第165話 ハントとカリンへのお土産

 ハントの家に行くと、食事を作っている途中だった。

 お昼ご飯前に邪魔したかなって思ったけれど、夕食に手間のかかる食事を作るらしく、その下拵えをしていたらしい。

 ハントのお母さんは、ロジェ父さんが来たことに大変恐縮していた。

 ロジェ父さんは、スカイスライムについて説明する。


「というわけで、差額の金貨30枚を預かってきました。セージと三人で分けるのなら、金貨20枚をお渡しします。税金については、セージの取り分からこちらで調整しておきますのでご安心ください」


 ロジェ父さんはとても丁寧に説明をする。

 税金については、そういえば考えてなかった。

 考えてなかった僕が悪いんだけど、僕の取り分が減らされたようだ。


「そんなっ!? 金貨10枚だけでも大変な額なのに、金貨20枚だなんて」


 申し訳ないという気持ちより、不安の方が大きいようだ。

 父親は出稼ぎに行って留守にしている。

 いくら、この村が比較的平和だからといって、大人の男性がいない家に金貨20枚を家に置いておくのは不安のようだ。

 そのため、金貨20枚については、とりあえずロジェ父さんが預かり、必要な時に渡せるようにする提案をした。

 ロジェ父さんもこうなることを予想していたらしく、預かり証を用意していた。

 ハントのお母さんはそれも遠慮しようとしたが、これを渡さないと、マッシュ子爵――ジョニーが奥さんに怒られてしまうのだと説明し、預かり証を渡すことができた。


「どうかよろしくお願いします」


 ハントのお母さんが頭を下げてお願いした。

 ということで、金貨20枚はロジェ父さん預かりとなった。


「では、娘を待たせていますので」


 家の外で待っているラナ姉さんが、そろそろ我慢の限界だろうと察知したロジェ父さんはそう言って頭を下げる。


「すみません、お茶も出せずに」

「構いません。では、失礼します」


 ロジェ父さんハントの家から出ると、「ロジェ父さん! 遅い! 早く森に行きましょ!」という声が聞こえてきた。

 そういうことは中の人に聞こえないように言ってほしい。


「はぁ……金貨20枚なんて、そんなのどうしたらいいのか」

「母ちゃんは心配性なんだよ。領主様が預かってくれるなら、泥棒に入られる心配ないじゃん」

「でも……」


 見たこともない大金を手にしたことで、不安になる気持ちはわからなくもない。

 たとえ現物が目の前になくても、大金を得たという話を聞きつけて、会ったこともない親戚がやってくるとか、怪しい投資話が舞い込んでくるとかは日本でもよく聞く話だし。

 

「お母さん、セージさんが来てるから、遊んできていい?」


 不安が消えないハントのお母さんに、カリンが尋ねた。


「え? ええ、いってらっしゃい」


 ハントたちのお母さんは快く僕たちを送り出してくれた。

 家を出るときも、まだ悩んでいる様子だった。


 僕たちは家を出て、広場に向かった。

 休憩できる椅子がある。

 いつもは村のお爺ちゃんなんかが座っているけれど、今日は空いていたのでそこに座った。


「カリン、お母さんのこと放っておいていいの?」

「はい。お母さん、ああなったら何時間も考えこんじゃうけど、ちゃんと心の中で整理できたらいつも通りになるので大丈夫です」

「そうなんだ」

「セージ、それより王都だよ! 王都、どうだった?」

「漠然とした質問だね。そうだなぁ、王都はこの村を50個併せても足りないくらい広いんだけど、その広い土地を、僕の家よりも遥かに高い石の壁で囲っているんだ」

「すげー! 王都ってすげーなっ!」

「人口は二万人だから、村の百倍の人が住んでるんだよ。王都の周りには一面の小麦畑があってね。でも、それだけじゃ王都の人の食事を支えられないから、国中から食材が運び込まれるんだ。だから、王都の市場には見たこともない食材がいっぱいあってね」


 と僕は王都で見たことをハントに話していった。

 ハントは、とてもいいリアクションで驚いたりする。

 カリンは、口数は少ないけれど、とても興味深そうに話を聞いてくれた。

 話は、王都の話からドルンの話に移る。

 ドルンでもスカイスライムがブームになっていて、いろんな形のスカイスライムが空を舞っていることから話をして、芸術の都ということでいろんな画商があること、変わった骨董品の店があること、ガラス細工の店や装飾品の店があることを話した。


「それで、カリンが作った石細工だけどね。ジョニーからスカイスライムを買い取った画商さんが、カリンの色使いのファンになっちゃったらしくて、金貨一枚で買い取ってくれたんだ」

「え!? 本当ですか?」

「うん。でも、石の彫り方は未熟だって言っていたよ。だから、これを預かってきたんだ」


 僕はそう言って、持ってきていた荷物の中から、石を彫るための道具と、画材一式を渡した。


「是非、これで芸術センスを磨いてほしいって。将来は街にある芸術学校に通ってほしいって言ってたよ」

「そんな、私が学校なんて」


 カリンが首を振って言う。

 僕も学校は行きたくないけれど、カリンは事情が違う。


「なんだよ、行けばいいじゃん!」

「お兄ちゃん。学校ってものすごくお金が必要なんだよ! 気楽に行ける場所じゃないの」


 そう、学校に通うにはお金がかかる。

 特待生としてではなく、一般生徒としてのお誘いだからね。


「いますぐ答えは出さなくてもいいよ。僕も何度か王都に行く機会があるし、カリンが頑張って石細工や絵を描いてそれを売ったら、そのお金で学校に通えるかもしれないし」

「……少し考えてみます」

「うん、ゆっくり考えよう。それと、これは僕からのお土産」


 僕はそう言って、ドルンの街で買った花のペンダントを渡す。


「安物だけど、カリンに似合うかなって思って」

「わ、かわいいです! ありがとう、セージさん」

「セージ、俺! 俺には何かないのか!? もしかして、その長いのが俺へのお土産なのか?」

「うん、これがハントへのお土産だよ」


 僕がそう言って渡したのは、リザードマンの剣だ。

 丈夫な骨の剣なので、切れ味は皆無に等しい。

 木の剣と石の剣の間くらいの強度だ。

 男の子のお土産の定番といえば、木刀だから、これで十分だろう。


「リザードマンが持ってた剣だよ」

「すげーっ! これ、俺が貰っていいのか?」

「いいよ。でも、近くに人がいるところで振り回したらダメだからね。もちろん、狭い場所でも禁止」

「わかった!」


 そう言って、ハントが片手で剣を持ち、ぶんぶん振り回す。


「近くに人がいるところで振ったらダメって言ったところだろ!」

「あ、わりぃ!」

「セージさん、ごめんなさい。お兄ちゃんにはちゃんと言って聞かせますので」


 カリンが申し訳なさそうに謝った。

 リザードマンの剣は失敗だったかな。

 ハントはとても喜んでくれたが、カリンの心配事を増やす結果になってしまった。

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