第191話 エイラ母さんの誕生日
今日、九月一日から秋が始まる。
といっても、秋になったからといっていきなり何かが変わるということはない。
所詮は人間が勝手に決めた暦の話だ。
この辺りはそれほど暑い土地ではないが、それでも秋と呼ぶにはいささか暑い。
既に夏の間に小麦の収穫は終わり、蕎麦は小さな白い花を落としたが、まだ青々と実っており、蕎麦の実も小さい。それでも、この蕎麦畑に入ると、僅かに蕎麦の実の香りが漂って来る。
あと一週間もすれば収穫時期になるだろう。
この新緑の蕎麦のカーテンが、黄金色に染まる日も近い。
ただ、それでも秋を祝いたいという気持ちはあり、それに応えるかのように、ロジェ父さんが一つの提案をしていた。
ジャガイモの収穫である。
ジャガイモの茎が黄色く枯れているものだけであるが、村では既に収穫が始まっており、現在は太陽の下で一日がかりで乾燥させている。
ジャガイモは重さでLL、L、M、Sの四種類に分類し、Sサイズ以下は片栗粉等への加工用。Mサイズ以上のものは種芋に使ってよく、Lサイズ以上のみ出荷してもよいという規則を作った。
今後、ジャガイモが他の土地で栽培されるようになったとき、「スローディッシュ男爵領のジャガイモは他の村に比べて大きい。やっぱりジャガイモといったらスローディッシュ男爵領のジャガイモだ!」と言われるようにである。
当然、我が家で家庭菜園として育てていたジャガイモも収穫している。
そして、一部のSサイズのジャガイモは既に村人たちによって、フライドポテトに加工されて食べられていた。
収穫した直後のジャガイモは香りが高く、味も濃厚で美味しいと村人たちからは評判になっている。
タイタンはフライドポテトを作った後、早速、片栗粉に加工したいと言っていたが、片栗粉にするには今日半日乾燥させた(じゃがいもは日光に当てすぎると緑化が進んでしまうが、半日ほどなら緑化は起こらず、ここでしっかり乾燥させることにより保存性が高くなる)後、冷暗所で一カ月くらい保管したほうがでんぷん質が熟成して美味しくなると伝えて我慢してもらった。
そして――
「エイラ母さん、誕生日おめでとう!」
ラナ姉さんの号令で、エイラ母さんの誕生日パーティが始まった。
パーティと言っても、家族だけの些細なものだ。
来年からは、子爵夫人の誕生日ということで、貴族の慣例で他の領地の貴族を招待しないといけないかもしれないとロジェ父さんが言ったところ、「なんで自分の誕生日にそんな面倒なことをしないといけないのよ」と文句を言っていた。
採用された騎士や内政官、僕の部下の騎士見習いたちも昼間は挨拶に訪れていたが、夜の食事には同席していない。
食事はエイラ母さんの好きな食事をメインに、ロジェ父さんの好きなトンカツ、ラナ姉さんの好きなポテトサラダも用意。
デザートは――
「エイラ母さん、これ、私が作ったの。誕生日プレゼント!」
ラナ姉さん手作りのミルクシャーベットだ。
今回はブラックベリーで作ったジャムを添えている。
「ありがとう、ラナ。とても嬉しいわ」
「えへへ」
ラナ姉さんが嬉しそうに笑う。
エイラ母さんに喜んでもらおうと、森で一生懸命ブラックベリーを集めていたのを知っているから、それが報われたことは僕も嬉しく思う。
「これは僕から。セージの前にプレゼントしておきたいからね」
ロジェ父さんがそう言って渡したのは花束だった。
秋に咲く色とりどりの花が束になっている。
花屋は王都をはじめ大きな店では一般的だが、スローディッシュ村にはない。
花を飾りたいと思ったら、みんな川辺や草原で自分で摘んでくるからだ。
だから、この花もロジェ父さんが自分で摘んできたのだろう。
「私の好きな花ばかりね。いい香り。ところで、セージより先に渡しておきたかったってどういうこと?」
「セージの渡すものには勝てる気がしないからね」
「もしかして、ゼロ様の新しい本かしらっ!?」
「違うよ」
僕が否定すると、エイラ母さんが凄くガッカリした表情を見せる。
いいプレゼントを用意したはずなのに、失敗した気分だ。
「いらないなら別の人にあげるけど」
「いらないとは言ってないわ。いったい、何をくれるの?」
「これだよ」
僕はそう言って、木の箱を渡す。
エイラ母さんはそれを受け取り、中を見た。
そして、一瞬表情が固まる。
「これ……もしかして真珠のネックレス……よね? しかも、ピンク色で粒が揃っているものなんて普通手に入らないわよ。一体、どうやって手に入れたの?」
「ダンジョンの隠し部屋で見つけたんだよ。黒とピンクの真珠のネックレスで、黒い真珠のネックレスはミントからイザベラ様に。このピンクの真珠は僕からエイラ母さんへのプレゼントにすることにしたんだ」
「セージには隠し通路を見つけるスキルが、ミント嬢には宝箱の気配がわかるスキルがあるからね。普通なら見落とすような宝箱だったんだけど、二人のお陰で手に入ったんだよ」
それを言うのなら、宝箱に仕掛けられていた罠を一瞬で無効化するロジェ父さんも凄かったんだけどね。
エイラ母さんはネックレスを早速付けてみる。
「私にはちょっと派手かしら?」
「そんなことないよ、エイラ。君の美しさをさらに引き出させていて、とても似合ってる」
「まぁ、ロジェったら」
ロジェ父さんが臆面もなくエイラ母さんを褒め、エイラ母さんはそれを聞いて照れる。
僕からのプレゼントのはずなのに、まるでロジェ父さんがプレゼントしたみたいだ。
もしかして、一番のプレゼントは、ミルクシャーベットでも花束でも真珠でもなく、ロジェ父さんの言葉なのかもしれない。
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本日、累計8個目のギフトいただきました
ありがとうございます
これからも連載頑張ります
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