第93話 ド・ルジエール
先に言って置く。確かにこのドルンという街はオシャレな建造物が多いし、歴史のありそうな建物も多い。
しかし、全てがそういう建物というわけではない。
スローディッシュ領の村に比べれば石造りや煉瓦造りの建物が多いけれど、大きさでいえばうちの屋敷が大きい部類に入る。
しかし、この建物はなんか凄かった。
語彙力が疑われるといけないので言うと、建物は煉瓦ではなく、石でできていた。大理石だろうか? 石の専門家ではないので種類はわからないが、白く滑らかな質感が見るだけで伺える。
三階建ての建物の壁に均一に並んだ格子付きの窓にはガラスが張られていた。
これだけでも凄い。
というのも、ガラスの窓というのはとても珍しく、僕が知る限りでは、マッシュ子爵家の領主邸以外ではここでしか見たことがない。一応、王都の大聖堂には大きなステンドグラスがあるらしいと言うことは知っている。
「これ、お店なの? 美術館みたいだけど」
「よくご存知ですね。ここは美術品の販売・買い取りだけでなく、美術館も兼ねていまして古今東西あらゆる美術品が展示されています。本来、用事が終われば案内するつもりだった施設なんです」
本当に美術館なんだ。
よほど貴重な品が飾られているのか、門の前に二人、そして建物の前に一人、屈強な男が武装して待機している。
そして、僕は一つ気付いた。
これ、僕が知ってる美術館と違うな。
たぶん、貴族とかそういう人しか入ることができない特別な場所だ。
だって、門番さん、よく見るとこの都市の衛兵と同じ制服を着てるもん。
都市の重要な施設に違いない。
ジュールさんは何度も足を運んだことがあるのか、衛兵たちは何も言わずに僕たちを通してくれた。
中に入ると、最初に僕を出迎えたのは巨大なトカゲだった。
それを見て、キルケが素っ頓狂な叫び声をあげて腰を抜かしながらも逃げ出そうとする。
「あひぃっ! 大変ですっ! セージ様、魔物です! に、にげないと!」
「落ち着いて、キルケ。これ剥製だから」
「剥製? って、安全な魔物ってことですか?」
「魔物の死体のうち腐りやすい内側をできるだけ処分して、腐りにくくする薬品を染み込ませた綿を詰めたりして綺麗な状態で保っている置物……かな?」
「はい、セージ様のおっしゃるとおり、こちらは五十年前に討伐されたキタエリマキコモチドラゴンの剥製になります。とても珍しく、また損傷も少なかったものを買い取り展示させていただいています。これを初めて見て、キルケさんのような反応をする方は珍しくありません。さすがに斬りかかってしまったら危ないので、危険な武器を持っている方がいる場合は事前に注意を致します」
そう言って、ジュールさんは少し微笑む。
きっと、僕やキルケの反応を見て楽しむつもりだったんだな。
だとすると、僕の反応はいささか拍子抜けだっただろうか。
「もっと驚いた方がよかった?」
「いえ、セージ様が冷静で安堵しました。あのまま魔法を使われていたら大変でしたから」
「気付いてたんだ」
僕が最初にトカゲの剥製を見たとき、咄嗟に魔法の構築を済ませ、あとは手を前に出して放つだけで風の刃を放つところだった。突然ビッグトードが現れたときに魔法を放つのが癖になっていただけで、驚いたというわけではないのだが。
きっと、その間の魔力の流れをジュールさんは感じ取っていたのだろう。
「旦那様より、セージ様は優れた魔術師だと伺っていましたが、予想以上でした」
「ちなみに、魔法を使ってたらどうなってたの?」
「紹介した相手に粗相があった場合は、連れてきたもの――私の責任になります。私の財産の半分を失うところでした」
ジュールさんは笑って言うが、実際に過去に同じようなことで入り口に飾ってあった魔物の骨格標本を不死生物と勘違いして壊してしまった者がいたらしい。
驚かす方も命がけだな。
「賑やかかと思ったら、君か、ジュール」
「ご無沙汰しております」
「よく来たね、私はこの店の店主をしているド・ルジエールだ。君はセージ・スローディッシュ殿とお見受けするがどうだろう?」
「はじめまして、セージ・スローディッシュに間違いありません。どうして僕のことを?」
「なに、
「倅……ってもしかして」
「ああ、マッシュの父だよ。マッシュは爵位を得たときにあいつが得た家名で私のものではないから、ド・ルジエール・マッシュではない。それは理解してもらいたい」
「わかりました、ド・ルジエール様」
僕はそう言って、貴族の礼をする。
『ド』ってどういう意味なんですか? とは聞かない。
ジュールさんにあとで教えてもらおう。
「それで、今日は見学かね? よろしければ案内するが」
「いえ、先代様。今日はセージ様がお持ちした工芸品四点の買い取りをお願いしたいのです」
あ、ジュールっ! 待って欲しい!
さすがにこんな高そうな美術品で、村のお土産屋に売っていそうなものを見てもらうのは気が引ける。
せめて、リアーナとリディアのものだけにしてもらいたい……がもう手遅れか。
「なるほど、拝見しよう。私は君のファンではあるが、美術品に関しての査定は厳格に行う」
「……はい」
まぁ、そうだよね。
と思って奥に行くと、様々な絵画の中に一つ、見覚えのあるものがあった。
ハントとカリンと僕の三人で作った東洋龍の絵のスカイスライムが、額に入れられて飾られている。
しかも、かなり目立つ場所だ。
「これは……」
「ああ、倅が持ち帰ったスカイスライムだ。見事だろう? ドラゴンといえば、巨大な体と翼を持つ怪物というイメージだが、このドラゴンはヘビみたいな外見とは裏腹に、どこか神秘的な印象がある。ドラゴンの解釈を大きく変える可能性に満ちた絵画だ。そして、スカイスライムに描かれたことで、紙のキャンパスに描くことでは得られない光沢が生まれ、その神秘性がさらに増している。これが空を舞ったと聞いたときはこの目で見たかったと思ったものだ。残念なことに、いまはスカイスライムが破れるのが怖くて空を飛ばすことができないがね。大会では倅の描いたものが優勝したというが、私にとっては見慣れたもので、これには遠く及ばん。まったく、審査員は何を見て判断したのか」
自分と友達とで作ったスカイスライムが褒められるのは嬉しいが、審査の不手際を怒られているようで少し辛くもある。
でも、おかしいな。
「なんでマッシュ子爵が持ち帰ったスカイスライムがここに?」
「それは私が奴から買い取ったからだよ。金貨20枚に加え、美術品何点かを手放したが、いい買い物だった」
「金貨20枚っ!?」
たしか、ハントたちが売った額は金貨10枚だった。
それが二倍になったうえに、さらに美術品も数点加えられている。きっとそれらも安物ではないのだろう。
いくら父子間の交渉とはいえ、美術品の査定は厳格に行うと言い切るルジエールさんが決めた値段だ。きっと、それだけの価値があると読んだのだろう。
しかし、マッシュ子爵を責めたりはできない。
それだけ、彼の審美眼が正しかったということだ。
それに、彼が本当にハントたちを騙そうとするのなら、金貨10枚ではなく、金貨1枚、いや、銀貨数枚でも十分買い取ることができただろう。
僕は改めて、東洋龍の描かれているスカイスライムを見る。
これが金貨20枚以上の価値があるのか。
美術品の価値ってよくわからない。
もしかしたら、持ってきた石細工もあり得ないような値段が付くんじゃないだろうか?
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