第113話 ちょっと息抜き

 ラナ姉さんが、騎士学校に通うらしい。

 そんな話聞いてない。

 なんで? と思ったら、マッシュ子爵とウルノ男爵と共同で行うスライム事業で領の財政に余裕ができそうだから、ラナ姉さんに改めて騎士学校に通わせることにしたらしい。

 ロジェ父さんも、メディス伯爵に勘当される前、十二歳から十四歳までの二年間通っていたらしい。

 魔法学院に行くことになる前なら、ラナ姉さんの我儘に付き合わなくて済むと喜んだかもしれないけれど、魔法学院に行くことが決まってる今となっては不安でしかない。


 でも、五年も先の話だ。

 五年後ということは、ラナ姉さんも十二歳。

 少しは落ち着く年齢に――ならないだろうな。

 三つ子の魂百までっていうし、ラナ姉さんはずっとあのままだと思う。


 とりあえず、メディス伯爵は国王陛下に謁見の許可を貰いに王城に向かうことになった。

 炭酸水って王様に報告しないといけないくらい大変なことだったんだと、改めて知る。


「いろいろと疲れた。今日はもう寝たい……あ、その前にスミス工房に行かないと」


 ラナ姉さんには王都についたその日に剣の注文をしないといけないって言われていた。

 とりあえず、僕は修行空間に行って、一休みすることにした。


「セージ、おかえり」


 ゼロと一緒にアウラが出迎えてくれた。


「セージ、疲れてるの?」

「うん、精神的にね。婚約者に会ったり、お爺ちゃんとお婆ちゃんに会ったり、あとなんでか知らないけれど、学校に行くことになったりいろいろしてたから」

「セージ、結婚するの?」

「うん、大人になってからね。早くても十年後かな?」


 アウラも最近はいろいろと勉強しているから、「婚約者ってなに?」と無邪気に質問してから「私もセージと婚約する!」なんてことにはならない。

 ちょっと前だったら言ってくれたかもしれないなーと思うと、少し寂しくも思う。

 子供の成長を見届ける親になった気分だ。


「セージが結婚したら、アウラは愛人になるね」


 ……勉強し過ぎじゃないかな?

 といっても、貴族社会では愛人の一人や二人囲うのはよくあることらしい。

 ロジェ父さんやマッシュ子爵は例外と思うけれど、メディス伯爵はどうなんだろう? 第二夫人とかいるのかな?

 ウルノ男爵は未だに結婚していないみたいだから論外ということで。


 でも、アウラの場合だと、愛人というより隠し子の気分だよな。

 見た目だけなら僕の方が子供だけど。


「ありがとう。でも、そういうのはお互いに大人になってから話そうね」


 今回の件で、先延ばしも有効な手段だということに気付いた。

 きっと、未来の自分がなんとかしてくれるだろう。

 利息はできるだけ低利でお願いしたい。


「アウラ、お爺様に部屋で食べたいって言ってお菓子を貰ってきたんだ。ゼロと三人で――」


 と振り返ると、ハイエルフ三人がこっちを見ているのに気付いた。


「みんなで食べようか?」

「うん」

「「「はい!」」」

「では、私はハーブティーを淹れますね」

「あ、ゼロ、待って! これも使えるかな?」


 紅茶の茶葉も少し貰って来た。

 ゼロの淹れたハーブティーは美味しいけれど、紅茶も飲んでみたいと思ったんだ。


「これは良い茶葉ですね。では、今日は紅茶を淹れさせていただきます」


 ゼロが恭しく頭を下げて茶葉を持っていく。


「すみません、ゼロ様に紅茶を淹れていただいて」


 リアーナが申し訳なさそうに言う。

 ハイエルフは序列を大事にするらしい。

 ここでの序列はセージ>ゼロ>アウラ>ハイエルフらしく、自分より序列が上のゼロに紅茶を淹れてもらうのは本当はいけないことらしい。


「構いませんよこれもセージ様の執事の役目ですから」


 ゼロは優しく微笑む。

 そして、ゼロが紅茶を淹れてくれた。

 純白のティーカップに入った紅茶から湯気が上がる。

 いい香りがする。

 同じ茶葉を使っているのに、淹れる人が違うだけでこんなに違うんだ。

 マッシュ子爵家の老執事のジュールさんや、メディス伯爵家のメイドさんも紅茶を淹れるのがうまかったが、ゼロは格が違う。

 執事とメイドと考えて、気になったことを尋ねる。


「そういえば、フォースは男性になったり女性になったりしてるけれど、いまのゼロは中性的っていうか、男装の麗人って言われても通用する美しさだけど、もっと女性よりになったり、男性よりになったりもできるの?」

「それ、私たちも思っていました。ファースト様は女性の姿をなさっていたので、私たちはゼロ様に会うまで、天使は女性なんだと思っていたんですよ」


 リーゼロッテが言う。

 ファーストは女性の姿をしているのか。


「できますが、このままでいかせてもらいたいと思っています」

「なんで?」

「私が執事だからです」


 ――?

 別に執事をするのなら、男性でも女性でも構わないと思うんだけど。


「どういうこと?」


 アウラが尋ねる。


「……その、幼い頃からセージ様を見ているものですから、男性になると父親として、女性になると母親としてセージ様を見てしまう危険がございます。自分を制御できる自信がありません」

「制御できなくなるとどうなるの?」

「プライベートルームのコレクションがいまの倍になると思います」


 そう言われて、ゼロの部屋に飾られている僕の絵やぬいぐるみなどのグッズを思い出す。

 かなりのスペースを取っているあれらの量が倍になるってことか。

 うん、嫌じゃないけれど、絵で壁紙が見えなくなって、ぬいぐるみ等のグッズで床も埋まっちゃうんじゃないかな?

 そうなったら、ゲーム部屋に行くのも大変だし、ゼロが元の姿に戻ったときに恥ずかしくて後悔するかもしれない。

 ハーフエルフたちは何も言わないけれど、現在のゼロの部屋の状況を知っているから、少し笑顔が引きつっている。

 でも、ゼロの女執事の姿、少し見てみたかったけどな。

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