第164話 なんで増えてるんだよ!

 スローディッシュ領に帰ってきた翌日。太陽から差し込む朝日とともに僕は目を覚ます。なんて言っているが、朝日というには太陽は高くなっていた。

 いつもならアメリアが起こしてくれている時間はとっくに過ぎているが、旅の疲れがあるだろうということでゆっくり寝かせてくれたのかもしれない。

 窓から見える中庭では、ラナ姉さんがスミス工房で作った剣を振っていた。

 その構えは一流の達人のようで、もしも剣道着を着ていて道場に立っていたら、一枚の写真に納められて剣道場の門下生募集のポスターに採用されていたかもしれない。


「セージ、起きたの! だったら模擬戦に付き合いなさい!」


 ラナ姉さんが目線を上げて、僕の方を見て言った。

 物音を立てていないはずなのに、視界の端に入っただけで気付いたというのか。

 いや、ラナ姉さんならそのくらいはできるか。 


「嫌だよ! ラナ姉さんは父さんと森に行くんじゃなかったの!?」

「お昼ご飯を食べてからって言われたの。私はお弁当でもよかったのに!」


 と思っていたら、庭にキルケが来て、何やら声をかけた。

 何を話しているのだろうと思っていると、部屋がノックされる。

 入ってきたのはアメリアだった。


「セージ様。少し早いですが、昼食の準備が間もなく終わります」

「え? 僕、朝ごはんもまだ食べていないんだけど」

「旦那様が、朝と昼兼用でいいと仰っておられました」

「ティオが怒らない? せっかく作ってくれたのに」

「朝食をアレンジして昼食に使うそうです。昼食の時間が早いと、スパイスの研究のための食材を採りに行く時間ができると喜んでいました」


 まぁ、今から朝ごはんを食べたらお昼ご飯を食べられそうにないし、昼ご飯が早いとラナ姉さんも早く森に行って、模擬戦に付き合えだなんて言わなくなるから都合がいい。

 文句はない。


「わかった。着替えて食堂に行くよ」

「はい。ゆっくりで構いません。これから奥様を起こしてきますので」

「え? エイラ母さん、まだ寝てるの?」

「はい。昨日、夜遅くまで本を読んでいたようで」


 ゼロの本を買ってきた(本当は貰って来た)僕がいうのもなんだけど、ロジェ父さんがお土産に選んだランプ、藪蛇だったようだ。

 まぁ、徹夜で読んでいるというのなら、明日には読み終わって普通の日常に戻るだろう。


 昼食は、朝食の残りをアレンジしたとは思えないくらい美味しかった。

 エイラ母さんを待たずに食事が始まり、僕たちが食べ終わるころにエイラ母さんが食堂に現れた。

 まだ少し眠そうな顔をしている。どうやら、夜遅くどころか、朝まで本を読んでいたらしい。


「じゃあ、僕とラナは森に行ってくるよ。セージはどうする?」

「僕はハントとカリンのところに行ってくるよ。お金を渡さないといけないし」

「私は隣の村に雨を降らしに行ってくるわ」


 エイラ母さんがそう言ってスープを飲む。

 エイラ母さんは水の魔法を打ち上げて、雨を降らすことができる。

 

「明日じゃダメなのかい? 僕も今日は森の様子を見ておこうと思ったんだけど、予定を変更しようか?」


 ロジェ父さんが優しい言葉を掛ける。その横で、ラナ姉さんがこの世の終わりのような顔をしていたが、エイラ母さんが妊娠していることを知っているので、文句も言えずにいる。


「心配してくれるの? 大丈夫よ。ラナも久しぶりに森に行きたいでしょうし、万が一、盗賊が出ても私一人で返り討ちするくらいできるわ」


 うちの両親は相変わらずアグレッシブだ。

 魔力の流れが変わっても、魔法を使うことそのものには問題ないらしい。

 結局、今日は予定通りに行動することになった。

 ハントの家までは、ロジェ父さんとラナ姉さんと一緒に移動する。

 というのも、村を出る前、僕はハントとカリンから、銀貨20枚ずつを預かった。

 スカイスライムを買ってくれたマッシュ子爵に、お礼をするためだった。

 だが、実際のところ、マッシュ子爵はスカイスライムを転売していて、金貨10枚と金貨10枚以上の美術品二点を得ていた。

 そして、そのことを子供から相場より安い値段で美術品を買い叩いたと、奥さんのピエレッタさんに咎められ、差額の金貨30枚を僕に差し出すことになったのだ。

 今日はそのうち、ハントとカリンの取り分の金貨20枚を渡すことになる。


 途中、ちょうど井戸で水を汲んでいるハントを見つけた。

「ハント!」

「セージ! 王都から帰ってきたのか! 領主様とラナさんもこんにちは」


 ハントが元気に挨拶をするが、一緒にいるはずのカリンがどこにも見当たらない。

 これはどういうことだ?


「カリンはどうしたの?」

「家で母さんの料理を手伝ってるよ」

「二人って別行動できたのっ!?」

「できるに決まってるだろっ!」


 僕が見たハントは常にカリンと一緒だったから、二人一組が基本になっていた。


「ちょうど、ハントのところに用事があったんだ。マ……ジョニーのことで」


 ハントは、マッシュ子爵のことをジョニーという美術品が好きな旅人だと思っている。

 話すとややこしくなるので、その説明はしないことにした。


「おう! お礼を言ってくれたのか?」

「うん。それで、金貨30枚貰ったから、三人で分ける話をしに来たんだ」

「なんで増えてるんだよっ!」


 ハントが気持ちのいいくらい大声でツッコミを入れてきた。

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