第99話 弾ける手作り
次の日の朝食の時間。
僕は早く起きて――修行空間で二度寝を楽しんだ後――厨房でカッパーと一緒に最後の仕上げをする。
まずは二人で味見。
カッパーからお墨付きを頂いた。
「……凄いな。複数のスパイスの味がこんな味になるのか。後口もいいし、確かにこれならスパイス嫌いのマッシュの奴も喜ぶぞ」
「子爵のことを呼び捨てにしてもいいのか?」
「いいんだよ。あいつや坊主の父ちゃんとは十年以上の付き合いだ」
十年以上前で、軍関係ってことは、やっぱりタージマルト戦役のことかな?
ロジェ父さんとタイタンも、領主と領民の関係にしては結構仲がいいし、その頃――つまり、ロジェ父さんが貴族になる前からの付き合いだったのだろう。
タイタンが王都にコネがあるのにスローディッシュ領で働いているのも、そのあたりが理由なのかもしれない。
「ところで、坊主。これの名前はなんていうんだ?」
と、カッパーは、
マッシュ家の朝食の時間になった。
マッシュ子爵とピエレッタさん、ロジェ父さんが席についている。
ジュールさんは僕たちの後ろにいて、マッシュ子爵の後ろにはジュールさんの息子と思われる執事さんがいる。
昨日と同じ感じだ。
ちなみに、キルケは子爵家のメイドたちと一緒になって並んでいるが、少し寝癖が残っている。
きっと、寝坊したのだろう。
スローディッシュ家の中では、アメリアが起こしてくれるお陰で寝坊することはないが、この家では一人部屋を与えられていたから、起こしてくれる人がいなかったんだろう。
食事が並べられていく中、ロジェ父さんが僕をじっと見ている。
スパイスを使った料理を僕が提供すると言っているのに、目の前に並んだ料理にそれらがないからだろう。
ロジェ父さんが横目で、『どういうことだい?』と尋ねたそうにしているが、マッシュ子爵へのサプライズと伝えているので何も言えずにいるみたい。
もちろん、意地悪をするつもりはない。
「旦那様、今日はこちらのお飲み物をどうぞ」
「ジュール、これは?」
初めて見る飲み物を見て、マッシュ子爵がジュールさんに尋ねる。
「セージ様がスパイスからお作りになられたコーラという飲み物でございます」
「スパイスで飲み物だって?」
「セージ、本当なのかい?」
「うん、本当だよ。マッシュ子爵、まずは一口飲んでみてください」
父さんに返事をし、マッシュ子爵に一口勧める。
マッシュ子爵はあまりうれしそうじゃない。
スパイスは辛いってイメージだから、気分は罰ゲームの激辛ドリンクを勧められた人かもしれない。
こうなるであろうことは、カッパーも予想していた。
なので――
「カッパーさんが試飲しています。あの料理長が、いくら子供が作った飲み物とはいえ子爵の嫌うものを提供する許可を出さないでしょ?」
僕がそう言うと、マッシュ子爵は、まず一口それを飲んだ。
「……美味しい。甘味が少し強い気がするが、しかし複雑なスパイスのせいでくどくない。いや、むしろ後口は爽やかだ。これはジンジャーに蜂蜜の甘味もいい。喉にも良さそうだ」
「喉にもよさそう? ジュール、私も一口いただいてもいいかしら?」
ピエレッタさんが新しく出された飲み物を一口。
「美味しいわ。それに、本当に喉がスッキリします」
「うん、スパイスっていえば辛いものだとばかり思っていたけれど、こんなものもできるのか。セージ、これは何ていう飲み物なんだい?」
「クラフトコーラ……じゃなくて、コーラだよ」
僕はロジェ父さんにそう言った。
コーラの歴史は浅いらしい。作られたのは19世紀末だとか、
元々、薬局で売られていたとか、最初はコカインが使われていたとかそういう歴史らしい。インターネットで検索できないので詳しくは調べようがないけれど。
そして、クラフトコーラの歴史は……こっちは僕にもどのくらいの歴史があるのかはわからないけれど、僕が物心ついたときにはクラフトコーラなんてものはなかったはずだ。
たぶん、平成の終わりの方に生まれたものだと思う。
コーラは普通コーラの実を入れる飲み物だけれど、それを入れなくてもクラフトコーラを名乗ってもいいくらい、クラフトコーラの定義は広い。
作り方は簡単。
飲み物に適したスパイスやハーブとレモンやライムなどの柑橘系の果物、そして甘味をぶち込んで煮込む。
そしてできたものをカルピスの原液と同様薄めて飲むだけ。
ただ、味を定着させるのに一日寝かさないといけないから、昨日の夜の提供は無理だった。
これを作るために、結構な量のスパイスを使ったが、でも味見をしたときは感動したな。
コーラというより、ジンジャエールに近い味だったけど。
「これがクラフトコーラの原液になります。使われているスパイスは――」
と手筈通りにカッパーさんが説明をしてくれた。
一度カッパーさんに説明したから二回説明するのは面倒だしね。
使われたスパイスの量を聞いて、マッシュ子爵はとても驚いた様子だった。
「スパイスをそんなに使っているのか……確かにこの味を考えるといろいろな種類のスパイスが使われていることは理解できたが、かなりの値がしたんじゃないか?」
「確かに安い額じゃありませんけど、僕の友達――ハントとカリンに頼まれまして。スカイスライムを買ってもらったのは嬉しいけれど、お金を貰い過ぎだから返したいって。でも、僕はそれは対等な取引を持ち掛けてくれたジョニー……マッシュ子爵に失礼だからって言ったら、ハントが、それならお金じゃなく物でお返しをしたいっていうことになって、僕と三人でお金を出し合って、スパイスを買ったんです」
「そうだったのか。気を遣わせてしまったね。でも、セージくんの言う通り、あれは僕がそれだけの価値があると思って買ったものだから本当に気にしなくてもよかったのに」
「あら、あなた。そんなスカイスライムを買っていたの? どんなものなのか見せていただけない?」
ビエレッタさんが尋ねた途端、マッシュ子爵が固まった。
「どうしたの?」
再度尋ねるビエレッタさんに、マッシュ子爵は正直に言った。
そのスカイスライムをルジエールさんに売ってしまったことを。
しかも、買った値段の倍以上の値段で。
「あなた、どれだけ安値で子供から美術品を買い叩いたの?」
「待ってくれ、ビエレッタ。私はその時、適正価格以上で買い取ったつもりだったんだ。斬新な絵だったけれど、無名の子供の作品だし、金貨十枚なら十分だとね。だけど父が思った以上にそれを気に入ってしまって。売るつもりはなかったんだけど、私が欲しいって前から言っていた絵画を二点つけてくれるって言われて」
「あなた、まだ絵画を集めていたの。しかも、あなたが欲しいって言っていたお義父様お気に入りの絵画って、確かに値段は高くはないですけど、それでも金貨十枚以上するんじゃなかったかしら? つまり、本来の相場の四分の一以下の値段で買ったってこと? それなのに、その子たちはあなたが家に自分の絵を飾っていると信じて、こうしてお礼をしてくれたの?」
その後、ビエレッタさんとどういう話がされたのかは定かではないが、マッシュ子爵が帰ってきて、金貨を積み上げた。
その数は金貨三十枚にも及ぶ。
「セージくん。差額の代金だ。受け取ってくれるね」
いやいや、いくらなんでもそんな大金は受け取れないと思った。
だが、ロジェ父さんがため息を吐き、僕に受け取るように言った。
ここで僕が受け取らないと、マッシュ子爵がビエレッタさんに許してもらえないらしい。
「君から貰ったコーラのレシピの代金も含んでいる。妻が気に入ったようでね」
「……ありがとうございます。あ、でも、まだもっと美味しいコーラの飲み方があるんです。カッパーさん、持ってきてください」
「忘れているのかと思ったよ。これがコーラの原液になります」
そう言って、カッパーさんがコーラの原液の入った瓶を置く。
「先ほどは、これを水で薄めて提供しましたが――」
とカッパーさんは空になったグラスにコーラの原液を少し注ぎ、そして別の瓶に入った液体をさらに注いだ。
その液体を見て、ロジェ父さんとマッシュ子爵は顔色を変えた。
うん、注いだのは炭酸水だ。
コーラと言ったら、やっぱり水じゃなくて炭酸水だよね。
「これは――」
「セージ、これは炭酸水かいっ!?」
あれ? ロジェ父さん、炭酸水のこと知ってるの?
それで、なんで炭酸水だけで頭を抱えてるの?
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