第7話 父とスライム狩り
朝食を食べた後、僕は父さんと二人で出かけた。
馬車で隣の領地の長男さんの誕生日に行ったことはあるが、こうして歩いて屋敷から離れるのは初めてだ。
普段は家と庭しか遊ぶ範囲がないからね。
「セージ、緊張はしていないかい?」
「大丈夫だよ」
僕と父さんは二人で村に向かった。
屋敷から出してもらえなかった僕にとっては初めての村訪問だ。
領主が住んでいるから領主町じゃないのかって疑問に思ったが、人口が二百人以下の場合は町を名乗ることができない決まりがあるらしい。
近くの村の人口は百五十人くらいなので、村である。
「領主様! おはようございます」
「領主様、そちらのお子さんは、もしかしてセージ坊ちゃまですか?」
畑の手入れをしていた村人たちが父さんを見かけて挨拶をし、僕に気付いて近付いてきた。
「はじめまして、セージ・スローディッシュです。よろしくお願いします」
「確か、坊ちゃんは五歳でしたよね? さすがは領主のご子息様だ」
「うちのガキなんてもう七歳だけど、こんな挨拶できないぞ」
僕が普通に挨拶をしたのに、村人たちは感心して頷く。
お世辞も含まれているかもしれないが、評価は上々だ。
「畑の調子はどうだい?」
「三年前程ではありませんが、今年は雨が少ないですね。作物に少なからず影響が出そうです」
「それは大変だ。妻に雨を降らせるように言って置くよ」
「それは、ありがとうございます。皆喜びます。それで、領主様。今日はどちらへ?」
「セージを連れてスライム狩りにね。スライムは朝が一番見つけやすいから、もう行かせてもらうよ」
「それは御立派な。お気をつけていってらっしゃいませ」
村人が頭を下げるのと一緒に、僕も頭を下げる。
そして、父さんと一緒に村の外へと向かった。
「母さんが雨を降らせるってどういうこと? 雨ごいでもするの?」
「ははは、本当に雨を降らせるわけじゃないよ。魔法で水を降らせるのさ」
「魔法っ!? 母さんってそんなに凄い魔法を使えるの!? でも、母さん、いっつも井戸で水を汲んでるよね? なんで魔法で水を汲まないの?」
「水魔法で作る水は美味しくないって言ってたよ」
そういえば蒸留水とかって飲用水としては不味いって、前世でも聞いたことがある。
魔法で生み出される水がどのような方法で作られるかはわからないけれど、美味しくないのなら仕方ない。
でも、母さんの魔法って一度見てみたいな。
「ところで、父さん。なんで急にスライム狩りなんて始めることになったの? ラナ姉さんだって、スライム狩りを始めたのは七歳になってからだよね? 姉さんに思いっきり恨まれたんだけど」
「ラナには申し訳ないと思ってるよ」
昨日、僕がスライム狩りを始めると聞いたときの姉さんの荒れっぷりはこれまで以上に凄まじかった。
姉さんはいまの僕くらいの年齢から『スライム狩りをしたい! 父さんみたいに強くなりたい』って言っていたのに、実際にスライム狩りができるようになったのは七歳になり、ステータスカードを貰ったつい最近のことだ。
それなのに、僕が今日からスライム狩りを始めるとなったら、姉さんも怒るのも無理はない。
しかも、父さんも母さんもその理由を言わないから猶更だ。
最後、ラナ姉さんは最後は泣き出し、「セージは後継ぎだから特別扱いされてるんだ」と言って部屋に閉じこもった。
朝になったら、「セージ、スライム狩り頑張りなさい! 怪我をするんじゃないわよ! 今度一緒にスライム狩りしましょ!」と笑顔で僕を送り出してくれたので、後で部屋にいった母さんがしっかりフォローしてくれたんだろう。
「僕が後継ぎだからって理由じゃないよね?」
「うん、違うよ」
「じゃあ、なんで? 言えない理由?」
僕が尋ねると、父さんは苦笑した。
「セージに婚約者ができたからね」
婚約者?
「すっかり忘れてたって顔だね」
「ソンナコトナイヨ」
そういえば、僕、婚約者できたんだ。
前世の彼女いない歴=年齢の僕を含めて二十三年の人生、恋人ができるより先に婚約者ができた大事件だったのに、じゃがいも騒動とスライム狩りの話のせいですっかり忘れていた。
「でも、婚約者ができたら、なんでスライム狩り?」
「七歳になったとき、ステータスカードが教会から発行されるのは知ってるだろ?」
「うん、年に一度、神父様がくるよね」
「うちには教会がないからね。セージは半年後、婚約者に会うために王都に行くことになるから、そこでステータスカードを発行することになるんだ。そこで、あまりステータスが低いとセージが恥をかくかもしれないからね」
「七歳じゃなくても発行できるの?」
「五歳以上になったら誰でも発行できるんだ。うちの領内では全員七歳になってからって決めてるけどね」
理由は聞かなかったが、推測はできた。
うちの領内では、子供が七歳になったら一番大きなお祝いをする風習がある。
というのも、父さんがこの地の領主になる前の頃はいまより領内が貧しく、子供が次々に死んでいった。
七歳になるころには子供の身体がしっかり仕上がり、死ぬ確率が大きく下がる。
つまり、一人前になったと呼ばれるようになる。
ステータスカードの発行は無料ではない。
生きるか死ぬかわからない子供のために払う費用がなかったということなのだろう。
悲しい風習だと思う。
「セージは賢いね」
僕の表情に気付いたのか、父さんが哀しい笑顔で言った。
「でも、姉さんがステータスカードを貰うまでスライム狩りを止められていたのも、ステータスカードを貰ってレベル1から始めることで、自分の成長度合いを数値として認識するためだって言ってたよね? だったら僕も――あ、成長度合いなんて、婚約者の実家には関係ないのか」
「本当にセージは賢いよ。うちは僕もエイラもステータスが高いからね。この領地を与えられているのも、東の森に住んでいる魔物を退治するためだし。それで、ステータスの高さは子供に遺伝するって言われているんだ。これは眉唾物だけど、ラナは強いだろ?」
「うん。スライム狩りをする前から強かった」
子供同士だし、チャンバラごっこみたいに丸めた布を使って叩きあいをすることもある。
二歳差あるとはいえ、ラナ姉さんに一度も勝ったことがない。
「実際、ラナのステータスは高い。この話はメディス家にも伝わっているらしくてね。それなのに、セージのステータスが平凡だったら、ガッカリされるかもしれないだろ?」
「うまく――下手したら婚約破棄されるかも?」
「あはは、貴族同士の婚約がそう簡単に破棄されたりしないよ」
ロジェ父さんが笑って言う。
あ、うん、そうだね。
三組に一組が離婚している日本でもなければ、公爵令嬢が簡単に王子様から婚約破棄されるファンタジー世界でもない。
そもそも、政略結婚なんて、最初から愛のない状態で始める結婚なんだから、結婚した後で愛が冷めたとしても最初の状態に戻るだけだ。
「セージ、スライムがいたぞ」
「え? どこに?」
村を出て暫くしたところで、父さんがスライムを見つけたというのだけれど、どこにも見つからない。
「ほら、あの岩の陰だ」
目を凝らしてもスライムの姿は見えない。
すると、父さんは落ちていた石を拾って山なりに投げた。
それは岩の後ろに吸い込まれるように落ちていった。
別に何も起きない。
そう思ったら、岩陰からスライムが現れた。
「本当だ! なんでわかったの?」
「慣れているからね。スライムは気配でわかるよ。セージ、スライムの倒し方は教えたよね?」
「うん」
僕は手袋を嵌めると、スライムに近付き、片手で押さえつける。
そして、ナイフでスライムに切れ目を入れた。
簡単に中に入る。
良いナイフだ。
最初からこのナイフがあれば、修行空間でのスライム狩りも苦労しなかっただろう。
「力はラナがレベル1だったときより弱いけど、手際はセージの方がいいね」
そりゃ、何百匹もスライムを狩っているからね。手際の良さには自信がある。
だけど、レベル2になってるはずなのに、ラナ姉さんがレベル1だったときより力が弱いんだ。
なんか悔しかった。
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