if もしもミントが婚約破棄される系の令嬢だったら(後編)
一応、中に入れてもらいました。
とてもいろんな書物が積み上げられていて、しかも部屋の真ん中では崩れた本で占拠されています。
さっきの大きな音は、この本が崩れた音だったのでしょう。
「すみません。やっぱりこんな汚い部屋に女性を招き入れるものではありませんね。近くのカフェにでも移動しませんか?」
「いいえ、ここでいいです。それに汚いだなんて思いませんよ。本の上に埃が全然溜まっていません。きっと、普段から何度も使っているからここに置いているのでしょう。ですが、本を傷めないためにも、本棚を買った方がいいと思います。本は貴重なものですから」
「あぁ……すみません、本棚はその本の奥にあるんですが、入りきらなくて」
「あ、そうだったんですか。申し訳ありません」
まさか、本の山の中に本棚が埋まっているとは思いもしませんでした。
アレクセイ先生に失礼なことを言ってしまったかもしれません。
「とりあえず、そのあたりに座って――ってごめん!」
アレクセイ先生は床の本をどけると、本の山の中からソファが現れます。
どうやら、この部屋の家具は、大量の書類や本に占拠されているみたいですね。
私はソファに座りました。
「それで、魔導計算機を作りたいとのことだったけれど――」
「はい。まずはこれを見てください」
私はそう言って、持ってきていた荷物から魔道具を取り出します。
普通に持ち運ぶのは重いので、マジックポーチを使って運びました。
「マジックポーチ……凄い物を持ってるね。ところで、これは?」
「試作品の計算機です」
私はそう言って、魔道具を動作します。
これは、回転する魔道具を使って数字のついたリールを回転させる魔道具なのです。
「と、このようにして動かします」
私はそう言って、この計算機の説明をしました。
「え? これ、もう完成してるんじゃない?」
「それがですね。99+1のように桁が二つ同時に上がる計算をしたらエラーが発生してしまうんです」
「なるほど、特定の桁数しかできないのか……しかし、凄い魔道具だな」
「あ、いえ。これは魔道具じゃありませんよ? ゼンマイを使った機械道具です」
「え? ゼンマイって、機械とかに使われているあれ?」
「はい」
「君は魔道具の技師だって聞いたんだけど」
「はい。ですので、まずはこの機械式の計算機を完成させて、これを魔力を使って、より正確に、早く、そして軽くしたいんです」
私がそう言うと、アレクセイ先生は何やら頭を抱えました。
~アレクセイ視点~
僕の名前はアレクセイ。
十五歳で、数学者の卵だ。
といっても、卵から孵化する日が来ないかもしれない。
数学者というのは儲からない。
僕はある貴族家の長男で、親からの仕送りでなんとか研究する時間を得られているけれど、それもそろそろ危うくなってきている。
親からはお金にならない研究を続けるくらいなら、結婚でもして領地を継げと言われている。
魔法の才能がないからと半ば追放という形で放任してくれたのに、弟がバカ過ぎて、やっぱり僕に領地を継いでほしいということらしい。
いまさら領地を継いでくれなんて言われてももう遅いというのに。
だが、この手紙は事実上、資金援助の打ち切りに等しい。
となったら、パトロンを見つけないといけないのだが、それが面倒だ。
まず、数学というのは、一つの定理を発見したからといってそれがそのままお金に結びつくわけではない。
なので、成果を報告しても、「これが何になる?」と言われるのが関の山。そんなことになったらパトロンの継続は難しい。
そんなある日、僕のところに師匠ともいえる先生から話が来た。
なんでも、王立魔法学院の生徒が自動で計算をする魔道具を作りたいから協力者を捜している。僕にその協力者になったらどうだ?
と言ってきたのだ。
自動で計算をしてくれる魔道具作りの話は、これまで何度もあった。
でも、それが成功したという話は聞いたことがない。
それに、僕は魔道具については門外漢。術式を読むことすらできない。
そう言ったのだが、先生は研究に協力することを条件にお金を引き出せばいいと言われた。
できもしないことに協力してお金を得るなんて面倒なことこの上ないのだが、僕は話だけでも聞くことにした。
そして、その生徒がやって来る日になった。
扉がノックされる。
最初は小さくて聞こえなかったが、二回目のノックで気付き、慌てて出た。
途中、本を崩してしまい、危うく下敷きになるところだった。
扉を開けると、そこにいたのは僕と同い年くらいの少女だった。
「え?」
先生からは、最近いろいろなものを開発して、結構な大金を稼いでいる貴族としか聞いていなかったので、てっきり男だと思っていた。
部屋を間違えたのだろうか?
「失礼します。アレクセイ先生の部屋で間違いないでしょうか?」
「は……い。私がアレクセイですが」
先生と呼ばれたのは初めてだ。
「あなたが先生でしたか。初めまして、私、ミント・メディスと申します。今日はアレクセイ先生に魔道計算機の作成のお手伝いをしてもらうために伺いました」
どうやら彼女で合っていたらしい。
彼女は僕の散らかった部屋に対して特に嫌がる表情も見せないでくれた。
メディス……あぁ、メディス伯爵家に、遠縁で元平民の少女が養女になったと聞いたことがある。
僕には関係のない話だったのですっかり忘れていたが、彼女がそうなのか。
元平民だから、僕の部屋でも平気なのだろうか?
でも、可愛らしい少女だ。
少し話をすると、彼女は鞄の中から大きな魔道具を取り出した。
試作品らしい。
驚いた。
てっきり、中身とか仕組みを僕に考えさせて、彼女の役割はそれを魔法で動かすことだと思っていた。
まさか、既に試作品を作っているだなんて。
彼女は試しにと、計算機を動かしてみせた。
複雑な五桁の足し算。
時間はかかったが、正解している。
「え? これ、もう完成してるんじゃない?」
いったい、彼女は何をしにここに来たんだ?
まさか、計算機の自慢をするために、こんな部屋に来たんじゃないだろうな?
「それがですね。99+1のように桁が二つ同時に上がる計算をしたらエラーが発生してしまうんです」
「なるほど、特定の桁数しかできないのか……」
仕組みを聞いて、納得する。
「しかし、凄い魔道具だな」
「あ、いえ。これは魔道具じゃありませんよ? ゼンマイを使った機械道具です」
「え? ゼンマイって、機械とかに使われているあれ?」
「はい」
「君は魔道具の技師だって聞いたんだけど」
「はい。ですので、まずはこの機械式の計算機を完成させて、これを魔力を使って、より正確に、早く、そして軽くしたいんです」
僕は頭を抱えた。
魔道具作りなのに、魔力を使わない機械を作ってきたっていうのか?
そして、その仕組みを僕と考えたい?
こんな少女が、こんな道具を考えたっていうのか。
「わかった。協力するよ。そうだね、まずは――」
と僕は、彼女と一緒に改良案を出すことにした。
お金の話は一切していない。
パトロンになってくれとも、資金を援助してくれとも言わない。
今のこの一秒でも研究に専念したい。
これから続く一秒一秒を彼女に協力するために使いたい。
僕はそう思った。
そして――
「これで桁上がりの問題は解決すると思う。かなり複雑になったが」
「あとは、これをいかにコンパクトにするかですね。構造が複雑だと、術式も複雑になり、魔道具にするときに必要な魔石も大きくなってしまいますので」
設計図が完成したというのに、彼女はさらに先を見据えて言う。
本当に凄い少女だ。
「これ、君が一人で作ってるの? 研究室で他の生徒に手伝ってもらったりは?」
「いえ、私、研究室を追い出されたばかりなので」
「え? どういうこと?」
「よくわからない話なのですが、私は婚約者候補失格ということで追放されたのです」
なんてことだ。
話に出てきた、勘違いな公爵家の次男、ダセーノがそんなにバカだったとは。
そりゃ、両親も僕に領地を継いでほしいと言って来る。
そう、僕の名前はアレクセイ・バッカス。
ダセーノより一つ年上の兄だ。
「ミントさん。聞いてほしい」
僕は彼女に謝罪した。
自分がダセーノの兄であること。
僕が家に戻らないせいでダセーノが調子に乗っていること。
そのせいで迷惑をかけたこと。
全てを話した。
「……そうだったのですか。でも、私は気にしていませんので」
「そうはいっても、僕は兄としてけじめをつけないといけない」
「いえ、本当に気にしていませんから。私、婚約者がいますし。ダセーノ様の勘違いですから」
……え?
いまのは聞き間違いかな?
「ミントさん、婚約者いるの?」
「はい」
「その婚約者とは仲がいいの?」
「……はい。毎月手紙のやり取りをして、とても素敵な婚約者で、この計算機を考えたのも、その婚約者でして。あ、この計算機の名前、パスカルの計算機っていうんですよ? セージ様――あ、私の婚約者の名前なんですけど、とにかくセージ様は素敵な方でして」
とそれからずっと惚気が続く。
そこで、僕は気付いた。
そうか、僕、彼女に恋をしていて、自覚する前に失恋したのか。
とりあえず、とっとと公爵家に戻って、こんなややこしい事態を作った弟を僻地に飛ばそう。
うん、そうしよう。
僕はそう決意した。
「というわけで、セージ様は凄いんです!」
―――――――――――――――――――――――――
結論:ミントは婚約者好き過ぎて、婚約破棄もの書けない。セージに婚約破棄されたら大変なことになる。
ちなみに、セージは最初からパスカルの計算機の仕組みをしっていたわけじゃなく、
異世界通販で本を買って調べて、ミントに「こんなの作ったらどう?」と軽く提案している感じです。
次回から通常に戻ります。
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