第2話 修行空間の案内と執事天使

 目が覚めたら俺は赤ん坊だった。

 どうやら元の身体のままではなく、赤ん坊からやり直すことになったみたいだ。

 ぼやけた視界でも美人だと思える女性に抱かれていた。

 以前の俺と同じ位の年齢の金髪美人に抱かれているわけだが、恥ずかしさはあってもやましい気持ちは一切感じられない。

 俺の心が、目の前の女性を母親だと認識しているからだろう


「××××××××××××」


 彼女が俺に何かを話しかけているが、日本語ではないので何を言っているのかよくわからない。

 ただ、優しい言葉だということはわかった。

 その言葉に、俺は涙が出てくる。

 前の人生で母親になんの恩返しもできないまま、そして異世界に連れ去られるという神隠し状態で行方不明になるという普通に事故で死ぬよりも親不孝を嘆いた。

 赤ん坊のように泣く――本当に赤ん坊なのだが――俺を、この世界の母親は優しい声であやしてくれた。


 新たな生活が始まり、七カ月経過し、こちらの世界の言葉もおおよそわかるようになってきた。

 さて、俺の家はどうも貴族の家らしい。

 王都から遠く離れた辺境の地の男爵家――スローディッシュ家らしい。遅い皿?

 父親の名前はロジェ・スローディッシュ。黒髪の痩せマッチョ。

 母親の名前はエイラ・スローディッシュ。金髪の美人さん。

 もう一人。二歳年上の姉、ラナ・スローディッシュ。

 ラナ姉さんの綺麗な金色の髪は母さん似で、俺のぼさぼさな黒髪は父さん似だな。

 この三人が俺の家族だ。


 そして、俺の名前はセージ・スローディッシュ。

 あの神様は全て必然なんてことはないって言っていたけれど、名前が前世の俺とほとんど同じっていうのは偶然とは思えない。

 父さんであるロジェも、


「なんで香草みたいな名前にしたのか自分でもわからないよ。ただ、この子の顔を見たときに閃いたんだ」


 と言っていたので、神様が何らかの介入をしたのかもしれない。

 この世界だが、神様と話した通り、魔法があり、魔物がいて、魔王もいる。

 父さんが「魔王軍の動きが――」とか言っていたので、世間にもその存在は認識されているのだろう。

 そして、重要なのがレベルだ。

 やはり、この世界にもレベルはあり、魔物を倒すことで経験値が増えてレベルが上がり、強くなる。

 といっても、大半の農民は、せいぜい近場に現れる危険性のない魔物しか倒さないので、レベルが3とか4とか非常に弱い。

 普段から野山に入る狩人ですら、レベル10程度なのだとか。

 そんな中、俺の父のロジェは、若干二十歳ながら、レベル33。これは非常に高い。

 その理由は、父が貴族だから、領民のために魔物と戦う義務があるからだ――とか魔物退治に出かける前にラナ姉さんに話していたけれど、貴族の平均レベルも20程度だと調べがついているので、きっと何か秘密があるのだと思う。

 もしかしたら、俺の嫌う成長チート能力を持っているのかもしれない。


 そこまで理解した上で、俺は考える。

 俺のレベルは他の人の十倍の経験値が必要になる。

 領民を守る貴族の長男なのに、このままだとレベル2に上がるのに何年かかるかわからない。

 できることなら、今からレベル上げに勤しみたいのだが、何かいい方法はないだろうか?

 神様は俺に無限に修行ができる場所を用意してくれるって言っていたけれど。


 無限に修行したいって、どうすればいいんだ?

 できることなら、両親が部屋にいない今、試してみたいんだけど。


「かしこまりました」


 突然、その人は声とともに現れた。

 いや、違う、俺がここに現れたのだ。

 気付けば元々いた部屋ではなく、複数ある扉以外は窓すらない、学校の教室くらいの部屋にいた。

 その部屋の中央には、背中に翼の生えた中性的な顔立ちの白い髪の天使であろう人物がいた。

 何故か執事服を着ている。


「よくいらっしゃいました、セージ様。私は神に仕える天使――名をゼロと申します」

「ゼロ様、はじめまして、セージです」


 生まれ変わって初めての人との対話だった。

 さすがに一歳にも満たない年齢で喋ったら怪しまれるから、他人と会話したことはなく、常に「あー」とか「うー」とか呟いて赤子を演じているが、天使相手だと嘘を吐く必要はない。

 ちなみに、日本語ではなく、生まれ変わった新しい世界の言葉で話している。


「私に様を付ける必要はありませんし敬語も必要ありません。セージ様がいらっしゃらなかったら、私たち天使は生まれることすらなかったのですから。神に並び立つことはありませんが、あなた様も私の創造主なのです」


 そう言われたらそうなるのだろうか?

 まぁ、俺に敬意をもっているというのはありがたいと思う。

 

「ここはどこだ」


 俺は下手に出るのをやめることにした。

 ゼロが俺に従うように作られた天使だとするのなら、その通りに行動させるのが神様も満足すると思ったからだ。

 神様の不興を買うことだけは避けたい。


「ここは、セージ様がいた世界の裏側にある亜空間で、セージ様が修行をするためだけに作られたソロダンジョンと呼ばれる場所です。セージ様がいた世界とは切り離されていますので、ここでいくら修行してもセージ様がいた世界で時間が流れることはありません。また、セージ様の肉体はあちらの世界に依存するため、肉体的な成長――老化もしません」


 ゼロ歳児に向かって老化という言葉はやめてほしい。成長でいいと思う。


「ただ、こちらで活動するために食事は必要になりますし、こちらの世界で死ぬなり傷つくなりすればあちらの世界のセージ様も傷つき、死にます。怪我でしたら、この部屋に来てくだされば治すことができますが、死んでしまった場合、私にはどうすることもできません。ゲームオーバーというものです」

「ゲームじゃなくて現実――いや、ゲームを元に作られた世界だったな」


 確かに、これなら無限に修行ができる。


「ただ、セージ様の今の体格を見ると、一階層の魔物ですら倒せないのではないでしょうか? スライムでも顔に張り付かれたら窒息してしまいます」

「うん、それはわかってる。五歳になったらもう一度ここに来るよ」

「お待ちください。この施設の説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「施設の説明? 案内してくれるなら案内してほしいけど。這って移動するのも面倒だから抱きかかえてくれる?」

「はい。失礼いたします」


 そう言うと、ゼロは俺を片腕で抱きかかえて隣の部屋にいった。

 そこは体育館くらいの広さの場所だった。


「こちらは倉庫になります。こちらに入っているものはセージ様が中にいない間は時間が止まっていますので、食べ物であっても腐る事はありませんし、氷であっても溶けることはありません。セージ様以外の人が入っていても時間が止まりますのでご注意ください」

「元の世界から持ってきた物を保存することもできるの?」

「はい、可能です」

「へぇ、行商人が聞いたら絶対欲しがるだろうな……」


 何しろ絶対に腐らないというのなら、海で仕入れた魚を新鮮なまま保存して内陸に運ぶこともできるし、そうでなくても馬車等の積載量とか無視して商品を買い込むことができる。

 うん、あまり乱用しないようにしよう。

 これに頼り過ぎればダメ人間になって身を滅ぼす。

 せいぜい、ダンジョンで手に入れたものを保存するくらいの使い方にするか。

 倉庫を出て次の部屋に向かった。

 今度は、外だった。

 遠くに壁が見えるがかなり広い。

 東京ドーム十個分くらいはあるんじゃないだろうか?

 そして、一番の特徴は地面が土であり、部屋の隅には畑も見える。


「こちらは普段からセージ様の世界と同じ時間で流れています。なので、こちらに置いた食品などは腐りますし、氷も溶けます。逆にセージ様がいない間でもこのように野菜などを育てることも可能です」

「畑はわかりやすくするために作ったの?」

「私の趣味です。もしも景観を損なうようでしたら、即刻排除しますが」

「別にこのままでいいよ」


 野菜に罪はない。


「ありがとうございます。収穫できた野菜は倉庫に置かせていただきますので、好きにご利用ください」

「うん、ありがとう」


 まだ完全に卒乳もできていない状態で野菜が必要になることはないと思うけれど、お礼を言っておく。

 そして、俺は再度元の部屋に戻り、次の部屋に向かった。

 あとは休憩所があり、その休憩所経由でトイレ、お風呂、寝室、キッチン、鍛錬室があった。

 窓がないので景色を眺めることはできないが、それを除けば十分宿として利用できる。

 元の場所に戻り、最後の説明を聞いた。


「最後に、休憩所の横が私のプライベートの部屋、そしてあちらの金色の扉がダンジョンの入り口になります。ダンジョンの中には私は入る事はできませんので、案内は以上になります」


 なるほど、ゼロが強いかどうかはわからないが、一緒にダンジョンに入ってパワーレベリングはできない仕組みか。

 しかし、それ以外は本当に修行に向いている仕組みといってもいい。

 レベル上げだけでなく、読書や勉強の時間にも使えるというのが尚いい。

 知識は宝だ。

 もっとも、本は貴重なため、滅多に買うことはできないが。


「ありがとう、助かったよ。これからも暇があったら来させてもらう」

「お役に立てたようで光栄です」


 そして、俺は元の世界に戻ることにした。


「…………」

「…………」

「……なぁ?」

「はい」

「どうやったら元の場所に戻れるんだ?」

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