第97話 スパイスでサプライズ

 スパイスが屋敷に届けられた。

 ロジェ父さんはその値段を尋ねている。

 尋ねているけれど、ロジェ父さんは答えを知っている。

 この町に入ったときにロジェ父さんが僕に言った。


『セージが答えを知っている物だよ』


 僕も言いたい。


【ロジェ父さんが答えを知っている金額だよ】


 言ったら説教が長くなるから言わない。

 だから、正直に言った。

 ロジェ父さんは怒らなかった。

 だけど、ため息をついた。


「セージ。確かにそれは君が稼いだお金だよ? だけど、僕は言ったはずだ。子供が持つには多すぎる額だから、持っていくのは銅貨30枚までにしておきなさいって。それで、君は何て言った?」

「……貴族たるもの、お金の使い方を幼少のころから学ぶのも大事な勤めの一つ。僕を信じて預けてほしい。無駄な買い物をしないから」

「その結果がこれかい?」


 怒っているんじゃない。

 失望している――そんな雰囲気だった。

 怒られるよりつらい。


「ごめんなさい。でも、マッシュ子爵にお礼をしたいって、ハントとカリンが金貨を二枚も出してくれたから。それに見合うものが必要だったんだ」

「待って? ハントとカリンって村の子供だよね? なんでその子がそんな大金を?」

「えっと、スカイスライム大会で、ハントとカリンの二人が龍のスカイスライムを金貨十枚で買い取ってくれたって話はしたよね? その話には続きがあってね」


  ▽ ▼ ▽ ▼ ▽


 スカイスライム大会の翌日。

 僕は村で散歩をしていた。。

 村では昨日の大会のことを話しながらも、いつもの日常に戻って仕事に勤しんでいる様子だった。

 そんな中、


「おぉっ! セージ! 待ってたぞ!」

「セージさん。ジョニーさん見ませんでした?」


 カリンが尋ねた。

 この時、カリンもハントもジョニーがマッシュ子爵だと言うことは知らなかった。

 ジョニーは朝早くに自分の家に戻ったことを伝えると、彼女は困った顔をした。


「……そうですか」

「なら仕方ないか。あ、これ、お前のな」

「これって、え? 銀貨? なんで?」


 ハントが僕に渡したのは四束の銀貨だった。四十枚ある。


「三人で作ったスカイスライムだからな。セージが考えて、カリンが描いて、俺が飛ばした。それで、ジョニーに売った。三等分するのは当然だろ?」

「……僕のこと覚えてたんだ」


 芸術部門二位の賞金が金貨二枚。スカイスライムの代金が十枚だから、三人で分けたらちょうどこれだけか。


「あたりまえだろ? といっても額が額だからな。一応母ちゃんに許可をもらいにいったんだよ。そしたら、『当然よ、なんでその場で渡さなかったのよ』って怒られたよ」

「ははは、優しそうなお母さんだったけど、やっぱり怒られるんだね?」

「優しそう? 鬼だよ、あれは」


 ハントが頭に指を立てて鬼に見立てながら言った。


「お兄ちゃんが悪さばかりするからだよ。お母さん優しいよ」


 ハントが怒られる姿は容易に想像できた。


「で、これなんだけどさ。さすがに貰い過ぎだからジョニーに返してこいって言われたんだよ」

「銀貨60枚……スカイスライムの代金のうち、二人の分?」

「賞金だけで十分だからって。うちの母ちゃん頭硬いからよ。でも、ジョニーの奴、もういないのか」

「セージさん、ジョニーさんの住んでいる場所ってどこか知ってます?」

「結構遠いみたいだよ。子供だけで行くのは無理だよ」


 ハントは行動範囲が広いから、隣の村とかだったら走って届けそうだが、ジョニーことマッシュ子爵の領地は隣村より遥かに遠かった。

 子供の足で走っていくのは無理な距離だ。

 そもそも、この金貨は正式な取引で得たお金なので、わざわざ返す必要はないと思った。

 ただ、子供が見知らぬ大人から大金を貰って来たって聞けば、不安に思う親の気持ちもわからなくないが。


「ハント、カリン。二人のお母さんに話をさせてもらえないかな? 僕から事情を話すよ」

「ああ、頼むよ」


 そして、僕は二人の母親のところに行った。

 二人の母親は畑で雑草を抜いていた。

 ハントの家の畑ではなく近所さんの畑で、雑草を抜いたり収穫のお手伝いをする代わりに収穫物の一部を分けてもらっているらしい。


「セージ様、わざわざ足を運んでくださりありがとうございます。それで、ジョニーさんにはお金を返せたの?」

「それがよ、ジョニーはもう自分の村に戻ったらしいんだ」

「そうなの? 困ったわね」


 ハントたちのお母さんが困ったように頬に手を当てた。


「あの、ジョニーのことなんですけど」


 ジョニーはロジェ父さんとは古い知り合いで悪い人じゃないからそのお金は安心して使っていいこと。

 あと、彼はあのスカイスライムに金貨十枚の価値があると思って取り引きをしたから、これは正当な取引であり、これを一方的に返すというのは、彼にとっても失礼にあたることなどを伝える。

 それでも、ハントたちのお母さんは納得していない様子だった。


「なぁ、セージ。領主様もジョニーに会えないのか?」

「ん? そうだね。あ、でも秋になると僕は王都に行く予定があって、その時に会えると思う。でも、さっき言った通り、お金を返すのは――」

「お金のまま返すのが失礼ならさ、何か物で返せないか? 領主様ならジョニーの喜ぶものもわかるんじゃないか?」


 ハントがそんな提案をした。

 ハントにしてはとてもいい提案だった。


「そうだね……王都に行ったらスパイスも売ってるだろうし、王都からの帰りにそれを使った料理をレシピと一緒にプレゼントするっていうのはどうかな? ジョニーならきっとレシピとかも有効利用してくれると思うし、十分なお礼になるよ」

「それいいです! じゃあ、これを――」


 カリンはそう言って、銀貨を僕に渡そうとしたけれど、それだとやっぱり全部返すことになるから、ということで、二束、銀貨20枚を受け取ることにした。


  ▽ ▼ ▽ ▼ ▽


「っていうわけなんだよ。で、全部二人に出してもらったら悪いから、僕も残りのお金を出したんだよ。それで、本当は王都で買うはずだったスパイスがこの街でも売っていて、しかも王都より安いって話だったから……」

「そうだったのか。事情はわかったけれど、今度から事前に教えてほしかったよ」


 ロジェ父さんは息を漏らし、お説教モードを解除した。


「ごめんなさい。次からは父さんにも相談するよ」

「そうしてくれると助かる。でも、セージ、スパイスを使った料理なんてできるのかい?」

「うん、これまでにない、スパイスの概念を破壊するような凄い料理を作るからね」

「スパイスは貴重なんだから慎重に頼むよ」


 ロジェ父さんはそういうけれど、豪快に行かせてもらう。

 だって、僕が今から作るものは、カレーと同じ、いや、下手をしたらカレー以上にスパイスそのものを味わうための料理なのだから。

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