第24話 ベジタリアン宣言
それは僕たち一家がバーベキューという名の、ゴブリンの撒き餌役をしていたときだった。
美味しく焼き上がった鳥肉を食べながら、不思議に思ったことを呟いた。
『ロジェ父さん、まだ続けてるね。ゴブリンたちも早く逃げればいいのに』
『そりゃ、ゴブリンだもの。当然よ』
『ゴブリンは魔物だから人間を襲うってこと?」
『違うわ。ゴブリンは食欲の権化なのよ。だから、縄張りで美味しい食べ物の匂いが現れると、我先に襲ってくるの。それこそ、我を忘れてね。だから、森で肉を焼くときは、『ゴブリンとオークには気を付けろ』って言われているわ』
そんなに食べ物が好きなら、人里に現れることはないのかな? って思うけど、ゴブリンは元々は臆病な性格なため、食べ物の匂いがするような人里近くに縄張りを作ったりはしないんだそうだ。
ラナ姉さんは勉強は苦手だけど、こういう魔物に関する知識は豊富だったりする。
それを信じて、僕はダンジョンで同じことをやってみた。
「アウラ、できるだけ殺さないで!」
僕は矢を構え、ゴブリンの頭を狙う。
獲物を倒すなら頭より体だ。体なら急所を少し外してもどこかに命中するから大きなダメージを与えられる。
弱ったところで、もう一度急所を狙えばいい。
だが、僕はゴブリンの頭を狙った。
僕の矢を射る速度はあまり優れていない。
矢を一度射ってから次の矢を射るまで、五秒くらい時間が必要になる。急げばもっと早くできるかもしれないが、練習のときももっと早く矢を射ようとしたら、矢を掴みそこねたり、指を怪我したり、的を外したりと失敗だらけだった。
よく、本番になると練習よりいい成果が出るというけれど、僕は逆だと思う。
練習でもできないことを本番でできるわけがない。
練習で七割の成功率だと、本番での成功率は五割だと思った方がいいと思っている。
本番というのは、練習よりも力を出すのではなく、どれだけ練習通りにできるかが重要なのだ。
僕は心を落ち着かせ、できる限り練習と同じように矢を放つ。
さっきより命中率が高い。
ゴブリンたちが肉を目掛けてこっちに駆けてくる。
仲間が捕まったときよりも我を忘れているのだ。
だけど、そのゴブリンの形相を見ると――
怖い。
全力で襲って来るゴブリンの目――食われる側のウサギのような感覚だ。
「セージ、早くっ!」
「うん――あっ」
矢筒から矢を取り出すとき、掴み損ねて落としてしまった。
拾っている暇はない。
落とした矢は無視して、別の矢を拾う。
怖がってもいい。
震えてもいい。
ただし、全部、ゴブリン退治が終わってからだっ!
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
無限にも感じるゴブリンとの戦い。
体感一時間くらいの戦いだったが、おそらく五分くらいで終わっただろう。
あたり一面にゴブリンの死体が散乱している。
正確に数えているわけではないが、僕が倒したゴブリンは五十匹くらいだろう。
百本近く用意した矢はほとんど無くなっていて、矢筒の中には三本しか残っていない。
とりあえず、さっき落とした矢を含め、再利用できる矢は全部回収する。
折れていたり鏃が曲がっているのもあるが、それらも部品部品は使えるからな。
これらの矢は、僕が拾ってきた石を使って、ゼロが一本一本手作りしてくれたものだからな、無駄にはできない。
行方がわからなくなった矢や、ゴブリンに深く食い込んで抜けなかった矢はそのままにして、九割近い矢を回収したところで、僕は汗を拭うために顔を拭くと、手に血が付いた。
浴びた返り血だ。
「……これ、ほとんど僕が殺したんだよな」
戦いのときは、怖がってもいい、震えてもいいなんて思っていたけれど、いまとなって感じるのは、恐怖でもなければ達成感でもない。
どちらかといえば、喪失感の方が近い。
「……セージ」
「うん、わかってる。僕はこれまでもスライムをいっぱい殺してきたんだ。スライムとゴブリン、その違いなんてないってことは。そして、これからも殺すんだ。いつか、ゴブリンの血を浴びても気にならないようになるのかもね」
「それ、ゴブリンの血じゃなくて、鳥の血だよ?」
――うん、知ってた。
僕に接近したゴブリンは全部アウラが倒したので、返り血は全く浴びていない。
「セージ、鳥肉食べる?」
「いや、さすがにこの死体の中で食べる気にはなれないな。とりあえず、大きな穴を掘って、ゴブリンを全部埋めてから、残った肉を持って帰ってゼロに焼いてもらうかな……」
ゼロなら、きっと美味しく調理してくれるだろう。
あ、でもさすがに調味料は必要か。
んー、醤油を経験値で購入してもいいかも。
そう思っていたら、
「セージ、ゴブリン、穴に埋めなくてもいいかも」
アウラが嬉しそうに言った。
何故なら、さっきのガチョウのような鳥が何羽も出てきて、ゴブリンの死体たちに群がっていた。
まるで、死骸を漁るサバンナのハゲタカのように。
「セージ、あの鳥も捕まえる?」
「いや、いらない……しばらくはゼロの野菜サンドでいいよ」
「うん、私もあれ好き! 一緒に食べよ!」
「そうだね、一緒に食べよう」
それから一週間、僕はあまり肉を食べなくなった。
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