第94話 驚きの鑑定結果

 ルジエールさんに案内された部屋は、椅子とテーブルだけのシンプルな部屋だった。

 美術品なども飾られていない。

 交渉等の仕事専門の部屋というところだろうか?

 促されるように席につく。

 交渉に興味のないキルケは、ジュールさんと一緒に店内を見て回ることにした。


 さて、どれから出したものか?

 最初に舐められないように一番高く売れそうなリアーナの石細工?

 それとも、徐々にいいものを出していくという点においては、カリンの作品からがいいだろうか?

 リーゼロッテの作品はもう何がなんだかわからないので、これが最後ということは決めている。

 悩むこと一秒、結局僕が出したのは、リディアのゴブリンの石細工だった。

 玄関に魔物の剥製が飾られていたから、本物そっくりなこのゴブリンの石細工も受け入れられると思ったのだ。


「ほう、これはゴブリン……素材は石か……」


 ルジエールさんは片眼鏡を掛けて手袋を嵌めると、石細工を手に取って念入りに調べる。


「買い取り価格は銀貨三枚といったところか」


 希望小売価格:金貨二枚。

 鑑定結果:銀貨三枚。

 大幅なプライスダウンだ。


「査定の理由を知りたいって顔をしているな」

「はい。僕の素人目から見てもかなり精巧にできていると思ったので」

「うむ。確かにこれはよくできているゴブリン像だ。ゴブリンへの愛を感じる。だが、まず第一にゴブリンは魔物の中でも害獣とされていて、その像は人気がない。それと、塗料が問題だな。石材に使う専門の塗料ではなく、種類はわからないが向いていない草や鉱石から作られた塗料で着色されている。これでは十年も経たずに変色することだろう。これなら色付けしないほうがまだマシだ」


 ぐうの音も出ないとはまさにこのことだった。

 ゴブリンが人気のない魔物だとは知っていたが、色付けについてはそこまで酷いとは思っていなかった。

 ハイエルフたちは三階層で採れる素材だけで着色したと言っていた。

 それが欠点か。


「なら、これはどうですか?」

「ん? これは石で掘られた花か。造花はいくつか見てきたが」


 ルジエールさんがまた鑑定をする。


「まず、当商会での買取はできないことを伝えておく。石の彫り方がまだ未熟だ。おそらく、子供が作ったものなのだろう。力が足りていない」

「……はい」


 塗料の問題をクリアしていたとはいえ、やっぱりダメか。

 まぁ、五歳の子供の作品だし、仕方ない。


「だが、これなら私が個人的に金貨一枚で買い取らせていただきたい」

「え?」

「色の塗り方を見ればわかる。これは、あのドラゴンと描いた者と同じ者の作品であろう? 花びら一枚一枚、葉の細部まで綺麗に着色されている。私はあのドラゴンの絵のファンであると同時に、それを生み出した創作主のファンでもあるのだ。その創作主の作品は未熟であれども手元に置いておきたいと思う」


 おぉっ!

 希望小売価格:銅貨5枚。

 鑑定結果:価値なし。

 個人査定額:金貨1枚。

 プライスダウンからの大幅プライスアップ!

 カリンも喜んでくれるだろう。


「この作品を作った者は知り合いかね?」

「はい、友達です」

「そうか、ならば石を彫るための石材と、あと画材もいくつか用意しておくから、これを作った人に渡してほしい。道具がよくなれば、それだけいい作品が創れるだろう。安い投資だ」


 本当にルジエールさんはカリンの作品を気に入ったんだな。


「次はこれをお願いします」

「…………これは」


 リアーナの作品を出すと、ルジエールは額に汗を浮かべながら見た。

 なんだろう?

 いままでより調べる時間が長い気がする。


「これは金貨400……いや、420枚で買い取りたい」

「そんなに!?」

「これは石で彫られた細工でありながら、古代エルフの建築技術を用いられている文化的にも歴史的にも価値のある作品だ。彫られた後を見ると、おそらく五百年、いや、それ以上前の物だろう。一体、これをどこで――」

「ええと、知り合いが旅人から食事の代金代わりに受け取ったと……」


 そうだった。

 リアーナたちは八百年以上三階層に閉じ込められていた。

 最近彫った石細工かと思っていたけれど、五百年以上前に彫っていたとしても不思議ではない。


「ここまで精巧な代物。恐らく、古代エルフが儀式に用いた神具であろう」


 違います、暇を持て余したハイエルフが退屈しのぎに作った一品です。

 希望小売価格:金貨5枚。

 鑑定結果:金貨420枚。

 大幅プライスアップ。

 いまから、リアーナのドヤ顔が目に浮かぶ。

 しかし、本当に芸術ってわからないな。

 もしかしたら、あれも。


「ルジエール様。最後にこれをお願いします」


 僕はそう言って、最後の石細工を取り出した。


   ▽ ▼ ▽ ▼ ▼


「セージ様、どうでした? 高く売れましたか?」


 店を出た後、キルケが尋ねた。


「うん、合計金額は思っていたより高かったよ」

「それはよかったです!」


 うん、石細工を売って得たお金、カリンの金貨一枚を除けば僕が自由に使っていいことになっている。

 まぁ、ハイエルフたちへのお土産は買うつもりだけどね。


「先代様の査定は厳しいのですが、全部売れたのですか?」

「いや、これだけは売れなかったよ」


 リーゼロッテの作った啓示を具現化した石細工。

 それを見たときのルジエールさんの反応は――


『なんだこれは……わからない、私の目を持ってしてもわからない。ただのガラクタではないことは理解できるのだが、理解できないなにかだ。一体なんなんだ、これは……』


 と酷く混乱し、憔悴し、結果――


『わからない。すまない、これに値段をつけることはできない。私にはこれが理解できないのだ』


 と謝られた。

 僕は思う。

 美術品の価値は理解できないけれど、本当に理解できない美術品を鑑定するのはとても大変なのだと。


 リーゼロッテの石像。

 希望小売価格:プライスレス。

 鑑定結果:プライスレス。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

金貨は、小金貨のことで、1枚=約10万円 銀貨1枚=1万円、銅貨は1枚100円。

大金貨(100万円)もあるけれど、一般取引には使われない。


ゴブリン像:希望小売価格20万 鑑定結果3万円

花の石細工:希望小売価格500円 鑑定結果10万円

古代エルフの王宮模型:希望小売価格50万円 鑑定結果4200万円。

啓示の像:希望小売価格:プライスレス 鑑定結果:プライスレス


ちなみに、スローディッシュ領は田舎で物価が低いので、平均年収は金貨8枚(80万円)程度。

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