第92話 売りたい工芸品
マッシュ子爵の屋敷は、うちの屋敷の三倍くらい大きかった。
まるで世界遺産に登録されている古城と大聖堂を足して二で割ったような雰囲気だ。
観光で訪れる分には見ていて楽しいかもしれないけれど、ここに住めって言われたら二の足を踏んでしまう。
その家の前に馬車が停まると、老執事が出迎えてくれた。
マッシュ子爵はいない。
身分が上の者が訪れたときは領主が屋敷の入り口まで出迎えにくるものだが、逆に身分が同じか下の者が訪れたとき、領主は屋敷の中で待つのがドルンの慣習らしい。
マッシュ子爵はそういうことを気にする性格ではないだろうけれど、周囲の目を意識してのことなのだろう。
老執事に案内されて、屋敷の中へと入っていき、客間に通された。
紅茶と御茶菓子が運ばれてくる。
そういえば、この世界で紅茶を見るのって初めてだ。
いま、修行空間でもゼロが茶葉を育てているが、飲めるようになるまではまだまだ時間がかかる。
ロジェ父さんがミルクと砂糖を入れて飲み始めたが、僕はまず、何も入れずに飲んでみる。
うん、美味しい。
お茶菓子に砂糖がいっぱい使われているので、紅茶に砂糖をいれる必要はなさそうだ。
キルケの分はない。そもそも、彼女の席がない。
使用人なので僕たちの後ろに立っている。
ここが自分の家なら一緒に飲もうと促すが、他家の屋敷でそんな勝手はできない。
紅茶の味に感動していると、マッシュ子爵がやってきた。
「よく来たね、スローディッシュ男爵。それにセージくんも。歓迎するよ」
「お久しぶりです、マッシュ子爵」
「とても美味しい紅茶でした。ありがとうございます」
「うん――おや、セージくんはミルクと砂糖は使わなかったのかい?」
「はい、そのままの方が紅茶の香りを楽しむことができると思いまして。茶葉の質がいいのか、淹れ方がうまいのか、とても美味しくいただけました」
「セージくんは紅茶のことをよく理解しているね。それを淹れたのは実は私の妻なんだよ。彼女の趣味のひとつでね。今の言葉を伝えたらきっと喜ぶと思う。あとで紹介するね」
マッシュ子爵が上機嫌に答えた。
これ、子爵夫人が淹れた紅茶だったんだ。
あとでっていうのは、夕食の時ってことらしい。
夕食まで時間がある。
「子爵、セージが町の見学をしたいらしいんだよ」
「だったら、馬車の手配を――」
「いや、この子はそういう面倒なのはいらないけど、キルケと二人だと心配だからね。彼を借りていいかな?」
マッシュ子爵は快く受け入れてくれた。
彼というのは、出迎えてくれた老執事だった。
客人をもてなすのに、執事が不在でかまわないのかと思ったけれど、彼には息子がいて、その息子も執事をやっているらしい。
老執事はロジェ父さんとは古い知り合いだったので挨拶に顔を出したが、屋敷のことはその息子の執事さんが取り纏めているから、彼がいなくても問題はないんだとか。
「改めまして、マッシュ子爵家の執事をしておりますジュールと申します。なんなりと申しつけください」
「はじめまして、スローディッシュ家の嫡男、セージ・スローディッシュです。こっちはメイドのキルケ。移動中僕のお世話をしてもらいます」
僕が紹介するとキルケが頭を下げた。
そして、大事なことを告げる。
「さっき、なんなりと申しつけ下さいと言っていましたが、堅苦しいのは面倒なので、これからキルケも僕も普通に話をするので、ロジェ父さんやマッシュ子爵に告げ口をしない約束をしてもらえると、僕もキルケも非常に助かりますが、どうでしょう?」
「お客様の秘密を守るのも執事の大事な役目でございます」
僕の頼みを、ジュールさんは快く受け入れてくれた。
うん、わかる人だ。
「ということで、キルケはいつも通り話していいよ」
「よかったです。正直、黙ってるのって息が詰まるんですよね」
キルケは大きく息を吐いて言う。
長旅で疲れているのはキルケも同じだからね。
「それで、セージ様。見たい店はありますか?」
「そうだね、とりあえずスパイスの店は絶対に見たいかな。あと、ちょっと知り合いに頼まれて、工芸品を売りたいんだけど、いい店があったら教えて欲しい。あとは最後に銀貨数枚程度で買える女性人気の小物が置いてあるお店とかあったらみたいかな? うちで留守番している使用人へのお土産にしたいから。それと、ジュールさんお勧めのお店か施設があったら案内してほしい。時間がないから、工芸品の買い取りの店、スパイスのお店と小物を扱っている店を優先でお願い」
「かしこまりました。ちなみに、工芸品とはどのようなものでしょう?」
「こういうの」
僕が出したのは、鉱石や綺麗な石を彫って作った置物だった。
全部精巧にできている。
ハイエルフが八百年間の間に暇つぶしに作ったもので、荷物と一緒に持ってきたそうだ。
ただ、暇つぶしに作ったものなので捨てても構わないと言っていたが、捨てるのなら売ってみたらどうかなと思っていた。
本当は王都で自由行動を取る事ができたらその時に売るつもりだったんだけど、ジュールさんと一緒なら安く買いたたかれる心配もないし、なにより芸術の都というのなら正しい価値で買い取りしてもらえると思った。
とりあえず、三人には持ち運べる大きさでそれぞれ自信のある石細工三点を用意してもらった。
ついでに、カリンが作った石の細工もある。
出発日の前日、カリンに王都に行くことを話したら、僕にこれを売ってきて欲しいと託された。
元々、こういう細工品を作ったりするのが趣味で、ときどきバズにも買い取ってもらっていたらしい。
僕が評価した順に並べる。
リアーナ作:ハイエルフ城
かつてのハイエルフの王宮をイメージした、木と城を融合させた建築芸術。
色は塗られていないが、野球ボールくらいの一つの石から作られた力作。
今もこの城があるのだとしたら、是非観光に行きたいところだけれど、神罰が下ったときに城も崩壊したらしい。
希望小売価格:金貨5枚。
リディア作:ゴブリン。
着色もしてあり、まるで本物のゴブリンの標本みたいだがサイズは本物の1/16と小さめ。
フィギュア人形のないこの世界において、いったいどこまで受け入れられるか気になるところ。
モデルは友達のゴブリンだろう。
希望小売価格:金貨2枚。
カリン作:花
道に咲いていた花をモチーフに彫って、スカイスライムに使った絵具の残りで色を塗った。
これまで石細工を売ったことあはるが、着色をしたのは初めてらしい。
一品物としては価値があると思うが、そこまで高くはならないだろう。
希望小売価格:銅貨5枚。
リーゼロッテ作:天の声。
よくわからない。芸術品らしいが、本当によくわからない。
リディアが啓示を聞いたときのイメージを彫ったというが、何を表しているのか不明。
希望小売価格:プライスレス。
ハイエルフの希望小売価格が自意識過剰だ。
というか、リーゼロッテの作品は価値がつかないんじゃないかな?
「凄いです。このゴブリンなんて本当に生きているみたいです」
「驚きました。このような高いレベルの石の芸術品があるとは。来月開かれるオークションに出品をお勧めしたい出来です。これなら高く売れるでしょう。では、まずはそれらを買い取ってくれる店に参りましょう」
僕たちはジュールさんの案内で、工芸品を買い取ってくれる店に行った。
きっと、素人の芸術家を支援する小さな店とかそういうところだろう――と思ったんだけど、
「こちらです」
そう言って案内されたお店は、明らかに庶民が立ち入ることができないような高級な雰囲気を持つ、まるで美術館のような店だった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
昨日、一昨日と立て続けにコメント付きレビューをいただきました!
ありがとうございます!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます