第169話 バズの受難

 リバーシを使って、ハントとカリンが遊んでいる。

 既に、僕はハントとカリンの二人とは対戦済みで、どちら相手にも危なげなく勝利を収めることができた。

 やっぱり、うちの両親が異常なだけで、初めて対戦する相手には負けたりはしない。

 そして、いまはハントとカリンの対戦中なのだが、いつの間にか人だかりができていた。


「あぁ、なんでそこに置くかな。一つしか取れないだろう」

「いや、先を見据えると悪くないと思うな」

「最初から角に置いたらいいんじゃねぇか?」


 自分の考えを言う人。

 プレイヤーの考えを推測する人。

 ルールを理解していない人。

 他にも黙って見ている人や、どっちが勝つか賭けを始める人までいろいろいる。


「あぁ、うるせー! 集中できないじゃないか」

「次、お兄ちゃんの番だよ」

「わかってるよ。あぁ、えっと、ここに置いたら、斜めもひっくり返るから」


 ハントは必死になって考えている。

 コマの数だけなら、ハントがまだ勝っているけれど、盤面はカリンが圧倒的に有利だ。

 ここからハントが勝つのは難しいだろう。


「秒読み開始するよ。5、4、3……」

「セージ、急に言うな! ココだ!」

「じゃあ、私はこっちね」

「はぁぁぁぁ! 俺の黒がっ!」


 一気に十枚以上の黒が茶色に変わった。

 勝負あったな。


「セージ様、お久しぶりっす!」


 バズがやってきた。

 なんだかんだ言って、一カ月以上合っていなかった。


「みんな集まってなにやってるっすか?」

「リバーシだよ。簡単なゲームなんだ」

「へぇ、面白そうっすね」


 ……あれ?

 てっきり、バズのことだから「セージ様、凄い物開発したっすね! 是非うちで扱わせてほしいっす!」とでも言って来るのかと思ったんだけど。


「バズ、何かあったの?」

「なにもないっすよ」

「いやいや、なんでもないことはないでしょ。よく見ると、目の下の隈も酷いし。寝てないんじゃない?」


 このままだといつ倒れてもおかしくない。

 と思ったら、急にバズの身体が傾いた。

 倒れる――っ!

 と思った瞬間、見たこともない大男がバズを支えた。


「まったく、だから休んでからにしろって言ったのに」

「えっと、バズの知り合いですか?」

「ああ。すまない、休ませる場所を用意してもらえると助かるんだが」

「うん、僕の家に案内するよ。ついてきて」


 僕はそう言って、ハントとカリンに一言入れて、二人を屋敷に案内した。


「はい、お水飲んで」

「申し訳ないっす。あぁ、冷たいっすね」


 氷結魔法で冷やした水を飲んで笑っているが、その目は笑っていない。むしろ死んでいる。


「キルケ! ロジェ父さんとエイラ母さんは?」

「旦那様は奥様と一緒に、昨日とは別の村に雨を降らせに行っています。夕方には戻ると思います。ラナ様は――」

「ラナ姉さんはいいから、客間のベッドって使える? バズを眠らせないと」

「そんな、お客様の部屋で寝るなんて失礼――」

「いいから寝てて。そんな顔でロジェ父さんの前に出る方が失礼だよ」


 僕がそう言うと、バズは折れた。

 キルケと客室に行く。

 そして、僕は改めて大男に向かい合った。


「すみません、お構いもできずに。僕はロジェ・スローディッシュ男爵の息子、セージ・スローディッシュと申します」

「ああ、バズから話は聞いている。俺の名前はドズっていう。バズの護衛をしている。それと、バズの弟だ」

「……え? 弟?」

「似ていないとはよく言われる」


 似ている似ていないの問題よりも、バズより年下と言われたことの方が吃驚だ。

 バズはまだニ十代前半だったはず。ていうことは、ドズは……何歳だ?


「あぁ、俺は二十歳だ」


 ドズは僕の心を読んだかのように答えた。

 二十歳っ!?

 平成の日本では成人式に参加するような年齢だとっ!?


「二十歳に見えないともよく言われる」

「ごめんなさい。ところで、バズは何があったの? あ、言えないことなら別にいいんだけどね」


 僕が尋ねると、ドズは少し考える素振りを見せた後、口を開く。


「厄介な商会を敵に回した。具体的に言うと、その商会の息のかかっている店に商品を卸せなくなった。王都でも五本の指に入る商会だからな」

「え? それって大変なことじゃないのっ!? って、大変だからバズがあの調子なのか」


 五本の指に入る商会のうちの一つを敵に回しても問題ないと思うかもしれないが、そうではない。

 特定の商会に加入している行商人ではなく、バズのようなフリーの行商人にとって一番大事なのは販路である。

 とにかく、様々な商会や領地を廻って、商品を仕入れ、卸す。その仕事の中には、商会と商会の橋渡しのような仕事もある。

 大手の商会との取引できなくなるのなら、その商会に関連する全ての販路が失われるということだ。

 そして、販路を失えば、さらにそれに付随する販路まで失われていく。

 その損害は計り知れない。


「いったい、なんでそんなことに」


 尋ねながら、僕は考える。

 可能性としては嫉妬かな?

 バズはスカイスライムで莫大な利益を上げつつあった。

 それだけでなく、マッシュ子爵、ウラノ男爵との間でのスライム関連の取り引きにおいて、これからさらに儲けが出るだろう。

 バズを潰せば、その取引を横取りできるかもしれないと思ったのかもしれない。

 そう思ったのだが、ドズからの返事は違った。


「この領地に対する嫌がらせだな」


 うちに対する嫌がらせ?



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