第98話 スパイスを使った料理

 ロジェ父さんに説明した後、ジュールさんにも改めて同じ説明をした。

 すると、ジュールさんは少し複雑そうな顔を浮かべた。


「どうしたんですか?」

「いえ、セージ様とハント様、カリン様のお気持ちを聞けば旦那様もお喜びになると思います。ですが、二つ程問題がありまして」

「二つも?」

「まず、旦那様はスパイスを使った料理をあまりお好みになりません」


 ジュールさんが説明をした。

 なんでも、王都の貴族や富裕層が開くパーティでは、スパイスを使った料理が人気であり、それを使った量こそが自分たちの財力であると思っているらしい。

 その結果、肉や魚などを食べると、使われている適量を越えたスパイスのせいで舌が麻痺し、それ以外の料理も美味しく楽しめなくなるという。

 そのため、マッシュ子爵は普段の食事にはスパイスをあまり使わないのだとか。

 それともう一つ。

 既に僕とロジェ父さんをもてなすための料理の献立は考えられていて、既に作り始められている。

 そんな状態で僕が新しい料理を作るとなったら、料理長がいい顔をしないのだとか。


「料理長の方はともかく、味付けの方は。スパイスも適量ならいいのですが、セージ様が使うと言われるスパイスの量を考えると――」

「その点は大丈夫です。まず、僕の作るものは他の料理の邪魔になりませんし、それに、スパイスを使い過ぎた料理が嫌いな人でも美味しく味わうことができるものです。あと、作るのに時間がかかるので、提供できるのは朝になります。あと、料理長さんには僕から話してもいいですか? とりあえずレシピを見てもらいたいので」

「わかりました。では、まずは私から料理長に話を通してきます」


 厨房に行ったジュールさんが暫くして戻って来る。

 ジュールさんに言われて案内された厨房は、我が家の厨房より何倍も広い場所だった。

 そこにいたのは、赤いベレー帽を被ったまるで陸軍の軍曹のような歴戦の猛者風の男だった。 

 タイタンといい、顔だけなら働く職場間違えているだろって顔だ。

 僕が普通の子供だったら泣いている。

 料理長と言っているけれど、他の料理人はいない。

 雇っている料理人は何人かいたらしいんだけど、現在は王都にある別邸の方に行っているらしい。


「カッパー。彼がスローディッシュ家の嫡男、セージ・スローディッシュ様です」

「はじめまして。子爵家の料理長をしているカッパーと申します」


 カッパー料理長は丁寧な物腰で挨拶をした。

 王都に近い子爵家の料理長というだけあって、要人と挨拶する機会も多いから言葉遣いを覚えたのだろう。

 子供相手にもその態度は崩さない。


「はじめまして、セージ・スローディッシュです。カッパーさん、無理を聞いてくださり、ありがとうございます。ジュールさん、後は二人で話をしますね」

「かしこまりました。何かあればお申し付けください」


 ジュールさんが下がる。

 そして、僕は言った。


「料理の邪魔してごめんね」

「いえ、邪魔というわけでは――ただ、料理を作りたいというのは」

「うん。料理といっても、僕が作りたいのは――」


 と僕はカッパーさんに作りたい料理の内容とそのレシピを書いている紙を渡して説明する。

 それを聞いたカッパーが目を丸くした。

 信じられないって顔をしているが、さらに続ける。

 いつの間にかカッパーとも打ち解け――坊主、カッパーと呼び捨てで言い合う仲になった――さらなる改良案が出された。

 そして、彼は納得した。


「確かに、それなら料理の邪魔にはならねぇな。それに、需要もある。貴族たちの料理文化が大きく変わるぞ」

「準備していい? さっきも言ったように時間がかかるから」

「そうだな。あ、いや、待て。そのレシピだが、ジンジャーの量を少し増やして、ああ、砂糖の代わりに蜂蜜を入れよう。ライムが厨房にあるが量は少し減らすぞ」


 そう言って、レシピの分量や材料に変更を加えた。

 なんでだろう?

 まぁ、このくらいの変化なら問題ないか。


「俺は夕食の準備をしてるから、坊主はさっき言った物以外に必要なものがあったら言ってくれ」

「うん、ありがとう」


 こうして、僕はカッパーと雑談を交わしながらもそれぞれの料理に取り組んだ。


「え!? カッパーって、タイタンと一緒に軍属料理人として働いてたのっ!?」

「あいつが坊主の弟子ってマジかよっ!?」


 料理人の界隈は狭いって思った。

 ただ、二人が元軍属料理人って聞いたときは、色々と腑に落ちた。


 その日の夕食は普通にカッパーが作った料理が提供された。

 肉料理とスープだった。

 ジュールさんから聞いた通り、スパイスの量は控えめ――というより隠し味程度にしか使われていなかったけれど、どれも美味しかった。

 確実にティオよりは腕は上だ。

 食事の時に、マッシュ子爵が子爵夫人を紹介してくれた。


「妻のピエレッタです」

「スローディッシュ男爵、ご無沙汰しております。セージくんは初めまして」

「お久しぶりです」

「はじめまして、ピエレッタ様。とても綺麗な声ですね」


 僕は思ったことをそのままストレートに言うと、ピエレッタさんは嬉しそうに微笑む。


「ありがとう。お父様にそう褒めろって言われたの?」

「いえ、思ったことを言っただけです」


 ピエレッタさんはロジェ父さんの方を見ると、僕の横に座っていたロジェ父さんが無言で頷いた。

『僕は何も言っていないよ』と伝えたらしい。


「ごめんなさい。子供にそういう風に言われたことはなかったのよ。それと、とても嬉しいわ。私は声を褒められるのは、自分の容姿を褒められるよりも嬉しいの」


 それは言い方によっては、『自分の容姿は褒められて当然だ』という傲慢な感じにも取られかねないけれど、でも彼女は実際に美人だった。

 ただ、エイラ母さんや修行空間にいるハイエルフ三人がピエレッタさんと同じかそれ以上に美人なので、感覚が麻痺してしまっていたようだ。ラナ姉さんも黙って何もしなかったら七歳にしては美人かもしれないし。

 でも、容姿より声を褒められて嬉しいって、なんでだろ?


「セージ、ピエレッタ夫人はドルンでも有名なオペラ歌手なんだよ」

「彼女が紅茶にこだわるのも、口に入れる飲み物を厳選したいからなんだ」

「そういえば、主人から伺ったわ。私の紅茶をミルクも砂糖も入れずに飲んで、とても褒めてくれたって。 セージくんは子供だけど、とてもいい舌をしているのね。カッパーとも仲良くなったんでしょ? あの人、料理以外に興味なんてないのに」

「はい、とても優しくしてもらっています」

「ふふふ、普通の子供ならカッパーの顔を見ただけで逃げ出すわよ。やっぱり面白い子ね」


 ピエレッタさんはとても嬉しそうに微笑んだ。

 でも、ピエレッタさんは歌手なのか。

 なるほど、カッパーがレシピに変更を加えた理由がこれか。

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