第102話 構築魔法の課題

 構築魔法には一つ欠点がある。

 通常の風魔法のスキルを持つものが風の刃を使えば、魔力の放出量に応じてその威力の調整は何段階にも可能となる。

 しかし、構築魔法の場合、魔力の放出量が術式に組み込まれているため、調整がしにくい。

 だが、つまりは術式を書き換えて紙に書いて覚えれば、調整は可能になる。ただし、放出量を変えれば他の場所の数字も変わるため、覚え直すのがちょっと面倒だったりする。

 代数とかそういう仕組みがあれば楽なんだけど、そうはいかないらしい。

 とりあえず、僕は「風の刃」「風の刃(強)」と二種類の風の刃を修得している。

 風の刃(強)は魔力の消費量が三倍近くになるのに、威力は1.5倍くらいにしかならないというちょっと欠陥魔法だったりする。でも、これには理由があり、ゼロに試してもらった結果、だいたいのビッグトードとジャイアントクラブを一撃で倒せる威力の魔法なのだ。

 いままでは二回放たなかった風の刃を一回使って倒せる。

 これだけでも大きな戦力の増強になる。


「風の刃(強)!」


 単純に叫ぶだけで使える通常のスキルによる魔法と違い、僕の頭の中では術式を展開、理解、発動の三段階のプロセスにより放たれている。


 展開:覚えた術式を一枚の絵のようにして脳に映し出す。

 理解:映し出された術式の一文一文の意味を再度理解する。

 発動:理解した術式を世界に発現させる。


 術式の展開から発動まで二秒。

 普通の人より展開と理解が速い、しっかりと術式を記憶していることも大きいが、構築魔法のスキルを持っていることによる恩恵が大きいだろう。

 この記録はいまだに縮まらない。

 まぁ、普通の風の刃と、強化版とでは威力は違うが術式の長さは同じなので、発動の時間に違いがないのは大きいメリットだと思う。

 いまの心配事は、風の刃の威力をこれ以上高めようと思うと、魔力の消費量が指数関数のグラフのように増えてしまうことだ。さらに、それにも限界がある。

 なので、もっと強力な術式を考えないといけないんだけど、そうなると壁役になっているアウラの負担も大きくなる。

 となると、やはり威力を上げるのではなく、魔法を連射できるようになりたいのだが。


「アウラ、次は普通の風の刃でいくから、時間稼ぎして!」

「わかった!」


 三階層でジャイアントクラブ相手に戦う。


「風の刃っ!」


 不可視の風の刃がジャイアントクラブの腹部に命中。致命傷には至らない。

 ジャイアントクラブが蟹なのに真っすぐこちらに向かって来る。

 アウラが蔦を伸ばして足をからめとる。

 ジャイアントクラブのハサミでは、アウラの蔦はびくともしない。

 通常通り風の刃を放った後、さらに術式を展開。

 急いで全ての文章を理解。

 発動!


「風の刃!」


 不発。

 思わず舌打ち。

 さらに展開、理解、発動のプロセスを行う。

 今度は放たれた。

 ジャイアントクラブが泡を吹いて倒れる。


「セージ、おつかれさま」

「……うん、ありがとう。アウラもお疲れ様」


 戦いが終わったら僕とアウラはお互いを労う。

 そして、アウラに魔法で作った水を飲んでもらい、僕も水筒の水を飲む。

 水を飲みながら考える。

 やっぱり失敗した。

 急いで魔法を使おうとすると、理解が追い付かなくなり、発動できないことがある。

 しかも、発動できたとしても縮まる時間は零コンマ数秒の話。

 生死を分けた戦いの中で、その零コンマ数秒は重要だが、そんな重要な場面で発動に失敗となるとそれこそ命とりになる。しかも、いまは発動する魔法を決めていた状態での失敗だ。

 咄嗟に使う魔法を決めてから術式を理解しようとすれば、さらに失敗率は高くなる。

 どうやって、失敗する確率を減らすか?

 もしくは別の方法で魔法を放つ速度を上げるか?

 これも今後の課題だな。


「じゃあ、帰ろうか」

「うん!」


 いつも通り、ジャイアントクラブの脚の部分を持って、僕たちは零階層に戻った。


「セージ様、おかえりなさいませ。お風呂の準備ができております」


 さっきゼロが用意してくれたサンドイッチを食べたため、お腹は空いていない。

 それをわかっているのか、ゼロも食事の準備をしていなかったが、代わりにお風呂の準備ができていた。

 カエルやカニと戦ったり解体したりすると体液が付着するからお風呂は是非入りたい。

 アウラも一緒に入るが、彼女は裸ではなく、最初に会ったときのように花びらや葉っぱの服を着ているのでやましいことはなにもない。

 その間に、ゼロが蟹の脚を倉庫に運び、服を整えてくれる。

 完全に洗い落とすのではなく、ここに来る前の汚れを再現している。

 魔法を使っているらしいが、構築魔法を学んだ僕でも、いったいどうやっているのかはわからない。

 洗い立てではない服を着るのは変な感じがするので、最近、修行空間に来てダンジョン探索をするのは、元の世界で着替えた直後にしていることが多い。

 お風呂から上がったあと、髪を乾かすついでに修行空間を見て回る。

 零階層では、ハイエルフたちが農作業の傍ら、ガラス細工や陶磁器作り、また最近では紙作りに勤しんでいる。

 零階層にはゼロが紙を何枚も持っているんだけど、無限にあるというわけではないらしい。

 ハイエルフ達と一緒に二階層の鶏にいる森に行ったとき、紙作りに適した木があったらしく、それを採りに行ったのだ。

 転移先に登録しているので、転移魔法で簡単に移動できた。

 初めて転移魔法という物を使ってもらった。

 一瞬、耳がキーンとした。

 気圧の差だろうか?

 高低差のある場所に転移するのは避けた方がいいかもしれないと思った。

 とにかく、転移先で目的の木とその苗と一緒に収穫して持ち帰った。

 紙作りに必要な道具も手作りしている。

 本当にハイエルフは器用だな。

 年の功ってやつか――とは思ったけど言わない。

 うん、ハイエルフは永遠の十七歳だからね。

 そして、いまはその紙と炭から作ったインクを使って、モノクロの絵を描いている。

 リディアの絵はゴブリンだった。


「セージ様、見てください! ゴブさんです!」

「ゴブさんって、リディアの話し相手になってくれたっていう?」


 うん、モノクロでわかりにくいけれど、手首のところに腕飾りがある。


「はい。ゴブさんは話し相手になってくれた後も、よく私たちの家に遊びに来ては、一緒にカエル肉を食べてたんです」

「三人以外の人(?)と一緒にごはんを食べるなんてなかったから、新鮮でした」

「はい。これは魔物の神であるフォース様のお導きだったのでしょうね。実際、ゴブさんと出会ってたった数年でフォース様に出会えて、ここにこうして来られたわけですから。野菜も美味しいし、水も美味しい。カエルに追い回されることもない。本当に天国みたいな場所です」

「私たち、一度死んでるから本当に天国かもしれないですね」


 ハイエルフたちが嬉しそうに言う。

 ふぅん、ゴブリンだけどペットみたいなものだったんだろうな。

 数年を「たった」と表現できる彼女たちの年月に関する考え方は常軌を逸している気がするが、今は幸せなようでよかった。


「セージ様、今日の成果はどうでした?」

「カエル12、カニ3、ゴールデン1だね」

「今日はいつもより少し多いですね。そろそろレベルが上がるのでは?」

「うん、ゼロもそう言ってたよ」


 王都には今日着くが、教会で儀式を受けるまで数日ある。

 ステータス偽造取得はなんとかなりそうだ。

 ただし、無駄遣いはできない、ギリギリのラインのため、祝勝会はお預け……といいたいが、王都で自由行動ができるようになったら、こっそりワインとジュースを仕入れて、みんなでお祝いしたいなって密かに思っている。


「そうだ、ゼロ。例のものだけど」

「ええ、もちろんできています」


 ゼロが笑顔で五冊の本を用意した。

 エイラ母さんに頼まれていた本だ。

 元々、ゼロは執筆家で本を何百冊、何千冊も書き溜めていたのだけど、エイラ母さんが欲しがっていると言ったら、せっかくなので半分は新作を用意してみると言っていた。

 本を書く大変さは僕にはよくわからないけれど、写本は何冊も書いているので、それにかかる時間は想像できる。

 よくもまぁ、王都に着くまでの間に五冊の本を書き上げたものだ。


「ありがとう。でも、かなり無理をさせたんじゃない?」

「いえ、そんなことはありません。ですが、一つだけ要望がありまして」

「うん、僕にできることならなんでも――」

「セージ様のお母上の感想をいただきたいのです」


 前に手紙と一緒に送ったことがあり、エイラ母さんと共感するところがあったようだ。

 本を渡すとき、『ゼロ先生が感想を欲しがっている』ってエイラ母さんに伝えたら、喜んで感想を書いてくれるだろうが、早く感想を書きたいあまり、徹夜で本を読みそうな気もする。

 うん、ある程度読み終えたところで、ゼロにお礼の手紙を送るって言えば喜んで書いてくれるだろう。


   ▽ ▼ ▽ ▼ ▽


 馬車に戻り、馬車酔いで死にそうな表情になっていたキルケにリフレッシュの魔法を掛けたあと、僕は少し目をつぶる。

 電車の振動は揺り籠のようで気持ちいいけれど、サスペンションの無い馬車の振動は揺り籠というよりもはや衝撃なので、寝るのには向いていないが、魔物退治の運動と風呂上りの気持ちよさが衝撃に勝り、いつの間にか眠りに落ちてしまった。

 そして、目を覚ました。


「セージ、起きたんだね。見てごらん、王都がここからもう見えるよ」

「え?」


 御者をしているドンズさん越しに前を見る。

 すると、大きな壁が見えた。

 ドルンの街の城壁も大きかったが、王都の城壁はそれ以上だ。そして、何より綺麗だった。

 そして、その壁の向こうに、西洋風のお城の上の部分が見える。

 来たんだ、王都に。

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