第27話 異世界マヨネーズ(免許)

 僕の危惧を余所に、ラナ姉さんのマヨネーズ熱は帯びていき、いつしかロジェ父さんとエイラ母さんを説得して村の特産品にしようとする動きが出るようになっていた。

 マヨネーズは本当に危ない。

 サルモネラ菌だけではなく、大腸菌の問題もある。

 そもそも、長期間保存できないから、交易品にも向いていない。


「免許制――そうだ、免許制にするのはどうかな?」

「免許制?」

「うん、マヨネーズは日保ちのする調味料じゃないって書いてあったよね? だから、交易品にするのは無理だと思うんだ。ならば、マヨネーズそのものを販売するんじゃなくて、マヨネーズのレシピを販売しようと思うんだ。そして、マヨネーズの作り方をちゃんと教えると同時に、免許を発行する。そして、『マヨネーズはちゃんと作り方を知らない人が作ったら、食中毒を起こす危険性がある』ことも伝える。実際、危ないからね。これなら、国中のマヨネーズを使いたい料理人が、うちまでレシピを買いに来てくれるでしょ?」

「確かにレシピを一度売ってしまえば、レシピは自然と広がってしまう。うちの利益にはならないが、免許を発行するとなれば、何度もうちの領地に訪れる。それに、マヨネーズ発祥の地として名を残すこともできるか」

「あら? マヨネーズを最初に考えたのは、ゼロ様の書いた本じゃないかしら?」


 エイラ母さんが余計なことに気付く。

 そう、マヨネーズのレシピはゼロの本にも書いてある。

 エイラ母さんの言うように、他人が開発したレシピを自分たちが独占的に扱うというのは無理がある話だ。

 だが、僕にとってそれは想定の範囲内だ。

 僕は懐から、一枚の手紙を取り出した。


「ロジェ父さん、これを読んで」

「なんだい?」

「僕、手紙を送ったんだ。このジャガイモについて書いているゼロさんに。ゼロさんが発見したジャガイモをうちの村の特産品にするんだから、ちゃんと許可を貰わないといけないかなって思って。その返事が届いたんだ」

「また勝手な――」


 ロジェ父さんはそう言って手紙を受け取る。

 エイラ母さんが横からそれチラリと見て、


「ゼロ様の筆跡ね。本物よ、ロジェ」


 と一目で本物だと見抜く。

 さすがだ。

 エイラ母さんには一流のオタクになる資質がある。

 ロジェ父さんは手紙を読んだ。


「それで、父さん。その手紙にはなんて書いてあるの?」

「丁寧な書き方をしているけど、要約すると、いろんな国で見てきたものや自分で考えた料理を書き記しているだけで、お金儲けには興味がない。ジャガイモの交易をするのなら勝手にしていいし、料理のレシピについても好きにして構わない。全ての権利を当家に譲渡する。代わりに、セージには自分の本を書き写していろんなところに売って欲しい。そう書いてある」


 内容は知っている。

 事前に読んだからではない。

 ゼロに頼んでそう書いてもらったからだ。

 これにより、ジャガイモや料理のレシピについて好きにしてよくなった。


「ついでに、この本も書き写して売ってほしいって、一冊本を送ってくれたよ」

「ゼロ様の新作っ!?」


 エイラ母さんが僕から本を奪う。

 早速開いて読もうとしたが、

 

「エイラ、読むのは話が終わってからね。セージに返しなさい」

「はーい」

「はぁ……とにかく、結果的にはよかったけど、セージも勝手なことはしないように」

「はーい」

「返事は短くね」

「はい」


 母さんを真似て返事をしたのに、僕だけ注意をされるのは納得がいかない。

 まぁ、僕の名前で手紙を送ったといっても、スローディッシュの家名を使っている以上、父さんが知らないわけにはいかないから怒るのも無理はない。

 でも、しょうがないじゃないか。

 だって、手紙を書いてもらったのは、ついさっきのことなんだから。

 父さんに許可をもらう暇なんてなかった。


「ねぇ、父さん。それで、マヨネーズはどうなるの?」

「そうだね。とりあえず、村の食堂にレシピと免許を提供して、マヨネーズを使った料理を積極的に振舞ってもらおう。うちにも旅人は時々訪れるからね。自然と噂が広まるはずだよ」

「マヨネーズを使った料理! そうだ、セージが何か考えてるって言ってたわよね!」

「うっ……うん。じゃあ、色々と作ってみるよ」


 これは、しばらくマヨネーズ料理を作る日が続きそうだ。


  ▽ ▼ ▽ ▼ ▽  


 近くの村には食堂が一軒だけ存在して、仕事終わりの村人たちがエールを酌み交わして盛り上がっているらしい。

 その食堂に、ロジェ父さんとラナ姉さんと三人で伺った。

 エイラ母さんは留守番だ。

 ゼロの新作を渡しちゃったから、そうなることは必然だった。

 店に入ると、髭を蓄えた暑苦しい男が出てきた。

 街道で出くわしたら山賊と見間違えるだろう。


「いらっしゃ――おぉ、領主様じゃないですか。ラナ嬢ちゃんも――ん? そっちは――」

「はじめまして、セージ・スローディッシュです」

「あぁ、セージ坊ちゃんだな。ラナ嬢ちゃんから噂には聞いてるぞ。家で本ばかり読んでるらしいじゃないか。男は筋肉だぞ、筋肉!」


 そう言って、袖をまくって、力こぶを作る。

 見た目だけじゃなくて、行動まで暑苦しい。


「やぁ、タイタン。今日はちょっと、村で広めてほしい料理のレシピがあってね」

「おぉ、料理のレシピか! もしかして、例のジャガイモってやつが収穫できたんですかい?」

「それも含めての相談なんだ」


 父さんはそう言って、タイタンに、これまでの経緯を話した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る