第23話 ゴブリン、逃げ出さない
アウラが捕まえたゴブリン二匹はナイフで殺す。
返り血を浴びないようにゴブリンの後ろに回って首を掻き切った。
「セージ、凄い!」
「何もしてないよ」
アウラは褒めてくれるけれど、今回の戦いの手柄は全てアウラにある。
経験値を獲得するために僕はトドメを刺した――モンスターには経験値の概念がないため、アウラがトドメを刺しても何の意味もない――が、それだってアウラがすべてお膳立てしてくれたに過ぎない。
アウラが地面を掘る。高速で移動するときは瞬時に穴を掘って移動する彼女、穴を掘るのはお手の物だった。
そこにゴブリンを埋めた。
別に、死ねば仏だから埋めてあげようというわけではなく、単純に、次にここを通った時、腐ったゴブリンの死体を見るのは嫌だからだ。ゴブリンの肉は非常に不味いし、人型の魔物を食べる気にはならない。
「アウラ、さっきのゴブリンだけど――」
「セージ、危なかった!」
アウラが間髪容れずに言う。
ゴブリンに避けられないところまで引きつけようとしたんだけど、アウラにはそれは危険だと判断したようだ。いや、彼女がしたことは間違っていない。
僕の身を案じてくれたんだ。
仮に、あそこで僕が矢を外していたら、次の矢の準備をする前にゴブリンに接近されていた。そうすれば、ナイフでの戦いを余儀なくされた。
それは僕にとっては最後の手段。いや、最悪の手段だ。
九割勝てる戦いであっても一割の負けは大怪我、最悪死に繋がるのだから。
だから、万全を期すために、アウラがあそこでゴブリンを気絶させるのは最善の方法だった。
初めての弓矢での実践が気絶した相手に使ったことで拗ねてしまうが、それをアウラにぶつけるのは人として間違っている。
「うん、ありがとう。アウラが一緒に来てくれてよかったよ」
「えへへ」
見た目は僕よりお姉さんのアウラは、子供のように嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ると、さっきまで拗ねていた自分が酷く愚かに思えた。
僕はそれを誤魔化すように言う。
「アウラ、僕たちを囲んでいたゴブリンは四匹だって言ってたよね? もう一匹は?」
「逃げた。他のも一緒に」
なるほど、スライムとは違い、逃げるだけの知能はあるってことか。
ゴブリンの経験値は5。スライムの5倍。
今の戦いでスライム15匹分の経験値を入手できたと思うと、これまでより遥かに効率がいい。いや、納豆スライムの方が効率がよかったが、あれはアウラが嫌がるので二度と試せない。
「ゴブリンはどっちに逃げたかわかる?」
「うん、あっち――」
「じゃあ、こっちに行こう」
僕はアウラが指さした方向とは逆の方向を指差した。
経験値を稼ぐためなら、ゴブリンを追いかけてもいいけれど、いまは出口の確保が優先だ。
山の谷間を歩く。
出口の魔法陣を泉の畔に見つけた。
畔にはガチョウのような鳥がいて、僕を見るなり逃げていった。
そう、逃げたのだ。
当たり前の話のように聞こえるが、実際のところはそうではない。
たとえば、アホウドリと呼ばれる鳥は、人間が来ても逃げない。何故なら、アホウドリは人間のいない島で生息していたから、人間が自分たちを捕まえる敵だと知らなかった。そのため、簡単に捕まえることができ、アホウドリという名前を付けられた。
だが、ここのガチョウは逃げ出した。
たぶん、ここの鳥はゴブリンに何度も襲われ、きっと僕とアウラのことをゴブリンの亜種だと勘違いしたのだろう。
ゴブリンの食事の一つは、やはり鳥肉のようだ。
まぁ、野生の本能で、アウラの魔物としての力を見抜いた可能性も少しはあるけれど。
「セージ、捕まえた!」
アウラが蔦を伸ばして鳥を捕まえた。
「よし、じゃあバーベキューをやろうか!」
持ってきたのは弓矢とナイフだけではない。
バーベキューのための道具も持ってきていた。
ちょうど、家族で使ったバーベキュー用の道具が一式保管してあったので、それを丸々持ってきたのだ。
ゴブリンの血で汚れたナイフは、泉の水で洗って使用する。
「セージ、ナイフ使うの上手」
「まぁ、昔は結構料理をしていたしね」
日本にいた頃、我が家では、両親が共働きだったため、両親は順番に食事の準備をしていた。そして、僕が高校に上がった時には僕も料理当番に組み込まれて料理を作っていた。
なので、自炊はそれなりにできる。
鳥を捌いた経験は無いけれど、それはロジェ父さんの捌き方の見様見真似でなんとかなった。
――と、言葉で言うのは簡単そうに聞こえるが、実際のところかなり苦労した。
さっき、ゴブリンを倒したときは返り血を全然浴びなかったのに、鳥の血でかなり汚れた。このまま元の世界に戻ったら、家族に何を言われるかわからない。
「さて、これでいいか」
肉を串に刺した。
あとは焼く。
鳥肉の皮の部分が徐々に白くなっていき、脂が浮かび上がってきた。
その脂が焚き火の上に落ちると、パチっという音とともに、火が立ち上る。
「美味しそう」
「実際に食べたら匂いほど美味しくないと思うよ」
胡椒どころか塩すら振っていないため、食べればそれほどでもないのだろう。
だが、実際の味は二の次、三の次だ。
「セージ、来たよ」
どうやら、お出ましのようだ。
アウラの蔦が延びる。
ゴブリンを二匹捕まえた。
それが始まりとばかりに、襲ってきたのは八匹のゴブリンだった。
逃げない。
今度はゴブリンは逃げなかった。
(やっぱり、ラナ姉さんに聞いた通りだ)
僕は不敵な笑みを浮かべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます