第22話 避ける的

 この世界の天使と呼ばれる存在は実は天使ではなくて本物の天使の術式に過ぎず、本物の天使は僕の修行空間にいて、しかも全員僕に忠誠を誓っているという意味不明の話を聞かされた。

 もしかして、僕が来るのを待っているのだとしたら、急いでダンジョン攻略をした方がいいのかと尋ねたが、そもそも、この世界ができてからセージが来るまで、永遠に近い時間を待っていたのだから、たった五百年や千年待つくらい大した問題ではない。それより、自分に会うために急いでダンジョン攻略を行い、僕にもしものことがあったほうが、他の天使たちも悲しむ。


「もちろん、私も悲しみます。ですから無理はなさらないでください」


 とゼロに言われた。

 この世界って、できてからどれくらいの時間流れているんだろうか? と思ったが、五百年や千年のことを「たった」と表現する彼が言う永遠に近い時間だ。

 それこそ、五億年ボタンを押した人間と同じような感覚の時間を過ごしているのかもしれない。

 ゼロがそう言ってくれるのは嬉しいけど、それでも待たせ続けているというのは気持ちのいいものではない。

 ということで、僕とアウラの二人は、この日、第二階層に訪れていた。


 手に持っているのは、弓矢だ。

 ゴブリンの大きさは人より小さいというけれど、五歳の僕より少し大きい。

 いくらステータスが上回っているといっても、そんな奴相手に、接近戦で戦うのはリスクが大きい。

 そこで、僕は弓矢でゴブリン退治をすることにした。

 ゼロの指導の下、十メートルくらい離れた直径三十センチの的くらいなら、ほぼ命中できるようになっていた。さすがに眉間に一撃というわけにはいかないが。

 もちろん、腰には短剣を差し、いつでも接近戦で戦う準備はできている。


「セージ、木! 木がいっぱい生えてる!」

「うん、二階層は山か……こりゃ大変だ」


 入口は山の谷間だった。

 日本で一般的にみられる山林と違い、どちらかというと、岩山に近い。

 アウラが指をさす木も背丈の低い木だ。

 標高はそれほど高くはない。現地点の標高は海抜何メートルなのかわからないけれど、見た感じだと5、600メートル――高尾山くらいだろうか?

 ただし、登山道はないため、ピクニック気分で登るにはきつそうだ。


「セージ、これからどうするの?」

「まずは出口の確保と周辺の地図を頭に刻み込む。あと、この第二階層の生態調査かな? やっぱり二階層は一階層とは全然違う。アウラ、あれを見てみなよ」

「飛んでる!」

「うん、鳥だ。しかも結構でかい」


 というか、彼女が見たことのある生物は、スライム、魚、そして僕とゼロだけだ。

 知識としては知っていても、実物を見るのが初めてなのは当然だ。


「どうやら二階層には鳥がいるらしい。といっても、あの高さだと弓を使っても捕まえられないけどね」


 僕がそう言うと、アウラがドレスの下から蔦を伸ばした。

 だが、彼女の蔦の届く範囲は最大で二十メートル。あの鳥はそれより遥かに高いから届くはずがない。

 おそらく、山頂から山頂の間を飛んでいるのだろう。

 飛んでいる鳥を捕まえようと思ったら、射程の長い魔法を覚えるしかない。そんなことをするくらいなら、罠を仕掛けるとか、あの鳥の巣を見つける方が早いだろう。

 これは僕の予想だが、この山には、ゴブリンの餌となる獣や鳥が結構いるのではないだろうか?

 一階層でスライムが草を食べて生活をしていたように、ゴブリンたちにも食べ物は必要だ。

 だとしたら、そのゴブリンたちの餌となる動物が多いのかもしれない。

 最悪、共食いをしている可能性もあるが、それはできる限り想像しないようにしたいが。


「セージ、さっきから見られてる」

「……何匹?」

「三匹――ううん、四匹に増えた。仲間が集まるの待ってるんだと思う。まだ集まって来る」


 アウラも気配を読めるのかと尋ねたが、気配ではなく大地に伝わる振動でわかるらしい。

 僕には全然わからない。振り向いてもどこにいるかわからない。


「これ以上増えたら困るから、こっちから攻めていい?」

「わかった」


 アウラの蔦は二本しか扱えない。

 一度に襲われたら厄介だと思ったアウラが、先に仕掛けた。

 二本の蔦が岩陰に伸びていき、一瞬でその陰にいた何かを捕まえた。

 彼女に捕まっていたのは、やはりゴブリンだ。

 緑色の皮膚を持つ、毛のない猿。聞いた通りの外見だ。


 二匹のゴブリンが捕まったことで、別のゴブリンが仲間を助けようと飛び出したが、そこに僕の矢が飛んでいく。

 だが、外れた。

 避けられたのだ。

 敵は避けるのだ。

 止まっている的、動く的には矢が当たるようになったが、避ける的を狙ったことはなかった。


「アウラっ! こっちに敵を!」

「うん!」


 アウラが蔦を引き寄せると、ゴブリンは仲間を助けようとこっちに向かってきた。

 まだだ、まだ引き付けないと。

 まだ避けられてしまう。


「セージっ!」

「まだだっ!」


 僕はさらにゴブリンを引きつけた。

 よし、いまだっ!


 と思ったとき、僕に迫ってきたゴブリンが、別のゴブリンに激突した。

 アウラが蔦でとらえていたゴブリンを、鈍器代わりにして殴りつけたのだ。


「……はぁ」


 僕の矢は、アウラに殴られ気絶したゴブリンに突き刺さった。

 うん、止まっている的には当たるからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る