第170話 アウラの逆鱗

「どういうこと? うちへの嫌がらせ?」

「ああ、すまん。忘れてくれ。子供に話すようなことじゃないな」


 ドズはそう言って口を閉ざす。

 そこまで言われたら気になるんだけど。

 でも、うちって嫌われていたっけ?

 新参者の貴族が子爵になるなんて調子に乗るなよってところ?

 いや、ひとりいたな。

 ロジェ父さんに関わって、ロジェ父さんを嫌う可能性のある人が。

 僕が「モリヤク男爵」と呟くと、ドズが少し反応した。

 当たらずとも遠からず、と言った感じかな?


「でも普通、商会も男爵より、子爵になるロジェ父さんを優先するだろうから、モリヤク男爵の寄り親かな? えっと、確かモリヤク男爵はムラヤク侯爵の分家筋に当たるんだっけ? ってことはそっち方面かな? 配置転換に不満があるけど、陛下に表立って反論できないから、きっかけを作ったロジェ父さんに対して嫌がらせ?」

「……はぁ。なるほど、バズが気に掛けるだけのことはあるということか。あのラナの弟とは思えないな」


 ドズはラナ姉さんによく剣術の打ち合いをさせられているらしく、その弟の僕が賢いとはあまり信じられなかったらしい。

 ラナ姉さん、僕の知らないところでそんな交友関係があったのか。

 僕は最近まで村に行くこともなかったが、ラナ姉さんは自由に村や周辺の草原に遊びに行っていた。

 まぁ、ドズも毎回バズと一緒に村に来ていたのなら、接点の一つや二つはあったのだろう。



「俺もバズからのまた聞きだし、なによりバズの推測も入っているから正確じゃないかもしれないが、いいか?」

「うん」

「ムラヤク侯爵は亜人排斥派の筆頭貴族だ。エルフの村なんて焼き払ってしまえばいい! っていうような貴族だな。モリヤク男爵はそのムラヤク侯爵の派閥の中でももっとも過激な思想の貴族で、村を焼くなんて生ぬるい! 森ごと焼き払ってしまえばいいのだ! というような感じの貴族だ」

「酷いね」

「そうだな。そして、ムラヤク侯爵は、新しくエルフの森の窓口になるこのスローディッシュ領を、自らの派閥に取り込みたいと思っている」

「嫌がらせしているのに派閥に取り込みたいの? あ、そうか。うちのような辺境の村にとって、行商人が全く来ないのは死活問題になるから、バズを潰した後、自分の息のかかった商会――バズに嫌がらせをしているところの行商人をうちに派遣して、恩を売るつもりなんだ。なんてマッチポンプ!」


 少し調べたらわかる。というか、既にわかっていることなのに。

 いや、知られてもいいのか。

 行商人と取引をするもしないも、商会の自由。バズと取引をしない理由なんてなんとでも言い訳できる。

 うちとしては、罠だとわかっていても、その商会の息のかかった行商人と取引する必要が出てくる。


「しかも、厄介なことに、同じことが周辺の領地を行き来する行商人にも行われている。ほとんどは懐柔されたがな」

「そんなことになったら、うちの領地、周辺の領地から突き上げを食らうね」

「それが目的だろう」


 バズは懐柔を断ったのか。

 きっと、かなりいい条件の取引があったのだろうに。

 結構義理堅いところがあるんだな。

 それにしても、子爵になったら、周辺の領地を纏める立場になるというのに。

 はぁ、これだから領地が大きくなるのも子爵になるのも嫌だったんだ。


 陛下に直訴して、陞爵の取りやめを……って今更無理だよね。




 その日の夕方、ロジェ父さんとエイラ母さんが帰って来てから、目を覚ましたバズとドズ、そしてロジェ父さんとエイラ母さんの四人で話し合いが行われていた。

 僕とラナ姉さんは、子供が首を突っ込む話じゃないからと居間から追い出された。

 ただ、自分の部屋まで戻ることもできず、僕とラナ姉さんは廊下に並んで壁にもたれかかっていた。

 話し合いは中々終わらず、とっくに夕食の時間も過ぎてしまった。

 アメリアが僕たちだけでも先に夕食を食べるかと尋ねてくれたけれど、僕たちはそれを断り、二人で話し合いが終わるのを待つこととした。


「セージ。私、何も知らなかったんだけど、子爵になるって大変なのね。私、知り合いがあんなに苦しんでるのに、何もしてあげられないのって初めてなの」

「ラナ姉さん……」


 そういえば、ここまで深刻な問題は初めてかもしれない。

 村を棄てて出て行った人はいたそうだけど、僕にとっても、ラナ姉さんにとっても、知り合いですらなかった。


「バズがいなくなったら、うちの村も大変なことになるね」

「バズが行商人をやめて村に来なくなったら、第二回スカイスライム大会とか開けないのよね」

「え? そこ?」

「確かにそこじゃないわね。注文したものを買ってきてもらえないのも辛いし、ドズと手合わせもできなくなるし……」


 ラナ姉さんがため息をついて漏らす。


「やっぱり無理だ。私にはわからない。でも、やっぱり嫌よね」

「うん。まぁ、あのお調子者がずっと落ち込んだままだと、こっちも調子狂うよね」


 このままロジェ父さんに任せていても、解決するかどうかはわからない。

 なら、あっちでも相談するか。


   ▽ ▼ ▽ ▼ ▽


「ということなんだけど、どう思う?」


 僕は修行空間でみんなに意見を求めた。

 すぐさま、リアーナが怒って言う。


「許せません! 焼き畑農業をするためならまだしも、嫌がらせのためにエルフの森や村を焼くだなんて!」

「焼き畑農業ならいいの?」

「はい! それは私たちもやっていましたから」

「やってたのっ!?」


 エルフにとって、森は神聖なもので、とても大切なものだと思っていたんだけど。

 でも、リアーナたちからしたら、森の木の実だけで何百人のエルフの食事を賄えるはずがないから、畑を作るのは当然の話。

 畑を作るにはある程度の面積と日当たりが必要になるから、一定の範囲の森を焼いて肥料にして畑を作ることになる。

 何の不思議もない――とのこと。

 言われたら納得だ。

 普通の人間なら狩りでしとめた獲物の肉を食べるけれど、エルフだと必要に迫られない限り肉は食べないのだから、余計に畑が必要になってくるだろう。

 と思ったらアウラが立ち上がる。


「……森を焼いたらダメ」


 アウラ、そんな低い声を出すことができたのか、というくらいに低い声でハイエルフ三人を窘める。

 アウラにとって、森を焼くという行為は逆鱗に触れるのと同じこと、絶対に許されない行為だったらしい。

 これまで感じたことのない、アウラの怒気を感じ、


「「「ごめんなさい。もうしません」」」

 

 ハイエルフ三人は、久しぶりに土下座をして謝罪した。


「それで、何かいい案がある?」

「戦争しかないですね!」

「暗殺しましょう」

「神の裁きを」

「却下で!」


 ハイエルフが物騒過ぎる。


 亜人への排斥運動って、もしかして、このハイエルフの気質がエルフに引き継がれた結果じゃないだろうか?


「森を焼く人は何をしてもいいと思う」


 今日のアウラも怖い。

 こうなったら、ゼロだけが頼りだ。


「現実的な案としましては――」


 とゼロはそう前置きした上で、僕に案を出してくれた。

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