第17話 森の中のバーベキュー

「父さんは気配探知の他にどんなスキル持ってるの?」


 スキルの話題が出たので、母さんが狩った鳥の下処理をしている父さんに質問してみた。

 今後、どんなスキルを獲得するか参考になるし、父さんが持っているスキルだったら、僕が同じスキルを持っていても、『遺伝』の一言で説明がつく。

 ゼロにもいろいろと便利なスキルについて教えてもらったが、身近な人の意見も聞いておきたいと思った。


「いや、僕はスキルは持ってないよ」

「え? でも、気配探知が使えるよね? 前だって見えないスライムのいる場所を正確に把握してたし」

「あれはスキルじゃなくて、コツだよ。誰でも修行すればできるようになるものさ」


 信じられないことを、この父はさらっと言い出した。

「人間は努力すれば空を飛べる」と同じようなことを聞いた気分だ。

 信じられない僕は、エイラ母さんの顔を見た。

 すると、母さんは苦笑し、


「信じられないと思うけど本当みたいね。あの人、スキルもないのに剣戟も飛ばせるのよ? いったいどうなってるのやら」

「剣戟を飛ばしてるんじゃないよ。あれはただ、空気に剣を当てて飛ばしてるだけ。実際、相手を斬ってるんじゃなくて、空気の衝動で気絶させるくらいしかできないさ」

「凄いっ! 父さん、私もできるようになる?」

「もちろんさ。セージも頑張ろうな」

「う……うん、まぁ、地道に頑張るよ」


 父さんってやっぱりすごい人だったんだけど、それ以上に姉さんの父さんなんだ。

 僕も、神下誠二としての記憶がなかったら、姉さんみたいな人物になっていたのだろうか?

 それとも、母さんみたいに魔法の才能に溢れているのに、それを表に出すことなく本ばかり読む人物になっていたのだろうか?


「セージ、いま私のことを見て変なことを考えなかった?」

「ううん、さすが母さんと父さんはお似合いの夫婦だなって思っただけだよ」

「あら、嬉しい言葉ね。じゃあ、ここでお肉を焼いて食べましょ」

「え!? ここでっ!?」

「そうよ。荷物持ってきてるんだから当然でしょ? ラナ、セージ、少し木の枝を捜して来て。ただし離れ過ぎないでね。ロジェの気配探知にも限度があるから百メートル以上離れたらダメよ」

「えぇ、めんどくさいしその辺の木の枝折ったらダメ?」

「ダメよ。生木は水を含んでるから火が点きにくいし、余計な煙が出るからお肉が美味しく焼けないのよ。ほら、捜して捜して」


 文句を言う姉さんに発破をかけるように、母さんは手を振って僕たちに木の枝を捜しに行かせた。

 森の入り口は、村人もよく薪になる枝を捜しにくるので、落ちている木の枝がなかなか見つからない。

 代わりに松ぼっくりを見つけた。

 松の木がこの世界にもあるのは知ってたけど、このあたりにも松の木ってあったんだ。

 もしかしたら、松茸とかも生えてたりするのかな?

 秋になったら捜してみようと心に誓い、でも今はそれより木の枝を捜す。


「母さん、木の枝あんまり見つからなかった」

「僕もこれだけ」

「別に一晩、焚き火で暖を取るわけじゃないからそれで十分よ」


 母さんはどこからか拾ってきた石で竈を作っていて、僕たちが拾ってきた木の枝を上手に組み立てていく。

 その間に父さんはナイフ一本て器用に鳥を捌いていた。

 普段の料理の担当は母さんだけど、こういうアウトドアの環境で器用に鳥を捌く父さんの姿はカッコいいな。


「母さん、これも拾ってきたんだけど」

「セージも子供ね。松ぼっくりではしゃいで」

「あら、ラナが父さんと一緒に初めて森に行ったときなんて、嬉しそうに十個もマツボックリを拾ってきてずっと部屋に置いてたじゃない」


 それは僕も覚えている。

 一個貰って、それはいまでも部屋に飾っている。


「着火剤代わりに使えるよね?」

「あら、良く知ってるわね。じゃあ使わせてもらうわ」


 僕は松ぼっくりを四つ母さんに渡す。

 松ぼっくりには松脂が含まれていて、非常に燃えやすい。

 特に傘が開いているものは乾燥していて、マッチ一本で火起こしができる。

 日本で一時期アウトドアブームがあり、よくテレビで紹介されていた。

 母さんが松ぼっくりに火を点ける。


「あっ……」


 姉さんが哀しそうな声をあげた。


「もしかして、まだ松ぼっくりのこと好きだったの?」

「す、好きじゃないわよ。私だってもう七歳、子供じゃないんだから」


 七歳は十分子供だと思うよ。




 父さんが串に刺して焼いてくれた肉を食べた。

 味は、正直にいえば鶏肉の方が美味しいと思う。使った調味料も塩だけだし。

 でも、肉を求めていた僕の身体は、この肉の味に満足した。

 脂が満ちていく。

 体が喜んでいる。


「セージ、そんなに美味しいかい?」

「うん、もう一本貰っていい?」

「私も!」

「十分あるからね。さて、僕は――」


 そう言うと、父さんは串肉を一本食べただけで、立ち上がった。

 いったい何だろうと思っていると、姉さんまで立ち上がる。


「父さん、遠くで何か動いた!」

「うん、肉の匂いにつられてゴブリンがやってきたみたいだ。ちょっと狩ってくるよ」

「私も!」

「ラナはエイラとお留守番だ」


 そう言って、父さんが森の中に消えていく。


「母さん、森の中で肉を焼いて食べてるのって――」

「ええ、こっちからゴブリンを捜して狩るのは面倒だからよ。もちろん、バーベキューのついでだけどね」

「母さん、私もゴブリン狩り行きたい」

「ダメ。あんなの食事中に見るもんじゃないわ。お父さんに任せておきなさい」


 そう言って、母さんも二本目の串肉を取ったとき、聞いたことのない動物の断末魔の叫びが聞こえてきた。

 母さんは一瞬たりとも動きを止めることなく、串の肉を口の中に入れ、ラナ姉さんもすねて串肉を食べる。

 僕は一瞬で食欲を失いかけたが――


「……美味しい」


 肉の誘惑には勝てなかった。

 父さんは肉が無くなった頃に帰ってきた。

 その身体には返り血ひとつついていなかった。

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