第18話 アウラの嫌いなもの

「バーベキューですか。それは楽しそうですね」

「ゴブリンの断末魔が耳に残って無ければね」


 ゼロの言葉に、僕は苦笑して答える。

 ゴブリンは見た目は猿と人間の間くらいの生物で、皮膚の色が緑色であり、もしも日本に生息したら、学名「ハダカミドリザル」とか「ケナシミドリザル」と命名されていそうな生物である。

 ゲームや小説のように繁殖力が優れているわけではない。というか、魔物は繁殖せずに、勝手にどこからともなく現れるのがこの世界の仕組みなので、自分の子供を産ませたり遊びに使う目的で女性を攫うために人里に現れたりはしない。

 基本は森の中、もしくは古い忘れられた遺跡や谷底など人があまり近付かない場所にいることが多い。

 人間よりも力は弱く、半分以上が素手である。稀に持っている武器も木の棒程度なもので、自分たちで加工したりする知能はない。

 ただし、基本は十匹以上の集団で生息しているので、いつの間にかゴブリンに囲まれていて殺される人間も少なくない。

 ゴブリンは全て腰に皮を巻いているが、それが何の皮なのかはまだわかっていない。


「セージ様もそろそろ二階層に行ってもいいころでしょうね」

「安全マージンのため、レベル6くらいにはしておきたいな」


 この前の巨大スライムのように、ダンジョンには何があるかわからない。

 ゴブリンとスライムしかいないと言われている二階層で、いきなりゴブリンキングが現れる可能性だってあるのだ。


「セージはアウラが守るから大丈夫」

「ありがとうな、アウラ。でも、万が一のことがあったときのために、一人でも安全にゴブリンを倒せるようにはなりたいんだ」


 それに、実際にアウラの方が僕より遥かに強いといっても、女の子に守られっぱなしというのは男として情けないからね。


「それで考えたんだけど、ゼロ。スライムが好む匂いって何かあるかな?」

「匂いですか?」

「そうなんだ。バーベキューで父さんがゴブリンを集めたときに思い出したんだ。巨大スライムがゼロの野菜サンドの匂いにつられて凄いスピードで迫ってきたときのことを。だから、サンドイッチ以上に好きで、しかも強烈な匂いのものがあれば、わざわざスライムを捜して回らなくても集めて倒すことができるんじゃないかなって」


 考えずに黙々とスライムを殺す作業ばかりしていたが、今度からは考えた殺し方を模索する。

 人間は考える葦である。考えなければ人間ではない。


「スライムが好む匂いが強烈なものといえば、腐った食べ物ですね」

「腐った食べ物……それは強烈そうだな。腐らせるとすれば、野菜……はアウラとゼロがせっかく作ってくれたものを腐らせるのは勿体ないか」

「別に鳥や獣の肉でなくても、魚の肉でも構いません」

「そうか、魚は足がはやいから、むしろそっちの方が使いやすいか」


 僕は納得して頷くと、アウラは不思議そうに首を傾げて言った。


「魚に足はないよ?」


 そういう意味じゃないけどね。

 ……いや、待てよ?

 もしかしたら、わざわざ腐った魚を調達しなくても、あれが使えるんじゃないだろうか?


   ▽ ▼ ▽ ▼ ▽

 

「セージ、くさい」


 アウラは鼻を摘まんで、草原の真ん中にセットしたそれを指差して文句を言う。


「アウラ、我慢してくれ。それに、慣れたらそれほど嫌な臭いじゃないと思うぞ?」

「無理、絶対慣れない」


 そこまで酷いだろうか?

 僕はそれほど嫌いじゃないんだけど。

 アウラは腐った野菜や、汚い話だと僕の排泄物の臭いも嫌いじゃないと言う。

 そんな彼女がここまで臭いで拒否反応を示したのは初めてじゃないだろうか?

 しかし、その効果は絶大だった。


「来たぞっ!」


 スライムだ!

 スライムがいつもの三倍くらいのスピードで迫って来る。

 狙っているのは僕が仕掛けたそれ。


「行くぞ、アウラ……アウラっ!?」


 アウラがいつの間にかいなくなっていた。

 周囲を捜すと、三十メートルくらい離れた場所から声が聞こえてきた。。


「アウラ、地面の下に潜って、離れた場所から蔦でお手伝いする。セージ、頑張って!」


 よく見ると、地面からアウラの頭だけが生えていた。

 そこまで嫌なのか。


 その後、僕は休むことなくスライムを倒し続けた。

 レベル3に上がったことと、父さんから貰ったナイフの切れ味のお陰で、一撃一殺。確実にスライムを仕留めることができる。

 入れ食い状態とはまさにこのことだ。

 アウラも離れた場所から蔦を使って、スライムをき止めてくれているので、攻撃が追い付かないということはない。

 三十分倒し続け、約三百匹――六秒に一匹倒す計算――のスライムを倒すことができた。

 たぶん、かなり遠くにいるスライムまで駆けつけているに違いない。

 当然、過去最高記録だ。


「アウラ、次の場所に行くぞ」


 スライムがほとんど現れなくなってしまった。  

 僕はそれの蓋を閉めて、アウラに声をかける。


「アウラもいかないとダメ?」

「さっき、僕の事を守ってくれるって言ったじゃない」

「……言った」

「頼むよ。今度ちゃんとお礼するから」

「……うん、頑張る」


 アウラの協力も得られて続行。

 だけど、一キロほど離れた場所で試してみても、さっきの三分の一もスライムが集まらなかった。

 どうやら、このあたりにいたスライムも、先ほどの場所まで駆けつけたらしい。

 これは相当離れた場所に移動しないとダメだと理解した。


 結果、移動時間に相当時間を費やしたため、半日で二千匹のスライムを狩る事しかできなかった。

 レベルも3のままだ。

 しかし、この数は過去最高である。


 明日もこの方法で――とアウラを見ると、本当にげんなりしていた。

 そうとう辛いようだ。

 仕方ないので、今日はもう帰ることにした。

 そして、本当にアウラが怒る出来事が起きた。


「ダメ! セージ、そんなの食べたら死んじゃう!」

「死なないって! アンモニア臭もしてないからまだ腐ってないし!」

「腐って無くてもダメ!」


 僕がそれを食べようとしたら、アウラが本気で止めに入った。

 僕がどれだけ腐敗と発酵の違いを説明しても、ゼロがむしろ健康になれると言っても信じてもらえず、結果、僕はそれを食べることができなかったのだ。


「久しぶりに食べたかったな……納豆」


 異世界通販本で交換。

 1パック、たったの30ポイントだった。

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