第192話 真珠と処罰

「ねぇ、エイラ母さん。真珠ってなんなの? 宝石なのよね?」


 ラナ姉さんはエイラ母さんが首につけているピンクの真珠をまじまじと見つめて尋ねた。真珠が何か知らないらしい。

 でも、無知だと笑うつもりはない。

 宝石すらエイラ母さんが持っている数点しか存在しないこの村では、真珠について知っている人は少ないだろう。


「普通の宝石は土の中に埋まってる鉱石から作られるものだけど、真珠は貝の中に入ってる宝石なの。普通の宝石と違って、長い間使っていると色がくすんできちゃうから、生きている宝石とも言われているわ」

「貝って、あの毒が多いから勝手に食べたらダメだって言ってる貝? その中に宝石があるのっ!? 私、食べられないって思ってたから捕まえてなかったわ!」

「落ち着いて、ラナ姉さん。滅多に見つからないから高いんだよ。それに、真珠は基本、海の貝から採れるものだし」


 もちろん、淡水パールは存在するが、養殖でもない限り簡単に見つからないだろう。

 真珠養殖をするなら淡水の方が育てやすいと思うが、一般的には真珠は海水で育ったアコヤ貝などから採れるものだ。


「滅多に見つからないってどのくらい?」

「そうね。真珠ができやすいって言われている貝の中で、一万個の中に二、三個ってところね」

「そんなに見つからないの!?」


 これは僕も聞いたことがある。

 珍しい話だと、スーパーで売られているホタテの中なんかにも真珠があるそうだ。そっちは確率的に十万個から百万個に一つという、天文学的な割合になるそうだが。

 なので、今売られている真珠は、アコヤ貝などの貝の中に核を埋め込んで成長させて作る養殖真珠がほとんどだ。


「その中でも色のついている真珠はさらに数万個に一個しか出ないの」

「そんなに見つからないのっ!?」

「だから、この世界に出回っている色のついた真珠はほとんど全部ダンジョン産だって言われているわ。百年に一回くらいしか発見されない貴重な品なのよ」

「そんなに見つからないのっ!?」


 ラナ姉さんの反応が全部同じだ。

 まぁ、僕も聞いて驚いた。

 黒真珠やピンクの真珠が珍しいのは知っていたけれど、具体的にどのくらい珍しいかは知らなかったからな。

 そりゃ、真珠を見たときロジェ父さんも考え込むよ。

 鑑定してくれた人も顔色変えてたし。


「そういえば、あの鑑定士、どうなったのかな?」

「あの鑑定士って?」

「毛生え薬の鑑定結果を偽って盗もうとした鑑定士のことかい?」


 ロジェ父さんが思い出したように言う。

 そういえば、エイラ母さんたちには話していなかったっけ。

 僕は王城であったことを話した。


「そんなことがあったの」

「悪い人もいるもんね。私がいたらその場でとっちめてやったのに」


 ラナ姉さんがそう言って拳を構える。王城内で喧嘩なんてしたら、それこそ厳罰が下るからやめてほしい。


「まぁ、それなら良くて死罪ってところね」

「え!?」


 僕は耳を疑った。

 この国には死刑制度は存在する。

 ギロチンはないし、公開処刑というのも聞いたことはないが、しかし重犯罪者は何らかの方法で処刑されているだろう。

 たぶん、日本みたいに何年も牢屋の中で生かされることはない。

 だから、国王陛下を騙したのだから、最悪死罪の可能性はあると思っていたが、最悪ではなくて、最も甘い沙汰が死罪ってこと?


「エイラ、それは――」

「セージは五歳だけど次期領主よ。それに、理解できるわ。王宮の鑑定士が鑑定結果を偽って自分のものにするというのはね、国王陛下からの命令でもない限り、国王陛下を騙して物を盗んでいるのと同じことなの。そんなことをすれば、処刑されるのは当然でしょ?」

「そうかもしれないけど、良くて死刑って……最悪死刑の間違いじゃないの?」

「最悪の場合、一族全員処刑よ。個人だけの処罰で済むのは幸運ってこと。楽に死ねるのなら尚幸運ね」


 怖っ!

 いや、でも日本でも親族揃って処刑って普通にあったそうだし、国を纏めるためには、厳しい刑罰も必要になるのだろう。

 もしかしたら、刑は既に執行されていて、ロジェ父さんはどうなったか知っているのかもしれないが、僕は怖くてそれ以上は聞けなかった。

 ラナ姉さんも、隣で黙っていろいろと考えてしまっていた。

 さっき、殴ってやるって言ってたけど、処刑されると言われたらやっぱり思うところがあるのだろう。


「ごめん、僕が余計なことを言ったせいで、せっかくのエイラ母さんの誕生日が変な空気になっちゃったね」

「そんなことないわ。これは母親としていつか話しておきたかったことだもの。それに、ラナのミルクシャーベットにセージの真珠のネックレス、ロジェの花束。全部とても嬉しかったわ。本当にありがとう」


 エイラ母さんはそう言って優しく微笑む。

 三人へのお礼の言葉に差はない。

 エイラ母さんにとって一番のプレゼントは、物ではなく僕たち三人の気持ちだったのかもしれない。

 こうして、エイラ母さんの誕生日は平和に終わり――


「ところで、エイラ母さんって何歳になったの?」


 を迎えることなく、ラナ姉さんが余計なことを言ったせいで、その場が凍り付いた。

 エイラ母さんに対して、年齢を聞くのは禁忌タブーらしい。

 まだ二十歳代だと思うけれど、実際どうなんだろう?

 いや、年齢について考えないのが一番だ。


 一応エイラ母さんが言うには、「まだ二十代」らしい。

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