第101話 プライスレス
いつも通り、三階層でビッグトードとジャイアントクラブを倒し、ほくほく顔でジャイアントクラブを倉庫にしまった僕は、そのままハイエルフの家にお邪魔した。
ログハウスではない。
ちゃんとした木造の家だ。
鋸もカンナもトンカチも釘もないのに、よくもまぁこれだけ立派な家ができたものだと感心させられる。
リディアが魔法で頑張ったのだろう。
家には見たこともない陶器の壺やお皿が並んでいる。
なんでも、畑の近くには粘土が採れる場所もあり、その粘土から焼いたものらしい。
シンプルなデザインだけど使いやすそうな陶器だ。
陶器だけでなく、さらに、ガラス細工にも取り組んでいるらしい。
作り方は知っているが、設備がなかったという。
しかし、ここに来てからゼロのアドバイスを貰い、簡易のガラス工房まで造っていた。
ただの畑しかないはずの場所だけど、いまは養鶏所(基本放し飼い)があり、生け簀(なんか勝手に増えてる)があり、家があってガラス工房まである。
もはや村ができるんじゃないかって勢いだ。
せっかくなので、みんなにもコーラを飲んでもらうことにした。
「セージ、美味しいよ! シュワシュワする」
「これがコーラですか。とても美味しいです」
「セージ様のもといた世界の飲み物なのでしょうか?」
「炭酸水は知っていますが、セージ様が持ってきたスパイスはほとんどエルフの森にはなかったですね」
最初に喜んで飲んだアウラ以外の三人は、コーラのことは知らなかったが、炭酸水については知っていたらしい。
スパイスもほとんど知らなかった。
「ゼロはどう?」
「とても素晴らしい味わいかと。ですが、私には少々甘味が強すぎるようです」
「あぁ、確かにそうかも。次は蜂蜜を少し減らすか」
さすがゼロだ。
単純に褒めるだけなら誰でもできるが、こういう適格な意見をくれるところが有能な執事だなって思う。
ジュールさんもいい執事だったけれど、やっぱりゼロが一番だよね。
だが、それに待ったをかけたのはハイエルフだった。
「セージ様、甘いのは正義ですよ!」
「そうです! 三階層では甘味が全然なかったんですよ」
「うんうんうんうん」
ハイエルフは甘い方が好みらしい。
アウラはどうかな?
「セージ、これ使って!」
アウラが半透明のドロっとした液体の入ったものを僕に渡す。
「これはなに?」
「アウラの蜜だよ?」
「アウラの蜜っ!?」
一瞬、脳裏に衝撃が走り抜けた。
が、すぐに意味を理解する。
「花の蜜ってこと?」
アウラが頷く。
アルラウネは身体から蔓を出すだけでなく、花の蜜を作り出すことができるらしい。
この後ゼロから教えてもらったが、本来、アルラウネの蜜はとても強い甘味があるのだが、同時に中毒性と、そして麻痺毒が含まれていて危険らしいのだけれど、アウラの蜜には中毒性も麻痺毒もない、優しい味わいの蜜らしい。
彼女が育てていた花が毒を持っていないのと関係があるのかもしれないな。
「ありがとう、アウラ。クラフトコーラに使うスパイスが足りないから、今度買い足したときに使わせてもらうよ」
「うん」
無邪気な笑みを浮かべるアウラに心が洗われるな。
と思って和んでいたときだった。
「セージ様、それで私たちの石細工、売れましたか?」
そう尋ねたのは、リーゼロッテだった。
よりにもよってリーゼロッテなのだ。
リーゼロッテがわざわざ言ってきたのだ。
「あ、うん。持って行ったよ。思ったより高く売れた。申し訳ないくらいだよ。お土産も用意したけど、ちょっと時間がかかるものらしいから、みんなに渡せるのは今度になるかな? とりあえず、今回はこのコーラで我慢してね」
僕は笑顔でそう言うと、リアーナとリディアが、
「そんな、私たちはお金を貰っても使い道はありませんから、どうぞセージ様が申し訳なく思うことはないのです」
「はい。あ、でもお土産はとても楽しみです」
と言ってくれたのだが、
「それで、いくらで売れたんですか?」
リーゼロッテが前のめりで聞いてくる。
プライスレスのリーゼロッテが。
「全部で金貨420枚と銀貨3枚」
僕がそう言うと、リアーナたちが思った以上の額で驚いた。
金貨の価値は彼女たちが元々いた時代とは大きく変わっているかもしれないが、しかし僕からある程度の相場を聞いていたので、その価値を理解しているようだ。
「私の作品はいくらでしたか?」
リーゼロッテ、やめてくれ。
なんでそう死に急ごうとするんだ?
せっかく安全な場所にいるんだ。
わざわざ空中に張られた綱の上を歩こうとしなくてもいいじゃないか。
「いくらで売れたとかそういう順位付けをすると喧嘩になるんじゃないかな? 知ってる? 僕が前世で育った日本っていう国は、『争うのはよくない! 一位じゃなくてもいいじゃない!』っていう教育方針があってね」
「では、二人の金額は聞きませんので、私の額だけ教えてください」
なんだ、これ?
ハイエルフ三人、最初の出会いこそあれな感じであったが、一緒に生活をしていく中で、僕の中で少し仲間意識のようなものも芽生え始めていた。
リアーナがプライドが高いが少し残念な感じ。
リディアが一番有能で、それで一番苦労人。
リーゼロッテは一番常識人で相談をするのなら彼女がいい。
そういう感じで見ていた。
それなのに、なんで今回、リーゼロッテは僕をここまで追い詰めるんだ?
僕には三つの手札あがる。
一つ目、黙秘。
「いや、言わない。リーゼロッテだけに教えるのは不公平だし、三人に教えると、やっぱり揉め事の元になる。三人ともそれぞれ価値のある物を用意してくれたのに、そんな結果になるのは僕も不本意だ」
二つ目、虚言。
「うん、三つで420枚と銀貨3枚って纏めて買い取ってくれたんだ。だから、実はどれがいくらかは知らないんだよ。ごめんね」
三つ目、正直。
「リーゼロッテのは売れなかったんだ。鑑定してくれた人に見せたんだけど、理解してもらえなくて」
一番楽なのは二番だ。
それなら仕方ない、で終わると思う。
さすがに、リーゼロッテも街に戻って聞いてこいなんて言わない。
彼女はここから出られないのだ。
嘘が露見することもない。
嘘も方便って言う。
だが――
僕はリーゼロッテの目を見る。
彼女が求めているのは、方便か?
いや、違う。
彼女の目は純粋な興味による目だ。
知りたいんだ。
自分の作品が世に受け入れられたのか。
きっと、正直に言えば、彼女は落ち込むだろう。
しかし、それが彼女の成長に繋がる。
うん、僕はリーゼロッテの可能性を信じる。
「あぁ、リーゼロッテの作品は、売れなかったんだよ。見てもらったんだけど、『自分には理解できないから値段をつけることができない』って言われたんだ。とても素敵な作品だったと思ったんだけどね。だから、いまは馬車の中に置いてある」
僕が正直に言う。
ショックを受けただろう。
そう思ったら――
「やっぱりそうですよね!」
何故か嬉しそうに彼女は言った。
空元気ではない。
本当に嬉しそうだ。
「何で喜んでるの?」
「だって、啓示を聞くことができるのは巫女だけじゃないですか。セージ様が売ったのは美術商なんですよね? 巫女でも神官でもない普通の人に理解されてしまったら、私の作品は啓示ではなく、ただの美術品になってしまいます」
そう言われたら――そういうことになるのかな?
「ゼロ様も理解してくれましたし」
「え? そうなの?」
ゼロを見て尋ねる。
「はい。彼女の作った石細工を拝見致しましたが、本来は意思による伝達でしかないはずのファーストの啓示を見事に可視表現し美術品にまで昇華している作品だったと思います」
ゼロが僕に嘘を言ってまでリーゼロッテの名誉を守るとは思えない。
ということは、あれは本当に僕には理解できないだけで、作品として成立していたんだ。
「セージ、それでその石細工はどうするの?」
「ん? そうだね、リーゼロッテに返――」
「セージ様がお持ちください。それはセージ様に差し上げたものですので。それに、セージ様、私の作品のことをとても素敵だって仰って下さったじゃないですか。どうせなら、その芸術を理解できる人に貰ってほしいので」
言った。
確かに素敵な作品だって言ってしまったけれど……え? 貰うの?
僕があれを?
「あ、ありがとう。とても嬉しいよ」
笑顔で言えた自信はない。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
馬車の中で、改めてリーゼロッテから貰った石細工を取り出してみていると、ロジェ父さんが不思議な物を見るような目で尋ねた。
……違った。
“不思議な物を見る
「セージ、その石でできた……置物? えっと、よくわからないけど、それはなんだい?」
「芸術だよ」
「へぇ……変わった作品だね。タイトルはあるのかな?」
僕は少し考えて、この石細工のタイトル告げた。
「『嘘の報酬プライスレス』」
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