第25話 異世界マヨネーズ(発明)

「ラナ姉さん! こっちに来て!」

「セージ、どうしたのよ、ゴブリンでもい――なにこれ、ジャガイモ?」


 さすがラナ姉さん。

 記憶の偏りが凄い。

 生えている葉っぱの形を見ただけで、ジャガイモだって理解してくれた。

 こっちの世界では収穫までまだまだ時間がかかるジャガイモだけど、修行空間で育てていたジャガイモはいい具合に成長した。

 今の時期なら、まだ春植えには間に合うので、ここでジャガイモを収穫し、一部を種芋として植え直したい。

 そこで、僕と姉さんがスライムを狩りに来たある日、収穫できるジャガイモを発見した――という手段を使うことにした。

 本当は植えているジャガイモを姉さんと一緒に収穫するという体裁を整えたかったのだが、埋め直すための時間が取れず、雑に掘った土の上に、この収穫した芋を置いたというわけだ。


「結構な量あるけど、あんまり美味しそうじゃないわね」

「そうかな? いや、確かに美味しそうには見えないか。でも、持って帰って調理をしてみようよ」

「そうね、スライム狩りもそろそろ終わりだし、お腹も空いてきたもんね」


 そう言うと思った。だから、ジャガイモを見つける時間をスライム狩りの終わりの時間に調整した。

 いまなら、母さんが夕食の準備をする前には家に着くだろう。

 ジャガイモのうち三分の二をラナ姉さんが持ってくれたので、僕は残り三分の一を持って帰る。


「重いわね――」

「もうちょっと持とうか?」

「セージは小さいから無理しなくていいのよ」


 時々、こういうラナ姉さんの優しいところは、嫌いじゃない。

 もうちょっと、屋敷の近くで見つけたらよかったかな。


  ▽ ▼ ▽ ▼ ▽


 ジャガイモを持って帰ると、父さんと母さんはとても喜んでくれた。

 大きなジャガイモは種イモにして、小さなジャガイモでさっそく料理を作ってみたいというと、二人とも危ないことをしないのなら作ってもいいと了承してくれた。

 油があったので揚げ物にしたかったけど、子供だけで油料理は危ないだろう。

 なにより、僕の監視役にラナ姉さんがいる。

 姉さんの隣で油料理はさすがに命がいくつあっても足りない。

 ということで、


「まずはマヨネーズを作ろうと思う」

「マヨネーズ? セージ、なにそれ」

「美味しい調味料だよ」


 使う材料は、酢、塩、卵黄、油の四種類。

 僕はそれぞれの材料の分量を、できるだけ正確に計っていく。

 そして、卵黄も湯煎をする。ガスではなく薪で茹でているので、このお湯の温度管理が難しい。温泉卵になってしまわないように注意しないと。

 生卵は、サルモネラ菌に感染している可能性があるため、この世界では生で食べられることはない。しかし、マヨネーズにすると、酢によって除菌され、サルモネラ菌は死滅されるから安全だ。

 ただし、素人がマヨネーズを作ると、酢の量が少なすぎて菌を完全に死滅させることができないかもしれないので、こうして湯煎することで食中毒を防ぐ。

 そして、残りの材料を――


「セージ、さっきからサルモネラとか意味不明なこと言ってないで、はやくマヨネーズ作ってよ」

「うん、わかったよ」


 そうだね、料理番組じゃないし、姉さんが理解してくれるわけもない。

 僕はサラダ油以外の素材を入れて、


「姉さん、これ混ぜててくれる?」

「めんどくさいわね、そのくらいセージがやりなさいよ」

「完成したら最初に食べさせてあげるから」

「混ぜればいいのね、わかったわ」


 綺麗に洗ったジャガイモの表面に包丁の刃を当て、ジャガイモを一周回しながら、皮に切れ目を入れる。


「セージ、何してるのよ」

「後のお楽しみ。あ、姉さん、それ食べたらお腹壊すかもしれないから、まだ食べたらダメだよ?」

「え……わ、わかったわ。まだ食べてないわよ」


 つまみ食いするつもりだったのか。

 注意してよかった。

 さっき湯煎に使った鍋にジャガイモを入れて再び温める。

 

 三十分くらい茹でたところで、鍋からとりだして、僕は手袋を嵌めた。

 スライム狩りをするときに使う手袋だ。

 これを使って、ジャガイモの皮に力を入れる。

 すると、魔法のように綺麗に皮が剥けた。


「凄い! ジャガイモってそんなに綺麗に皮が剥けるの?」

「さっき切れ目を入れた効果だよ。姉さんもやってみる?」

「うん!」


 僕が手袋を渡すと、ラナ姉さんは嬉しそうに残りのジャガイモの皮も剥いてくれた。


「姉さんのマヨネーズ、綺麗にできてるね」

「当然よ、私が混ぜたんだから!」

「姉さんに任せてよかったよ!」


 ラナ姉さんが鼻を高くして言う。誰がやっても同じと思うかもしれないが、僕がやったときはここまで上手にできなかった。


「植物油を入れて、また混ぜてね」

「うん、任せて――それで、あとどれくらいでできるの?」


 僕が褒めたことで、機嫌がよくなったラナ姉さんは鼻歌混じりにマヨネーズをかき混ぜる。

 僕もジャガイモを潰しながら返事をした。


「マヨネーズは全部混ぜ終わったら、涼しい場所で丸一日寝かせて完成かな?」

「長いわよっ!」


 いや、そう言われても、菌を完全に死滅させるには、そのくらい時間が必要だからね。

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