第104話 最強の盾
王都に近付くと、もう壁しか見えなくなった。
それくらい大きな壁だ。
入口となる門は四カ所あり、僕たちは北の門を目指している。
一番大きな門は東門らしいので、僕が希望するのなら最初はそっちから入るかってロジェ父さんが言ってくれたけれど、遠回りになる上に貴族用の入り口でも地方の男爵家では結構待たされるそうなので、北門からの一口、面倒さが勝って北門から入ることになった。
ここまで一週間、長い旅路だった。
北門も多くの人が列を作っていたが、こちらも貴族用の入り口があるらしく、すんなり入り口にたどり着く。
「スローディッシュ男爵ですね」
ロジェ父さんがここに来ることは既に先触れを出していた上、馬車に家紋が入っているので身元は直ぐに確認された。
「申告に必要なものはありますでしょうか?」
「いいえ、ありません」
「荷物を拝見してもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです」
「では、失礼します」
ロジェ父さんが許可を出し、衛兵が荷物の中から一つの袋を選んで開ける。
よりにもよって、僕が持っていた袋だった。
中に入っていた『嘘の報酬プライスレス』を見た衛兵は一瞬顔を引きつらせたが、直ぐに表情を戻し、『問題ありません』と済ませてくれた。
これで荷物のチェックは終わり。
え? これだけ?
と思わなくもないが、重要なのは、門番がランダムで一つの荷物を選び、中身を検めたということにあるそうだ。
「貴族院への報せはこちらで行ってもよろしいでしょうか?」
「はい、お願いします。メディス伯爵家に滞在予定です」
「かしこまりました」
貴族院とは、貴族のための役所のような場所で、地方から訪れた貴族がどこに滞在しているかを記録する役目も請け負っていて、滞在期間中、一度は顔を出さないといけないらしい。
これで晴れて王都の中に入る事ができた。
「これが王都か」
ドルンも人が多かったけれど、王都は桁が違うな。
まぁ、渋谷のスクランブル交差点や、満員の東京ドームなどを見たことがある僕にとっては驚くような光景ではない。最後にいたのも満員電車だったしね。
とはいえ、ヨーロッパに旅行に来たような気分でテンションは上がる。
「セージ様っ! 凄いですっ! お祭りみたいですよ! 見よ、これが王都だ! って感じですね」
「ぷっ、なにそれ」
「知らないんですか? 有名な吟遊詩人の言葉ですよ」
やけに芝居がかったキルケの言葉に、僕は思わず笑ってしまったが、有名な言葉らしい。
もしかしたらドルンの知識も、その吟遊詩人からの受け売りだったのかもしれないな。
暫く進むと、横道にいろんな露店が並んでいる通りを見つけた。
どうやら飲食ができるらしい。
「ロジェ父さん、美味しそうなものが売ってるよ!」
「セージ、ここに何をしに来たのか覚えているかい?」
「王都観光をしてはいけないって言われていないのは覚えてる」
「それは覚えているって言わないよ。都合のいい解釈。王都観光は用事が終わってからだよ」
まぁ、そうだよね。
馬車を預けないといけないし、王都観光は逃げないか。
「じゃあ、これからメディス伯爵の別邸にいくの?」
「先に冒険者ギルドだね」
「ゴブリンのスタンピードの報告か」
本当にすっかり忘れていた。
そういえば、馬車の奥の木箱には、ゴブリンの耳が大量に入っているんだ。街の入り口であの耳を見られていたら、衛兵さんはどんな反応をしただろう?
面白いものを見逃した気がするが、余計な時間を取られずに済んだのは幸運だった。
「……耳、腐ってない?」
それほど暑くはないが、それでも陽気を感じる程度にいまは夏だ。
ずっと馬車の中で放っておいたゴブリンの耳がどうなっているか不安で仕方がない。
「セージ様、変なこと言わないで下さいよ」
キルケが泣きそうな顔をした。
「大丈夫だよ、出る前にエイラが凍結魔法をかけてくれたし、防腐用の薬草も詰めてあるから」
それなら少しは安心かな?
でも、別の心配事があるんだよな。
「冒険者ギルド……か」
王都の中心部からやや外れた場所にある。
友達から読ませてもらったライトノベルでは、冒険者ギルドは国を跨いで活動する組織であり、どの国家にも所属しない、冒険者たちの互助組織――という扱いになっている。
しかし、この国の冒険者ギルドというのは、あくまでも通称であり、その実態は国の組織である。
当たり前の話だ。
冒険者とは戦える人間。
戦える人間というのは兵となりうる者であり、そんな存在を取りまとめるものが、国家に属さないなんて、国内に外国の兵士が常に駐屯しているようなものだ。
日本でも在日米軍という例があるので、絶対にないとは言い切れないが。
とにかく、冒険者ギルドは国の組織である。
だから、建物も凄く立派だった。
煉瓦造りの四階建ての建物だ。
「それでは、私はドンズさんと一緒に馬車を預けてきますね」
キルケは一度馬車から降りて僕を見送った。
「じゃあ、入ろうか」
「うん」
木箱を持ったロジェ父さんと一緒に建物の中に入る。
酒場が併設されている――なんてこともなかった。
カフェ的な場所はあるが、お酒は提供されていないらしい。
ただ、依頼書を貼ってある板はあった。
思ったより人は少ない。
それでも、油断はできない。
何故なら、僕が読んだライトノベルでは、洗礼がある。
そう、見た目弱そうなやつが入ったら、先輩冒険者に絡まれて、何故か決闘を申し込まれる。
作品の中だと、主人公は神的な方からチート能力を貰っていて、絡んで来た冒険者を返り討ちにするんだけど、僕はそんなチート持っていない。
逆成長チートはチートじゃない。
まだレベル7の子供なのだ。
つまり、決闘=死or大怪我に繋がる可能性がある。
だが、僕には考えがある。
もしも冒険者に絡まれたら、ロジェ父さんを身代わりにして切り抜ければいい。
大丈夫、ロジェ父さんなら、レベル30の冒険者に絡まれたとしても返り討ちにしてくれるはずさ。
ロジェ父さんは最強の盾。
本当に、強い父を持って僕は幸せものだ。
「ようこそ、冒険者ギルドへ」
受付の若いお姉さんが挨拶をしてくれた。
「男爵のロジェ・スローディッシュです。ギルドマスターにお会いしたい」
そう言って、ロジェ父さんが家名と一緒に名乗る。
受付の人は顔色を変えずに、
「話は伺っています。係の者がご案内します」
トントン拍子に話が進む。
これは思ったより早く終わるんじゃないかな? と思ったら、
「すみませんが、うちの子を少しみていてくれませんか?」
「え? 僕も一緒に行けないの?」
「少し込み入った話になるからね。子供には退屈だし、あまり聞かせられない話もあるんだ」
これは無理を言っても怒られるパターンだ。
なんということだ、戦いが始まる前に、僕はロジェ父さんという最強の盾を失ってしまった。
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