第227話 災害現場

 一夜野宿をし、災害現場にたどり着いたのは明朝のことだった。

 そして、思いのほか悲惨な現場に、僕は言葉を失う。

 土砂に砦が呑み込まれ、その周囲では多くの人が土砂を取り除こうとしているが作業が進んでいないように思える。

 ソーカを先頭に被災地を歩く。

 歩いていると、被災者たちの悲痛な叫び声が聞こえた。

 僕は深呼吸をし、自分自身を落ち着かせる。

 運よくクリトスを見つけた。


「セージ様っ! どうしてここにっ! 領主様は一緒じゃないのですか?」

「ロジェ父さんは支援物資を集めるための指揮を執ってる。エイラ母さんは動けないから僕が来たんだ。それより、救援物資を持ってきた。食糧と水と毛布と薬がある。ここの責任者は?」

「案内します。ついてきてください」


 事情の説明と情報交換をしながら案内されたのは、砦の近くにある大きなテントだった。

 先にクリトスがテントの中に入って説明をすることになった。

 暫くして、僕もテントの中に入る。

 そして、奥にいたのは目に黒の眼帯をしている騎士というより歴戦の老将という感じの人だった。


「はじめまして、セージ・スローディッシュです」

「スローディッシュ領の方ですね。支援物資を届けて下さったと聞く。ここにいない領主様に代わり、礼を申し上げる。儂はこの砦の副将をしているガライと申す。将をしていたベルトラン殿は土砂に巻き込まれてまだ発見されておらず、その代理として指揮しております」

「失礼ですが、モリヤク男爵はこちらには来ていないのですか?」

「はい。ここは危険ですから」


 いくら危険といっても、この辺りは二次災害の危険も少ない。

 それに、領主町からは目と鼻の先の距離にあるというのに、トップが陣頭指揮をとらないで現場に全てを任せるなんて。


「早速ですが、僕は土操作の魔法を使って、土砂の中に埋まっている人の捜索と救助。それと回復魔法も使えます。是非現場の役に立てていただきたいと思います」

「――本来なら子供には危険な場所ですが、心強い言葉です。私と一緒に来ていただきたい」

「隊長! 余所の貴族の子供に万が一のことがあったら――」

「セージ殿は私が命に代えてもお守りする」


 既にクリトスから僕の魔法の有用性について話を聞いていたのだろう。

 他の兵士が老将を止めようとするも、一喝して黙らせた。

 よく見ると、このガライさん、かなり疲れているように見える。顔色も悪い。ほとんど寝ていないのだろう。


「すみません、手を握ってもいいですか?」

「ええ、現場は危ないですから。このような爺の手でよければ」


 僕は彼の手を握ると、魔法を唱える。


「リフレッシュ」

「これは――」

「自律神経の回復を促し、身体をリラックスさせる魔法です。気休め程度ですが。指揮を執るあなたが倒れたら大変ですから」

「いやはや、ありがたいです。話はクリトス殿から伺いましたがセージ殿の魔法は本当に素晴らしいですね」

「このくらいは誰でもできます」


 そう返し、災害現場に向かった。

 土砂が酷いな。


「現在、この部分の土砂の撤去作業を行っているところです。中に人がいるかもしれませんので」


 建物の半分以上を土砂が呑み込んでいる。下手に建物を壊したら崩壊しかねない状況で、慎重に土をどかしている状態か。

 僕は土操作で土砂の状況を確認する。

 ぐっ、明らかに土に埋まっている人がいる。

 ただ、その人は既に亡くなっているだろう。

 それより、建物の方だ。

 幸い、瓦礫には隙間がある。空気があるのならまだ生きている人がいるかもしれない。

 空洞になっている部分を見つけた。

 土を動かし、空洞の様子を探る。

 人らしいものが三人ほど。

 幸い、身体が挟まったりしていない。あと、かすかに動いている。

 土操作を使い、トンネルを作った後、中にいた人をまたも土を使って運び出す。

 運び出されたのは若い兵士


「まだ息がある! 運んで!」

「御意っ!」


 ソーカがトンネルの中に入っていく。

 僕は修行空間に戻り、魔力を回復。

 そして、次の現場へと向かった。

 助けられた人は六人だけだった。

 それ以上の人が土砂の中で亡くなっていた。

 先ほど言ったベルトランというこの砦の責任者だった老将の遺体も土砂の中から魔法で引き揚げた。

 それを見たガライさんはとても辛そうだった。


「もう大丈夫です。すぐに怪我を治しますから」


 僕はそう言って、動けずに横になっている人の治療をしていく。

 回復魔法の勉強はしっかりしている。

 欠損部位の回復まではいかないが、神経ダメージくらいなら治せるレベルになっている。


「凄い、動く。動くぞ。ありがとう、少年!」

「どういたしまして。イセリア、次お願い」

「はい。次は――」


 イセリアには僕が土砂に埋まっている人の救助をしている間に仮設の救護室に行ってもらい、僕が回復できる範囲で治療の優先順位と、必要な治療の処置を調べてもらっていた。おかげで、ここに来た時に直ぐに治療に取り掛かれた。


「なぁ、少年。俺より先にあっちの若いのを治してやってくれないか?」

「全員治しますから黙っててください。その我儘のせいで治療が遅れたら治せる人も治せなくなります」


 救護室にはいろんな人がいた。

 自分を治せ、自分より先にあっちを治せ、死なせてくれ、そして、助けてくれ。

 僕は神じゃない。

 治せる人は治せるし、治せない人は治せない。

 ナライと同じくらいの年齢の新兵らしい男の人が、悲痛な目で僕に治療を求めたが、残念ながら僕の回復魔法の腕では治せないレベルの怪我だった。

 命の危険はないが、しかし、彼はもう兵士として働くことはできないだろう。


「セージ様、少し休んで下さい。朝から魔法を使いっぱなしです。いくらなんでも限界が――」

「大丈夫。本当に大丈夫だから」


 イセリアにそう言って、僕は大きく息を吸う。

 疲れたら修行空間で休んでいる。魔力回復のおかげで魔力の回復も早い。

 リフレッシュの魔法を使って自律神経も整えている。


「領主様と約束なさったんでしょう? 無理はしないと。ですから――」

「……うん。少し休む」


 疲れは修行空間に行ったら治せたのだが、それを知らないイセリアが、とても辛そうな顔で僕を見ていた。

 ここで休まなかったら、無理やりにでも救護室から連れ出されていただろう。

 僕は救護室を出て息を漏らした。

 救援物資は既にマジックポーチから出され、炊き出しが始まっている。


「予想はしていた。覚悟もしていた。知識もあった。でも、現実がなかった」


 僕にとって、災害現場というのはいつもテレビの中にしかないものだった。

 こんなに恐ろしい物だとは思わなかった。

 ロジェ父さんとエイラ母さんは知っていたのだろうか?

 だから、僕に行かせたくなかったのだろうか?


「無理もありません。私も初めての経験です。人間は自然の力には勝てないのですね」


 イセリアが僕の隣で言った。

 その時だ。


「これは自然の力なんかじゃない」


 そう言ったのは、顔に小さな傷のある若い兵士だった。

 彼はとても悔しそうにこう言った。


「これはエルフ共が引き起こした戦争だ」

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