if もしもミントが婚約破棄される系の令嬢だったら(前編)

この物語は10年後のif小説です。

―――――――――――――――――――――――――

「ミント・メディス! 君は僕の婚約者候補にふさわしくない! いますぐこの研究室を去るのだ」


 それは突然のことでした。

 私、ミント・メディス(今年で十五歳になりました)がいつも通り、王立魔法学院の研究室で魔道具の研究に勤しんでいると、ダセーノ様そう言ってきたのです。

 意味がわかりませんでした。

 彼はバッカス公爵家の次男で、「俺は兄貴より優秀だから、次期公爵になるのは間違いないわけよ」とよく仰っているお方です。ちなみに、学院での成績は下から数えた方が早い位置にいらっしゃいます。

 金色の髪の間に見える耳からは、大きな耳飾りが見えて、「あんな大きなものを耳からぶら下げて痛くないのでしょうか?」といつも不思議に思っていましたが、今日彼が仰ったことは、さらに謎に満ちていました。


「あの、ダセーノ様。何を仰っているのかよくわかりません」

「君が聞こえなかったことにしたいのも無理はない。確かに君はかわいく、そして優秀だ。だが、僕の話を全く聞こうとせず、ただひたすら本を読みながら術式を書いている君には、僕の婚約者候補の資格がないのだ」


 まったく意味が分かりません。

 ただ、意味がわかっていなかったのは、私だけのようです。

 ダセーノ様の周囲にいる令嬢たちは、彼の言葉を聞いて同意するように頷いていました。


「そうよそうよ。ダセーノ様がせっかく声をかけてくださっているのに無視しちゃって。学院長の孫娘といっても、元平民のくせに」

「どうせ、王都で流行りの恋愛小説に登場する『おもしれーおんな』を演出したかったのでしょうけど、あれは物語の中だから成立するのよ」

「あなたみたいな人がいると迷惑なの。とっとと出ていきなさい」


 ……本当に意味がわかりません。

 そもそも、何故、私がダセーノ様の婚約者候補になっているのでしょうか?


「あの、ダセーノ様? ダセーノ様の婚約者になるつもりはありませんよ?」

「ふん、白々しい。だったら、何故、君は僕の研究室にいるんだい? 僕に気があるからに決まってるだろ!」


 益々意味がわかりません。

 何故、私がこの研究室にいるのかと問われたら、この研究室は元々、私が立ち上げた、研究員は一人しかいなかった魔道具研究室だからとしか言いようがありません。

 魔道具の開発で得た予算のお陰で、設備が潤沢になってきたところで、ダセーノ公爵令息と取り巻きの女性たちが研究室に入会。

 ダセーノ公爵令息が、室長の立場を自分に譲るように、悪いようにはしないと仰ったので、私にとっては室長としての余計な雑務から解放されて研究に集中できると思ったのがつい先月のことです。

 それが、何故このようなことになったのでしょうか?


「ということで、君はもう出ていくのだ」

「……はい。失礼します」


 別に構いません。

 反論して余計な時間を使うのも勿体ないです。

 私は、荷物を入れた木箱を持って研究室を出ました。

 研究室がなくても、机と椅子と紙とペンさえあれば研究はできます。

 稼働実験するのにはお金が必要ですが、行きつけの魔道具店に行けば協力してくれるでしょう。


 ということで、私は食堂で一人、術式を書いていました。

 王立魔法学院の食堂は、レストランと違い、自分の席が決まっていて、そこで休憩するのも勉強をするのも自由になっています。

 そのため、昼間でも読書をしている生徒は多いです。

 ちらっと斜め前の女子生徒の持っている本を拝見しますと、見覚えがある本でした。

 通称『ゼロの写本』と呼ばれる、王都で大人気の本です。

 詩集、旅物語、学術書とジャンルが多岐に渡る本ですが、そのどれもが非常に高評価で読みやすいことで有名です。ただし、その原本を捜してもほとんど見つかりません。唯一、ロドシュ侯爵令嬢のアニス様が原本を一冊だけ持っているそうですが、それも厳重に保管され、本人以外触れることもできません。


「ミーント! 食堂で一人なんて珍しいね。どうしたの? 休みって感じには見えないけど」


 そう声をかけてきたのは、フランダさんです。

 侯爵家の令嬢ですが、元平民の私ととても仲良くしてくれています。


「はい、研究室を追い出されてしまったので、食堂で研究をしています」

「え? 研究室を追い出されたって、あそこ、あんたが作った研究室じゃん。どういうこと?」

「それが……」


 と私は事の経緯を説明しました。

 すると、フランダさんは顔を真っ赤にします。


「なにやってるのよ、あの糞ダセーノ! 私が一発ぎゃふんと言わせてやる」

「必要ありません。お爺様に言われて作った研究室ですけれど、別になくても研究できますし、最近周囲がうるさいと思い始めていたので、ちょうどよかったです」


 私がそう言うと、フランダさんはため息をついて言います。


「あんた……本当に研究バカね。何か興味あることないの?」

「そうですね、空気に圧力を加えることで熱を生み出す魔道具の作成方法には興味ありますね」

「だから、魔道具の話じゃなくて、もっと、好きな音楽とか、好きな食べ物とかないの?」

「……うーん、オルゴールの音楽は好きですね」

「お、いいじゃん! それって理事長が特許管理してるあれよね? って、やっぱり魔道具かいっ!」


 フランダさんは賑やかな人です。

 魔道具だから好きとかそういう意味で言ったのではないのですが。


「好きな生徒とかいないの?」

「学園の生徒のことを恋愛対象と思ったことはありませんね」

「はぁ……ダセーノの奴は論外としても、あんたのことを好きだって生徒も結構いるんだけどね……」


 そう言われても、彼らのことを恋愛対象として見れないのですから仕方がありません。


「そういうフランダさんはどうなのですか?」


 私が尋ねると、フランダさんは「うーん」と腕を組んで考える。


「まぁ、私たちの場合、結局将来は親の決めた婚約者と結婚するわけだしね。まぁ、いまのうちに自由恋愛を楽しむのもありだとは思うけれど、本気になっちゃうと後でつらそうだし」

「そうですね。私も親が決めた婚約者と結婚でいいと思いますよ」

「あぁ、つまらん! 実につまらん!」


 フランダさんは何故かご立腹の様子です。


「あ、いけません! そろそろ行かないと」

「ん? どこに?」

「数学者の先生のところです。いま、自動で計算をしてくれる魔道具を作っているのですが、魔道具部分はともかく、数学ともなると私の力だけではどうにもならなくて。数学の研究者に手紙を出したのですが、ようやく一人紹介していただけて」

「うわぁ、自動で計算してくれる魔道具とかって、あったら絶対便利だけど、作るの絶対無理。数字とか、見るだけで頭いたくなるし」

「では、行ってきますね」


 私は荷物を纏めると、食堂のクロークにそれを一度預けて、数学者の先生のところに向かいました。

 王立魔法学院の周辺は、通称学園区域と呼ばれる場所で、騎士学校や商業学校の他、様々な研究をしている先生たちが住んでいる家があります。

 私が向かったのは、そのうちの一つ。

 三階建ての大きな集合住宅でした。

 私はその一階の廊下を真っすぐ進みます。

 中は薄暗く、廊下にはいろんな物が積み上げられて、かなり狭くなっていて、一人が歩くのがやっとの状態です。


(一一二……この部屋ですね)


 十二番目――一番奥の部屋の扉をノックしました。

 返事がありません。

 もう一度ノックをすると、中から何かが崩れるような音とともに足音が聞こえてきて、中から黒い髪の男性が出てきました。


「え?」


 彼は私の顔を見るなり、何故か驚いた感じをしています。


「失礼します。アレクセイ先生の部屋で間違いないでしょうか?」

「は……い。私がアレクセイですが」

「あなたが先生でしたか。初めまして、私、ミント・メディスと申します。今日はアレクセイ先生に魔道計算機の作成のお手伝いをしてもらうために伺いました」


 私がそう言うと、アレクセイ先生はもう一度――


「え?」


 と首を傾げました。

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