1」という数字が置かれた。

 本当に、どこかの通販サイトみたいだ。


 そして、本を閉じて手を翳す。

 すると、本の数字が減り、本の表紙に描かれた魔法陣が光ったと思うと、光が生まれた。

 まるで召喚魔法のような光景だが、その光が収まったあとに現れたのが一個のジャガイモというのは何か情けない。


「ありがとうございます、セージ様。こちらは畑に植えて成長を見守らせていただきます」



 そう言って、ゼロはジャガイモをいきなり真っ二つに切った。

 え? なにしてるの? 植えるんじゃないの?

 このくらいの大きさの種芋は二つに切ってから植えたほうがいい?

 そうなんだ、知らなかった。



「じゃあ、三日程スライム狩りをしているよ」


 レベルが上がってから初めての狩りなので、どれだけ楽にスライムを狩れるかも楽しみだ。

 ちょうどいいので、合宿気分でスライム狩りをしよう。

 ただ、何か大切なことを忘れている気がするけど――なんだっけ? 


   ▽ ▼ ▽ ▼ ▽


 修行空間で三日間スライムを狩り続け、ゼロが用意してくれた本をエイラ母さんのところに持っていく。

 父さんは本を読まないし、この家の本は母さんの物ってことになっているからね。

 母さんは、パズが売りに来た食材の整理をしていた。

 使用人もいないうちでは、食材の管理は全て母さんが行っている。

 料理人を雇いたいって言っていたけれど、今の状態だとそこまでは難しい。

 

「ジャガイモのことが書いてる本だよ」


 それは一冊の旅行記風の本だった。

 母さんは「こんな本あったかしら?」と首を傾げながら、軽くページを捲る。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「……母さん、ジャガイモについて書いてあるのはね――」

「待ちなさい、セージ! 順番に読むから何も言わないで」


 読書家の母さんは、ゼロの本を一目で気に入ってしまったらしい。

 日本であろうと異世界であろうと「ネタバレダメ、絶対」ということか。

 集中しているので、黙って出て行こうと思ったところ、


「そういえば、昨日は話がすっかり変っちゃったけど、明日から父さんと一緒にスライム狩りをするからね」


 母さんにそう言われた。

 そんな話聞いてない――と振り返ってみるも、母さんは本を読むのに夢中になり、僕の顔を見てもくれなかった。

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