第103話 美術商の客人
私の名前はド・ルジエール。
芸術の都ドルンで美術商を営んでいますが、同時に、街を取り仕切る評議会の議長と、そして領主であるマッシュ子爵との橋渡し役も兼任しています。
といっても、マッシュ子爵は私の倅であり、お互い無茶を言う関係ではないので仕事と言うほど忙しくはありません。
そもそも、私は評議会の仕事はあまり好きではないのです。
こうして、美術品に囲まれ、価値を知る物の下に提供するだけ。
それだけが生きがいと言ってもいいでしょう。
「ふふふ、これは素晴らしい」
金貨420枚で買った石細工。一個の石から彫られたのであろうこれは、恐らくは古代エルフの建築技法を用いていると思われます。
古代エルフには謎が多い。
エルフが住む森の奥地に住む、不老不死の妙薬を飲んだ伝説の種族と言われていますが、しかし、遥か昔に神の怒りを買い、都ごと滅んでしまったと言われていますからね。
そのため、古代エルフの建築技法の多くはすでに遺失の文化とも言えるでしょう。
その手掛かりになるかもしれないのが、この石細工なのです。
これをもたらしたのは、スローディッシュ家の少年でした。
倅から、とても五歳とは思えない利発な少年だとは聞かされていました。
子供にしては聡いだけだろうと思っていましたが、倅が持っていた神秘的な龍の絵の図案を考えたのが、その少年だそうです。
どうやら、その少年は発明家でありながら、一人の芸術家でもあるようだと私の彼への評価が大きく変わりました。
そんな少年が、私の店に訪れたのは、もはや運命でしょうね。
そして、ある日、女性の声が私の店内に響きました。
客がキタエリマキコモチドラゴンの剥製に驚いたでしょう。
あれは招待する側の客受けがいいのでそのままにしているが、本来美術品は静寂の中で楽しむものです。
何度も叫ばれては困るので、別の美術品に換えた方がいいでしょうか? そう思ったところで、気付きました。
初めて見るキタエリマキコモチドラゴンに対し、怯えるでもなければ驚くでもない冷静な佇まいをした少年が、かつては私に仕え、いまは倅の家で働いている執事のジュールと一緒にいるのです。
あれがセージ・スローディッシュ殿に違いありません。
私は挨拶をし、それが正しかったと知りました。
彼が来た理由は美術品の売買でした。
彼の作品なら気になるところであったが、知り合いに委託された商品だということで少し興味が下がりましたが、しかし出された物がどれも凄かったです。
生きているかのようなゴブリン。
塗料こそ残念であったが、ゴブリンを真に愛した者しか作る事ができない至高の一品。
細工は未熟だが色付けは見事な花の彫刻。
スカイスライムのドラゴンに色付けをした者の作品だとしり、将来性に期待できる一品。
一つは心の底から意味がわからない、逆に価値があるのではないかと思うような不思議な一品。美術商として価値の分からない物に値付けをすることができず、購入を断念。
そして、金貨420枚を出して買ったのが、先ほど言った古代エルフの建築技術が使われている石と大樹を融合させた石細工でした。
「綺麗だ」
とても細かい作業です。恐らく、針のような細い物で一つ一つ作られたのでしょう。
小さな作品でありながら、これを完成させるには気の遠くなるような時間がかかったに違いありません。
その労力を考えても、金貨420枚の価値は十分にあったと判断できます。
私がいつものように美術品に見惚れていると、客がやってきました。
彼女がドルンに入った時点で直ぐに私のところにも連絡が来たので、彼女がここに来ることはわかっていました。
「お久しぶりです、リエラ様」
「久しぶり、ルジエール」
頭を下げた後、改めて彼女を見る。
見た目は十四歳くらいの少女だが、その透明感のある雰囲気は、まるで生きた美術品とも言える。
まぁ、私は生きているものより、美術品にしか興味がないし、剥製は飾るが、死体愛好家の趣味もないので、その美しさを前にしてもどうこうするつもりは毛頭湧いてこない。
そして、その特徴的な耳。エルフである証だ。
「リエラ様は相変わらずお美しい」
「ありがとう。でも変わらないのが私たちだから」
エルフは、いまのリエラくらいの年齢になると成長が緩やかになり、何百年もほとんど成長することなくその姿を維持し続けると言われている。
初めて彼女と会ったのは五十年以上前になるが、その時からも姿は変わっていない。
おそらく、私より年上だということはわかるが、実年齢は一切わからない。
知っているのは、彼女はエルフの中でかなり上の立場であるにもかかわらず、自由に旅をすることを許されている変わったエルフということだけだ。
「今日は何かをお売りに? それともお買い求めに?」
「別に。ここに来たから寄っただけ。あなたの店は面白いから」
「そう言っていただけると光栄です。美術品の価値をわかるお客様はいつでも大歓迎です」
私は本心からそう言った。
彼女は私にはない知識を持ち、私とは違う見方で美術品を語る。
そんな彼女のことを私は心から尊敬していた。
「そういえば、街に変な物が飛んでいたけど、あれは魔道具?」
「いえ、スカイスライムという竹の棒に張り付けて、風の力で飛ばす子供の玩具ですね」
「
「自分の無知をひけらかすようで申し訳ありませんが、紙鳶とは?」
「極東の国で、狼煙の代わりに使われる竹ひごに紙を貼りつけて糸を結んで飛ばすもの。よく似ている」
「ほぉ、そのようなものがあるのですか」
さすがはリエラ様だ。
私の知らない知識を惜しげもなく提供してくださる。
「ちょうど当店にもスカイスライムがございます。御覧になってください」
「うん」
リエラ様の表情は硬いが怒っているのではないし、関心がないわけでもない。
いつも通りのことだ。
「こちらがスカイスライムです」
「驚いた……」
全然驚いているようには見えませんが、リエラ様がそうおっしゃるのでしたら、そうなのでしょう。
「お美しいでしょう?」
「極東の国の神のドラゴンの絵がまだ残っていたとは」
「極東の国のドラゴン? これが?」
「……そう」
なるほど、セージ殿が独自に考えたイラストだと思っていましたが、歴史のあるドラゴンの絵だったわけですか。
ドラゴンの伝承は世界中に残っており、国や宗派によってドラゴンの姿も異なるから、東洋には別の形で伝わっていたわけですな。
「これいくら?」
「金貨七十枚でございます」
息子からは金貨二十枚と、金貨三十枚分の絵画を売って購入したものだが、売り物とすると、それ以上の値段は下げられない。
これでも、相手がリエラ様のため、大幅に値段を下げています。
リエラ様は懐から財布を取り出しました。
一瞬、大金貨――金貨10枚相当の貨幣が見えます。
「買えない」
そう言って諦めたようです。
先ほどの袋を見ると支払いはできそうですが、それを使ったらいけないと自制したのでしょう。
リエラ様の身分なら、エルフの国にツケで買い物もできるのですが、そこまでして買うつもりはないようです。
私も少し安心しました。
リエラ様が望むのでしたら吝かではございませんが、それでも、もう少しこの芸術を楽しみたい――東洋に伝わる龍の絵だと知ったのなら猶更です。
商人としては失格でしょうけれど、お金には不自由していませんからね。
「ゴブリン?」
「はい。ゴブリンの石細工です。こちらは入荷したばかりの品ですが、塗料により劣化する可能性の高い商品ですので銀貨七枚程度で販売する予定です」
「――面白い」
「はい、ここまでゴブリンを表現するとなると――」
「普通、ゴブリンは人に対して敵対心しか抱かない。しかし、このゴブリンは笑っている。人が向き合っては絶対に見ることのできない、人の知らぬ姿が表現されている」
言われて私は気付きました。
なんということでしょう。
ゴブリンは芸術のモチーフにすることは稀ですが、しかし全くないわけではありません。
そして、その絵に描かれているゴブリンはどれも戦いの中のゴブリンです。
笑っているゴブリンもありますが、醜悪そのもので、このような穏やかな笑顔のゴブリンは見たことがありませんでした。
ということは、この石細工を作った職人は、見つからないように隠れてゴブリンを観察し、その笑顔を記憶し、石細工を作ったことになります。
何たる執念でしょう。
そして、そのことを見抜けぬ私はなんと愚かなのでしょうか。
「この塗料、植物が使われている。普通、塗料は鉱石」
「はい、先ほども申したようにこれでは劣化が――」
「ゴブリンが好む植物を使っている」
「なっ!?」
なんということでしょうか?
私は劣化する塗料だから、塗料選びが未熟だと決めつけ、それ以上の考察をしませんでした。
しかし、リエラ様は気付いたのです。
この作品はゴブリンへの愛が溢れている。
だからこそ、ゴブリンが好む草を塗料にし、作品に色付けをしたと。
もしかしたら、私が買い取りをしなかったあの奇妙で値段を付けられない石細工も価値があったのでしょうか?
そう思っていると、リエラ様が止まりました。
「ルジエール。これは――」
「はい、そちらも入荷したばかりの品でして、古代エルフ時代の建築をモチーフに作られたと思われる石細工で――」
「いくら?」
説明を最後まで聞かずに値段を尋ねるのは、初めてのことですね。
まぁ、このレベルの芸術品は滅多に出回る事がありませんし、古代エルフ時代の品の可能性があることを考えると、気になるのでしょう。
「そちらは金貨800枚で販売予定なのですが、リエラ様でしたら金貨500枚程でお譲りを――」
「そんなお金はない。でも欲しい」
「エルフ王国に請求することもできますが――」
私がそう言うとリエラ様は先ほどのお金が入っている袋から、大金貨ではなく一粒の種を取り出しました。
それを見て私は目を見開きます。
「それはまさか――」
見たところ大粒の種ですが、リエラ様が出したのです。
ただの種のはずがありません。
そもそも、ただの種にそこまでの気品を出すことができるはずがないのです。
あれはおそらく、ユグドラシルの種。
エルフの森の中心に生えている世界樹ユグドラシル――それが千年に一度付ける実の中にたった二粒しか存在しないと言われる貴重な種です。
オークションに掛ければ、金貨一万枚以上、いえ、オークションに出すとなった時点で国が動き出すレベルの品ですね。
「これと交換してほしい」
何も言わないということは、そうなのでしょう。
リエラ様が騙したりしないことは承知しています。
「それほどなのですか?」
「それほど」
「詳しくお教えいただくことはできますか?」
「できない」
リエラ様が首を横に振る。
こちらの知りたい情報は何も得られませんか。
「……わかりました。その種はおしまいください。こちらの石細工もどうぞお役立てください」
「いいの?」
本当は断りたい。
だが、彼女がそこまで言うのなら、これを託す必要がある。
「ありがとう。それで、これは誰が売りに来たの?」
「申し訳ございません。リエラ様であっても顧客の情報を開示することはできかねます。たとえばエルフ国からの盗品である――とかであれば正式な国交ルートを用いて開示請求することができますが――」
「違う。これは盗品ではない。じゃあ、これを売った人が来たら伝えて。私が会いたがっているって。また来るから」
「かしこまりました」
そして、リエラ様は店を去りました。
私は息を漏らし、先ほどまで石細工が置いてあった場所を見詰め、呟きます。
「セージ殿、あなたは一体、何を持ち込んだのですか?」
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今日、初めてギフトを、しかも二人の方からいただきました。
ありがとうございます。
ギフトを送ってくれた方専用のSSを近況ノートに書くことも考えたのですが、
書いた作品は一人でも多くの方に読んでいただけるように、SSを書けば通常通り公開して行こうと思います。
すみません、ギフトをいただいてもいっぱい書くことでしかお返しできませんが、ご了承ください。
では、次回はいよいよ王都に入ります。
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