第226話 西へ

 僕が三つのスキルを覚えたこと。

 そして、それが天使キルス様の導きだという言葉。

 それらに、エイラ母さんとラナ姉さんは頭ごなしに否定できなくなってしまった。

 だが――


「いや、やはり危険すぎる。回避スキルは万能じゃない。避けられない状況もあるかもしれない。危険予知スキルが発動したときには手遅れになることもある」


 ロジェ父さんは反対……か。

 たぶん、ロジェ父さんはわかっているのだ。

 僕が被災地に行く危険性を。


「ロジェ父さん、耳を貸して」


 僕はそう言って、ロジェ父さんの耳元で囁く。ラナ姉さんに聞かれたら、絶対に大騒ぎになるからだ。

 これはあくまで僕の予想だと前置きをし、考えを述べた。

 すると、ロジェ父さんは一瞬目を見開いて驚き、僕の顔を見る。


「――だから、さっきものすごく怒ってたんでしょ? このことをリエラさんに報せないといけない。でも、紙に書くわけにも使者を出すわけにもいかない。証拠がないんだから。それに、ロジェ父さんも動けないでしょ? 救援物資の準備と発送の手配、指揮を執らないといけないんだから。だから、僕が行く」


 そして、僕は振り返って尋ねる。


「ソーカもついてきてくれるよね?」

「無論でござる。我が主君はセージ殿でござるからな」


 ソーカの実力はロジェ父さんも知っている。

 そして、僕が行かないといけないことをロジェ父さんは理解した。

 かなり悩んでいるようだ。


「――セージ」

「ソーカたちの近くから離れない。魔力枯渇になるまで仕事しない。危険な場所にはいかない。危険予知スキルがあったら救助中でも治療中でも避難する。助けられるかもしれない十の命より、僕という一の命を優先する」

「……本当にセージは。わかった……頼むよ」

「だったら私も!」

「ダメだよ、ラナ。今回は魔物討伐とは違うんだ」

「でも、セージが行くのに私だけ留守番なんて――」

「君の剣が役に立つときは来るだろうけれど、今回はセージの魔法が役に立つときだったんだよ」


 ロジェ父さんはそう言って、ラナの頭を撫でた。

 ラナ姉さんもそれ以上は何も言わない。

 断られることも、それが我儘だってこともわかっていたのだろう。


 それからの準備はスムーズだった。

 救援物資として、非常用の食糧と水、毛布、薬等をマジックポーチがパンパンになるまで詰めている間に、ソーカがイセリアとナライを招集。

 報せを受けたドンズさんが馬を二頭連れてくる。

 うち一頭は、王都まで僕たちを連れて行ってくれた馬車を引いていた馬だった。

 出発の準備は整った。


「セージ、気を付けてね」

「僕も後から追いかけるから」


 エイラ母さんとロジェ父さんがそう言って見送る。

 そして、ラナ姉さんは――


「セージ、ラインハルトに乗っていきなさい。力があるから役に立つわ」

「え? でもコパンダは姉さん以外乗せないんじゃ」

「私が命令したから大丈夫よ」


 ラナ姉さんがそう言うと、隣にいたコパンダが頷いた。

 僕に背中を預けてくれるらしい。

 なんとも主君思いなパンダだ。


「ありがとう、ラナ姉さん。コパンダも」

「気を付けていってらっしゃい」

「わかった!」


 僕はコパンダの背に乗り、西に向かって出発した。

 街道が整備されておらず、コパンダも馬たちも歩きにくそうにしている。

 途中、川があって一本の橋が架かっていた。この川が一応領地の境界線となるが、こんな田舎領地だと、検問なんてものもなく、素通り状態だ。

 モリヤク男爵領に入った。

 同じ男爵領だが、新興貴族であるスローディッシュ領と違い、それ以前からこの領地を任せられていたモリヤク男爵領は広い。

 途中、いくつも村があった。

 しかし、なんというかどの村も活気がない。

 宿場町として使われるような場所ではない、農村というのもあるが、本来であればこの時期は収穫直後で一番浮かれているか、冬に備えて準備をするために忙しそうにしているはずだ。

 なのに、彼らには覇気のようなものが感じられない。


「目が死んでいるでござるな。ろくに食事も食べていないんでござろう」


 一人で馬に乗るソーカが、街道沿いの村人の目を見て言う。


「仕方ないですよ。モリヤク男爵領は税金が多いですから。国が定める最大の五割。さらに毎年非常時防衛費用として二割の作物が徴集されてるはずです」


 そう言ったのは、イセリアと一緒に馬に乗っているナライだ。


「合計七割も!? ってずっと非常時防衛費用取られてるのなら、もう常時じゃん!」


 三割の作物が食べられるというわけではない。

 翌年の作付けに使う分もあるだろう。

 しかも、最近は雨が降っていない。

 そんな状態で作物はろくに育たなかったと思う。


「ナライ、なんでそんなこと知ってるんだい?」


 イセリアが僕に対する時と違い、くだけた口調でナライに尋ねた。


「イセリアさん、俺、一応昔からの男爵家の五男ですから。国内の他の男爵家の事情くらい知ってますよ。イセリアさんも、ナミリ男爵家の出身でしょ? 知らなかったんですか?」

「ナミリ男爵領はあんたの所と違って新興貴族だからね。他の領地の税収まで詳しく知らないよ」


 イセリアとナライのやり取りは、村を出るまで続いた。

 嫌な予感が現実に近付きつつある。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る