第163話 ミスリル包丁

「わかった。持ってくるよ」


 お土産を催促するラナ姉さんにロジェ父さんは言った。

 ロジェ父さんの荷物はロジェ父さんの部屋に持って行ったので、それを取りに向かった。

 戻ってきたとき、ロジェ父さんが持っていたのは一本のナイフだった。

 結構刃渡りが大きい。

 日本で持ち歩いていたら間違いなく銃刀法違反になるやつだ。


「ナイフ?」

「魔物解体用のナイフだよ。ラナもそろそろ森での狩りをしてもいいころだからね」

「本当にっ!?」

「うん。でも、あんまり深くまで行ったらダメだよ。どこまで入っていいかは、今度一緒に狩りにいったときに教えるからね」

「わかった!」


 ラナ姉さん、お土産より狩りの範囲が増えたことに喜んでる気がする。


「エイラにはこれ」


 そう言ってロジェ父さんが渡したのは、本の形をした照明器具だった。魔道具で、光を放つ奴だ。


「あら、魔道具の照明? 高かったんじゃないの?」

「最近、夜遅くまで本を読んでいるだろ? いまのランプだと目に悪いからね」

「ふふっ、ありがとう。嬉しいわ」

「喜んでもらえて嬉しいよ。でも、お腹の子供のためにも、あんまり夜ふかしはしたらダメだよ」

「ええ、わかってるわ」


 エイラ母さんはそう言って試しにランプを付けてみる。

 火のランプより確かに光が強い。

 これは夜ふかしが捗りそうだ。


「僕からのお土産はこれ!」


 エイラ母さんには、ティーカップとポットのセット。これは王都でミントが選んで、僕が買ったものだ。女性が使うものなら、女性に聞くのが一番だからね。

 ラナ姉さんには、剣をつけるのにちょうどいいベルトにした。これはスミス工房で発注したものなので、今の剣にちょうどいい。


「あら、素敵なデザインね。ありがとう、セージ」

「私も気に入ったわ! ベルトも欲しかったけどお金が足りなくて諦めてたの」


 二人ともお気に召したみたいだ。


「あと、アメリアにもこれ」


 後ろに控えていたアメリアには、リンゴの形のブローチを渡した。


「私にも――よろしいのですか?」

「うん、お世話になってるしね」

「ありがとうございます。とてもかわいいですね、今度使わせていただきます」


 村ではこういうものは売られていないので、よほどひどいデザインでなければ価値が高い。

 

「あ、そうだ! 私もアメリアにお土産があるんですよ。セージ様、鞄から私の荷物を出してください!」

「うん」


 僕はマジックポーチから、キルケの荷物を出した。

 そして、キルケは荷物の中から木箱を一つ渡す。


「ガラスのコップです! 見てください、可愛い絵が描かれているんですよ」

「本当ですね。とてもかわいいです」

「しかも、それ、私と御揃い……」


 そう言って、キルケはもう一つの木箱を開けて、固まった。

 そして、無言で箱を閉じた。

 彼女は本当に忘れていたのだろう。

 王都から発つ直前、自分が盛大に転んで何かが割れる音がしたことに。


 キルケが泣き出す前に、僕はティオにお土産を渡しに行くことにした。


  ▽ ▼ ▽ ▼ ▽


「うふ、うふふ、うふふふふふふ」


 ティオが不気味な笑みを浮かべている。

 こんな彼女を見るのは初めてだ。


「そんなに気に入った?」

「もちろんです! むしろ、これが一番です!」

「でも、これ、王都で働いていたときもあったでしょ? 前にティオが働いてたってレストランで食事をしたけど、いっぱい使われていたよ」

「いっぱい使われていたからといって、私が自由に使っていいわけではありませんから」


 僕がティオへのお土産として提供したのは、スパイスだった。

 ただし、異世界通販本で購入したものだ。

 ドルンで買えば金貨三枚くらい必要なスパイス類が、合計約1200ポイントで購入できた。


「そういえば、ミスリルの包丁いただいたんですよね? 見せてもらってもいいですか?」

「うん、いいよ」


 僕はミスリルの包丁を渡す。

 ミスリル包丁って、切れ味がいいから使えるかなって思ったけれど、逆に切れ味が良すぎるんだよね。

 野菜の皮を剥こうだなんて考えたら、まったくつっかえないのでそのまま指を切ってしまいそうなくらい使いにくいので、いまのところ肉の表面の筋切りくらいにしか使っていない。


「おぉ、これが! コック長が長年求めていたという伝説の包丁ですか」

「言っておくけれど、使い勝手悪いよ?」

「使ったんですかっ!?」

「うん。肉の筋を切るのにちょうどいいんだよ。全部切っちゃうとまな板まで切りそうだから、表面だけね……ティオ?」


 あれ? なにかまずかった?

 ティオが、「コイツマジ何言ってんの? 頭大丈夫か?」というような目をしている気がする。

 一応、僕ってティオにとっては、主人の息子で、お父さんの師匠という立場のはずなんだけど。


「セージ様。ミスリル包丁は実際に使うものではなく、料理人にとっての最高勲章といいますか、いや、実際に使えないことはないんですよ? 熱を通さないので、肉を切るときにも肉に熱を伝えずに切ることができるので肉を切るのに向いていますが――それでも、普通は店の目立つところに飾っておくか、厳重に保管しておくものなんです」

「熱を通さないんだ。だから鍋じゃなくて包丁なんだ」

「そこはもうどうでもいいです。とにかく、これを使うなんてとんでもないことです!」

「うん、なんとなくわかった……でも……」


 熱を通さないっていうのなら、もっと研げば刺し身包丁にちょうどいいんじゃないか?

 ミスリルを研ぐ道具があるかどうかはわからないけど、海の魚なら、養殖中だし。


「使ったらダメです!」

「はいっ!」


 ティオがものすごい顔で窘めてきたので、僕は思わず背筋を伸ばして返事をした。

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