【カクヨム限定SS】ラナ姉さんのバレンタイン
今後、矛盾が発生する可能性があるIF小説です。
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何故か、この世界にもバレンタインという風習がある。
ゲームを元にした世界であり、日本の風習を取り入れているゲームも多いことから、バレンタインがあってもおかしくはない。
それなのに、何故僕が『何故か』と前置きを置いたのかというと、そもそもチョコレートがこの国で生産、販売されていないのに、バレンタインにチョコレートを送るという文化が中途半端な形で浸透しているのだ。
結果、バレンタインには『とりあえず黒い物をプレゼントする』というよくわからない文化が根付いていた。
4月14日に恋人のいない人間が黒い服を着て黒い麺を食べるという韓国で定番らしいブラックデーの方が理解できるというものだ。
幸いというか、不幸というか、母親からのプレゼントをもらった個数に含めないとしても、僕には姉と婚約者がいる。
しかし、この姉からの贈り物というのは、期待してはいけない。
去年のバレンタインデーを思い出す。
ラナ姉さんから貰ったのは、黒い木炭だった。
『あんたはクリスマスの夜に悪い子に炭を配って歩くブラックサンタかっ!』と説明口調で文句を言いたくなったものだ。
そもそも、炭なんてもらってどうするんだっ!
いや、役に立ってるよ。
いい木炭だったので、粉々に砕いて袋に詰め、湿度調整に使っている。
木炭を砕いているところを見られて、ラナ姉さんに説明する間もなくぶん殴られなければ感謝していただろう。
ちなみに、木炭を送るのはラナ姉さんくらいで、黒ければなんでもいいとは言ったが、ブラックベリーという黒い木苺のドライフルーツを用意していたり、ジャムを作って黒パンの中に挟んだりするのが一般的らしい。
ただ、これも問題がある。
というのも、ブラックベリーの旬は夏であり、バレンタインデーは冬。つまり、半年以上も間がある。
恋人ができてよろこんだ女性が夏にブラックベリーを入手し、ドライフルーツやジャムに加工して保存。
その間に恋人と破局。
その時にドライフルーツやジャムを食べてしまえば問題がないのだが、彼女たちは『2月14日までに新しい恋人ができるかもしれないから!』と保存する。
結果、年頃の女の子のいる家庭では、翌日の2月15日のおやつにブラックベリーのドライフルーツやジャムが出されたら、なんか物悲しい雰囲気になってしまうのだ。
まぁ、うちのラナ姉さんに限ってそんな未来はないだろうけれど。
と思っていた時期が僕にもありました。
そして、その年の2月15日。
「セージ、これで何か美味しい物作って」
渡されたのは、ブラックベリージャムだった。
なんだこれ?
僕へのプレゼント――ではないのは明らかだ。
何故なら、今朝姉さんに、新しい木炭を貰ったばかりだ。
どうやら僕の部屋には毎年新しい木炭が届けられるらしい。嬉しい話だ。
ってそうじゃない。
なんで、ラナ姉さんがブラックベリージャムを?
失恋?
失恋したのか? あのラナ姉さんが?
そして、失恋して、ずっと大事にジャムを取っておいたのか?
ありえない……相手は誰だ?
前にラナ姉さんに無謀にも告白して散った自警団のトーマスか? 自分より弱い男は嫌と言われた結果、模擬戦を挑んでボロボロになっていたあの勇士は目に焼き付いているが、実はラナ姉さんもあの負けっぷりに感動した?
いや、違う。
トーマスはいまもラナ姉さんのことを何故か好きでいる。
だとすると、ハントか?
年下好き?
僕と一緒にいるところで遭遇して何度か、挨拶する程度の関係だか、いつの間にかそんな仲に?
……いやいや、待て、ハントだってラナ姉さんより弱い。
ハントは隠し事をできるタイプじゃない。ラナ姉さんと付き合っていたら黙っていられるはずがない。
そもそも、さっき僕が言ったように、ブラックベリーを仕入れる時期は夏。
その時にラナ姉さんに変わったことはなかったか?
ダメだ、思い浮かばない
王都に行ったときに何かあったのだろうか?
……もしかして、ロジェ父さん?
少しの間離れ離れになっていたロジェ父さん。いなくなって初めて大切な存在なんだと気付く。
親は失ってそのありがたみに気付くというけれど、いなくなって恋心に気付いた。
ブラックベリーを用意したのはいいけれど、エイラ母さんもいるし、父娘でそんな関係になれるはずがない。
結果、自分で身を引き――
「セージ、さっきから何笑ってるのよ?」
「いや、いろんなことを考えて『ありえないありえない』って笑ってた」
「どういう意味?」
「ううん、なんでもない。で、これどうしたの?」
「友達に安く売ってもらったのよ。要らなくなったって。結構いい出来なのに、ラッキーよね」
「そうなんだ」
うん、やっぱりそうだよね。
ラナ姉さんは、バレンタインデーにチョコを贈るタイプではなく、その翌日に安くなったチョコレートを自分用に買って美味しく食べるタイプの女性だよね。
僕は安心し、ラナ姉さんのために、ブラックベリーのジャムを使ったタルトを作るのだった。
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