第26話 異世界マヨネーズ(中毒)

 ラナ姉さんが、マヨネーズの完成まで一日かかると聞いて、僕に対して文句を言う。

 だが、僕もバカではない。

 こうなることは予想済み、ていうか、一日かかるのなら、いまジャガイモを潰す意味がない。


「安心して、ラナ姉さん。ここに昨日作ったマヨネーズがあります!」

「予め作ってるのなら、なんで今作ってるのよ! 意味ないじゃないっ!」


 僕が取り出したマヨネーズの入っている瓶を見て、ラナ姉さんはさっきよりきつい口調で言う。

 ここは準備がいいところを褒めるべきではないだろうか?

 

「まぁ、ラナ姉さんが作ってくれたマヨネーズは、また明日使うから」

「なら許すわ」


 ラナ姉さんが、鼻息荒く許す宣言をする。

 そこまで悪いことをした覚えはないんだけど……自分が作ったマヨネーズが使われないのが嫌なのか。

 明日もマヨネーズを使った料理を考えないといけないな。

 そんなことを思いながら、潰したジャガイモとマヨネーズを混ぜる。

 あと、卵の白身部分もオタマの上に置いて、お湯の温度で固め、刻んだ生野菜と一緒に混ぜる。

 スーパーで売っているポテトサラダと違い、芋の色と卵黄の色のおかげで、薄い黄色のポテトサラダが完成した。


「姉さん、味見お願い!」

「わかったわ」


 ラナ姉さんが半分ほどポテトサラダを匙で掬う。

 いつもなら大盛りで食べるラナ姉さんだけど、未知の料理のため、警戒しているのだろう。


「いただきます」


 ラナ姉さんはさらに匙の三分の一を食べた。

 咀嚼する。

 感想はない。

 だが、無言で、残りを食べると、今度は匙で大盛で掬った。

 どうやら、お気に召してくれたらしい。

 もう一度食べようとしたが、僕はお皿を持ち上げて阻止する。


「姉さん、感想は?」

「……セージが作ったにしては、そこそこ美味しかったわ」


 口の端にポテトサラダをつけながら、ラナ姉さんは言った。

 素直に褒めてくれてもいいのに。

 本当はここに胡椒を掛けたいんだけど、貴重品のため滅多に使えない。

 勝手に使えば怒られてしまう。

 僕たちはできたポテトサラダを小皿に取り分けて、食堂に持っていく。

 そこで、ふと思い出したように言う。


「そういえば、ポテトサラダって、パンに挟んでも美味しいんだよね」

「――っ! 朝のパンが残ってたわよね! 持ってくるわ!」


 ラナ姉さんは味を想像したのか、僕が頼まなくてもパンを取りに戻った。

 そして、僕は先にできたポテトサラダを持って、食堂に行く。


「お待たせ! できたよ、ポテトサラダ」

「へぇ、茶色い実を見たときは不安だったけど、黄色いんだね」

「ポテトサラダっ! ゼロ様の本に書いてあったあれね」


 ゼロが書いてくれた本には、ポテトサラダについても書いてあった。ただ、ジャガイモの挿絵はあってもポテトサラダの挿絵はなかったので、エイラ母さんはポテトサラダを興味深げに見ている。


「じゃあ、少し食べてみるね」

「私もいただくわ」


 ロジェ父さんとエイラ母さんがポテトサラダを食べる。


「主食だって聞いていたけど、蕎麦や小麦とは全然違うんだね」

「美味しいわ。甘くて、でも、少し酸味があるのね」

「酸味はマヨネーズ――卵と酢と塩と油を混ぜて作った調味料だよ」


 僕が説明をすると、ロジェ父さんとエイラ母さんはもう一口食べた。


「まよねーずのせいで、ジャガイモがどんな味かわかりにくいかな? 今度はじゃがいもだけで食べてみたいよ」


 ロジェ父さんが冷静に言う。

 確かに、それは失敗だったかもしれない。

 本当はジャガイモを蒸して、ジャガバタにしたかったんだけど、蒸し器がないんだよね。


「そういえば、ラナはどうしたの?」

「パンを取りに行ってくれてるんだけど……そういえば遅いな。ちょっと様子を見てくるよ」


 何してるんだろ?

 僕は台所に戻る。

 すると、姉さんがじっと立っていた。

 一体何をしているのだろう?


「ラナ姉さん、パンが見つから……何を食べてるの?」


 近付くと、ラナ姉さんの咀嚼音が聞こえてきた。


「セージ、凄いわ! このマヨネーズ、とっても美味しいの!」


 ラナ姉さんの手には、ポテトサラダ作りに使った残りのキュウリが握られていた。

 噛んだ痕が残っていて、そこにはマヨネーズがたっぷり付いている。


「胡瓜に付けてみたんだけど美味しくてね、きっと、パンに付けても美味しいわ」

「あ……うん、そうだね」

「ポテトサラダが美味しいのは、きっとマヨネーズが美味しいからよ! セージ、明日もマヨネーズを使った料理を作ってくれるのよね? 本当に楽しみだわ」


 僕は思った。

 今この瞬間、この世界で初めてのマヨラーが誕生したと。

 もう、ジャガイモの販売をやめて、マヨネーズを特産品にした方が儲かる気がする。いや、いくら食中毒に気を付けているといっても、冷蔵庫もないこの世界だと保存するのは難しい。


「私思うの! マヨネーズってこれだけで食べても美味しいと思うのよ」

「それは身体に悪いからやめたほうがいいよ」

「大丈夫よ。体に悪い物なんて何も入ってないから! そうだ! お小遣いで材料を買って、もっといっぱいマヨネーズを作らないと――」

「勝手に作らないで。素人がマヨネーズを作って食べたらお腹壊すから」

「でも――」

「お願い、止めて」


 この後、僕はラナ姉さんに、週に一度マヨネーズを作る約束をさせられるのだった。

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