第168話 五階層でお買い物

 修行空間五階層はゲーマーの心を揺さぶった。


「宝箱発見!」


 宝箱に入っているのは、一番価値があるものだと魔石。価値のないものだと犬の骨。あと、空っぽというのも少なくない。

 罠のある宝箱はいまのところないので、五階層には罠のある宝箱はないのだろう。

 今回、入っていたのは500ゴールドだった。100ゴールド硬貨が五枚入っている。

 ゴールドもかなりたまった。

 そして、このゴールド、とても面白い。

 10ゴールド硬貨を10枚揃えて袋に入れると、勝手に100ゴールド硬貨に変わっている。

 そう、自動両替機能があるのだ。

 お金をマジックポーチの中に入れてさらに進むと、大きなスライムが通路を塞いでいた。

 ビッグスライムだ。

 一階層のビッグスライムより少し強い分、経験値も大きい。


「最初にこいつを見たときは苦労させられたが――風の刃!」


 風魔法がビッグスライムを核ごと切り裂く。

 ビッグスライムはドロドロに溶けてしまった。

 このままだと通れないので、マジックポーチに収納しないとな。


「セージ! ダンジョンって楽しいね」


 アウラが蔦を使ってビッグスライムをマジックポーチの中に押し込みながら言う。

 一緒に落ちていた200ゴールドも収納。


「そうだね。いろんなものが手に入るよ。あ、この先に雑貨屋があるみたいだ」

「雑貨屋! 行きたい!」


 五階層で、アウラは買い物の楽しみを覚えた。

 お金は1万ゴールド以上あるから、結構いろんなものが買える。

 扉を開けると、色々な物が置かれていた。

 食材、アクセサリー、服、武器、魔石に宝石等、それに――


「いらっしゃいませ、ようこそフラスコの雑貨屋へ」


 お姉さんの姿をしているホムンクルスが声を掛ける。


「先日セージ様が希望なさったお菓子が入荷しています」


 と店には、焼き菓子が並んでいた。値段は10ゴールドから20ゴールドくらいだ。

 この雑貨屋には、アンケートシステムというものがあり、買い物をしたときに、時々、「お父さんが新しい商品について悩んでいるんです。お客さん、どんな商品がいいと思いますか?」と聞いてくることがある。

 そこで、僕が「〇〇が欲しい」というと、ときどき、その商品が入荷されることがある。

 ただし、大雑把な感じだ。

 今回も、「駄菓子とか欲しい」って言ったのに、並んでいるのは「焼き菓子」だったりする。

 また、日本のものを注文しても並んだことはない。

 異世界通販本と違い、日本のものは取り扱わないのだろう。

 ちなみに、彼女の「お父さん」というのは店主らしいのだが、僕は一度もその人の姿を見たことがない。


「セージ、いくらまで使っていい?」

「じゃあ、1000ゴールドまでにしよっか」

「うん!」


 服は安い物で50ゴールド、高いものだと数十万ゴールドする。

 装備品と違って、防御力があるわけではないが、特別な効果のある服もあるらしい。

 効果については店員に聞けば教えてもらえる。


「お姉さん、この焼き菓子って、特別な効果はある?」

「そちらの焼き菓子は、小麦粉と卵と牛乳と砂糖で作ったお菓子です。特に特別な効果はありません」


 という具合だ。

 また、持ち込んだものの鑑定も5ゴールド払ったらしてもらえるのだが、零階層に戻ったらゼロが鑑定してくれるので試しに一度利用したきり、それ以降の利用はない。

 ちなみに、セキュリティを見る限り、万引き、強盗、その他いろいろできそうな気がするが、絶対にしない。

 そこはアウラにも強く言っている。

 食べ物は買ったものしか食べない。

 壊してしまったら謝罪してお金を払う。

 壊れそう、破れそうな高級品には絶対に触らない、近付かない。

 これは大切だ。


 倫理的な問題はもちろんだが、ダンジョンのお店で泥棒なんて、ゲーマーからしたら死亡フラグでしかない。

 それでも挑戦したいと思うのは、死んでも生き返るゲームの中だけの話だ。


「お姉さん、買い取りをお願いしたいんだけど」

「はい、では商品をこちらに置いてください。大きい物でしたら、カウンターの奥に置いてもらっても構いませんよ」

「うん」


 僕はマジックポーチを逆さにして、手を突っ込み、中に入っていた巨大スライムの死骸を取り出す。

 お姉さんは別に驚く様子を見せず、


「ビッグスライムですね。300ゴールドになります」


 とあっという間に査定してもらえた。


「うん、それでお願い」

「ありがとうございます」


 彼女がそう言うと、どこからともなく300ゴールドが目の前に現れ、ビッグスライムが消え去った。

 彼女が買い取ったビッグスライムを何に使うのかは定かではない。

 ここでは五階層で見つかったもの限定で買い取りしてもらえるサービスがある。

 そのため、使い道のない魔物の死骸も持って来ればお金になるのだ。


「セージ、決まったよ!」


 アウラが買うことにしたのは、石鹸と猫のぬいぐるみと麦わら帽子と焼き菓子だった。


「石鹸だったら、日用品として僕が払うから、その分別のもの買っていいよ」

「ううん、ハイエルフのみんなへのお土産だからアウラが払うよ」

「そっか、お土産か。きっと喜ぶよ」


 今日、王都からのハンカチをお土産としてアウラにプレゼントしたから、それで覚えたのだろう。

 それにしても、ダンジョンでこんなにゆっくり買い物するなんてなぁ。

 こんなダンジョン探索でいいのだろうか?


 と思ったけれど、アウラが楽しそうにしているので、こういう時間も大切だと思い直し、僕も焼き菓子を買うことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る