第100話 炭酸水は火種だった

 ロジェ父さんは再度、ため息をついた後、マッシュ子爵とビエレッタさんと一緒に炭酸入りのクラフトコーラを飲んだ。

 「なんだ、口の中で弾ける」「これ、本当に飲んでよかったんですか!?」「不思議な感覚」なんてリアクションを期待したんだけど、そんなものはない。

 やっぱり、この国にも炭酸水ってあったんだ。

 まぁ、日本でも炭酸が湧き出る泉ってあったらしいから、不思議じゃないか。


「セージ、これは重要なことだから教えてほしい。炭酸水をどこで手に入れた?」

「どこって、僕が作ったんだけど……構築魔法を使って」

「そんな魔法が使えたのかい?」

「そんな魔法って、元はただの風の魔法だよ? エイラ母さんにも使う許可を貰ったし」

「術式を見てエイラはなんて?」

「『こんな魔法何に使うの?』って言われた」


 空気中から二酸化炭素だけを選びし、水の中に高圧力で打ち込むための魔法だ。

 丈夫な瓶に水を入れて、その魔法で二酸化炭素を送り込めば炭酸水ができる。

 エイラ母さんの前では、それで布袋を膨らませて見せた。

 大量のスパイスを使うコーラについて、エイラ母さんに話したくなかったので炭酸水のことは黙っていた。 


「そうか……エイラが魔法術式を見ても理解できなかったのか」


 そういえば、空気の中から二酸化炭素だけを取り出す術式についてはエイラ母さんもよくわかっていなかった。

 この世界では酸素や二酸化炭素といった分子については理解されていない。

 瓶の中に蝋燭を閉じ込めたら火が消えるのは、瓶の中に蝋燭を入れると空気が古くなってしまうからだっていう感じで認知されている。

 だから、古い空気――つまり二酸化炭素だけを選んで出すって教えたら理解してくれた。


「セージくん、炭酸水は東の特産品の一つで、名物になっているんだよ。お酒に割って飲む愛飲家が多くいてね。それで、これまで多くの魔法使いが炭酸水を人工的に作ろうとして、失敗してきたんだ」


 あぁ、きっと人工的に魔法で作ろうとした人は、普通に空気だけを送り込んでいたんじゃないかな?

 ジャグジー風呂みたいな感じで。

 でも、それだとダメだ。

 酸素や窒素は二酸化炭素に比べて水に溶けにくい。

 ペットボトルに水を半分、空気を半分入れて蓋をして振っても変化は起こらないけれど、その空気が二酸化炭素だった場合、少し振るだけで水に溶けてペットボトルが引っ込むくらいだ


「東の街の秘術だったんですか?」

「いや、秘術じゃなくて、ここから遥か東に炭酸水が湧く泉があるんだよ。それを再現するなんて。カッパー、君はセージくんが炭酸水を作っているとき、何も思わなかったのか?」

「凄いとは思いましたが、魔法のことは詳しくなく、魔法があれば炭酸水も作れるのかと思いまして。それで、セージ様から炭酸水を使って肉を煮込めば美味しくなるって聞いて、そのことばかり考えてました」


 カッパーが申し訳なさそうに言う。

 えっと、これって不味いことになった?


「タージマルト戦役って名前は覚えているかい?」

「ロジェ父さんとマッシュ子爵が行った戦争だよね? 十五年前の」

「あの戦争のそもそもの発端が、炭酸水の輸出規制だったんだよ」

「え!?」


 炭酸水には愛飲家が多い。

 東の国の首都タージマルトにはその炭酸水が湧く泉があったんだ。

 突然、東の国がその炭酸水の輸出を制限し、値段を大幅に釣り上げたんだ。

 その結果、炭酸水を愛飲している方たちは批難する。

 それでも、炭酸水は輸入されるどころか、さらに制限は増す一方。

 しかも、酷いことに、炭酸水の愛飲家たちには国の偉い者も多かった。

 結果、炭酸水を独占するのなら戦争をも辞さないって脅しに出た。

 そして、それは現実になった。

 もちろん、炭酸水だけが理由ではない。そこにはいろいろと複雑に絡み合った事情や思惑があったのだろう。

 しかし、きっかけの一つは間違いなく、炭酸水だったそうだ。


 結果、この国は戦争に勝利し、炭酸水の湧く泉を自国の物にできるはずだった。

 枯れている泉を見るまでは。

 東の国は炭酸水を輸出しなかったんじゃない、できなかったんだと知ったときには、既に後の祭りだった。


「なんで、東の国は正直に言わなかったの?」

「東の国では炭酸水が湧く泉、炭酸泉は神の加護によって与えられたものだと国内外に吹聴していたんだ。その炭酸泉が枯れたとなったら、国内がパニックになるって思ったんだろう。」

「自国民を戦争に巻き込んでまで、守りたい秘密とは思えませんがね」


 たかが炭酸水で戦争なんて――というのは僕が元々日本人だから言えるのだろうか。

 戦争のきっかけなんて、元を辿れば本当に些細なものなのかもしれない。

 って待って?


「ロジェ父さん。じゃあ、いま、この国は炭酸水のことを知っている人が多くて、炭酸水をもう一度飲みたいって思っている人もいっぱいいるのに、全く炭酸水が手に入らないってこと?」

「そうなるね」

「それなのに、僕が炭酸水を作る方法を考えたって……大変なこと?」

「……そうなるね」


 あぁ、そりゃ頭を抱えるよ。

 お金になるのは嬉しいけれど、でも、新たな混乱の予感しかしない。


「今回の件、見なかったことに――」


 できないよね?


「メディス伯爵に相談するしかないでしょうね」


 ビエレッタさんが言った。

 メディス伯爵といえば、今回の旅の目的の一つである僕の婚約者だ。


「父さん、メディス伯爵ならなんとかなるの?」

「セージくん、メディス伯爵のことを知らずに来たのかい? 婚約者なのに?」


 それを聞いて驚いたのは、マッシュ子爵だった。


「めんど――必要なことがあったらロジェ父さんが教えてくれると思ってたから、どんな貴族なのかも知らなくて――一応領地は国の南西部にあり、まだ爵位を継いでいないけれど、ご子息が領地の経営をなさっているというのは聞いていますが」

「あぁ、ロジェはメディス伯爵について話すのは苦手かもしれないな。今の状況に関係あるところでいうと、メディス伯爵は王立魔法学院の学院長をしているんだ。だから、新しい魔法の運用法や構築魔法の術式の管理なども彼がしている」

「そんな凄い人だったの!?」


 え? なんでそんな凄い人の家の人が、猶更僕の婚約者になったんだろう?

 うちは貧乏だから財産目当てってことは絶対にないと思うし。

 やっぱり、ロジェ父さんと関係することなんだろうか?

 でも、ロジェ父さん、メディス伯爵のことについては、タージマルト戦役のこと以上に話したがらないからな。

 それに、なんか面倒ごとの予感もするし……うん、聞かずにおこう。


「ところで、セージくん。炭酸水だけど少し譲ってもらえないかしら?」

「いいですよ。お酒にもあいますし。あ、よかったらワインに直接炭酸を入れて、スパークリングワインにしましょうか?」


 それを聞いたマッシュ子爵が顔を上げた。

 ワインを炭酸水で割ったものはあったらしいが、直接ワインに炭酸を入れる方法はなかったらしい。


「セージくん、それは是非――」

「あなた、私が優先です。水でお願いするわ」


 スパークリングワインより、コーラが気に入ったのかな?

 と思ったら違った。


「子供の頃に聞いたんですけど、炭酸水を肌に塗ると、美容にとてもいいみたいなの」


 そういうことか。



 樽だと炭酸が抜けるので、瓶に入れた水に炭酸を詰め、コルクで蓋をした。

 これでも、缶やペットボトルと違い炭酸は徐々に抜けていくからあまり多くは使えないだろう。

 また王都からの帰りにも寄るので、美容液として使うのは瓶二本分にして、あとワインの二本をスパークリングワインに作り替える。

 マッシュ子爵は最初、一本金貨何十枚もする、地球でいうところのロマネコンティみたいなワインを持ってきたけれど、そんな高級なものは無理だと断り、安物のワインにしてもらった。

 炭酸を入れるのは魔力を使うだけなので無料で引き受けたつもりだったんだけど、十分過ぎるお金を貰った。

 なんでも、現在、僕が提供した炭酸水を売りに出したら、貰った額の何百倍の金貨を積み上げる人も現れるくらい貴重な品らしいし、仮に炭酸を作る術式が世に広まっても、術式を理解し、構築魔法を使用できる人間が限られているので、やっぱり今回出した額程度の相場はキープされるらしい。

 将来、領地が潰れてお金に困ったら炭酸飲料屋さんで楽にお金を稼ぐことができそうだね。



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