第95話 スパイス店
ジュールさんが次に案内してくれることになったのは、スパイス専門店。ちょうど馬車で見かけた店だった。
二つの飲食店に挟まれた立地にあるのは、隣が普通の家だと匂いでクレームがくるけれど、飲食店だとスパイスの香りに刺激された通行人がそれらの飲食店に入っていくからだろう。
両隣の看板を見ると、【スパイスを使った料理揃えています】って書いている。
なかなか商売上手だ。
「ジュールさんはこの店に来たことはあるの?」
「はい。特別なお客様をおもてなしするときなどに、スパイスを使った料理を提供しますので」
「それ以外では使わないの?」
「ええ。スパイスは高価ですからね。もっとも、この街では美食家の方々が多いので、店は繁盛しているようです」
中を見ると客の姿は見えないけれど、でもお金持ちが顧客だとしたら、商品は直接持って帰らずに家まで届けてもらったりするのだろう。
「凄い臭いですね」
キルケが目を細めて口を開ける。
鼻で呼吸するのを諦めたようだ。
「キルケはこの匂い苦手?」
「苦手ではないですが、ここにしばらくいたら、鼻がおかしくなる予感がします」
それは正しいと思う。
きっと、僕も店内にいたら暫く他の食べ物の匂いがわからなくなりそうだ。
それくらいの匂いが店の外まで漂っている。
ここで待っていてもいいって言ったんだけど、キルケも一応は従者としての役目を理解しているのか、それとも興味が勝ったのか、一緒についてきてくれた。
中に入ると、民族衣装を着ている褐色肌の若い女性が出迎えてくれた。
インド人のような雰囲気がする。
異国の人のようだ。
「いらっしゃいませ。ジュール様、お久しぶりですヨ。今日は何をお探しですか?」
「やぁ、ノラ。今日の客は私ではなく、この方です」
「はじめまして、セージっていいます」
「おぉ、セージ! 良い名前だネ! うちでもよく売れるヨ! 肉の臭みを消すのにちょうどいいスパイスハーブでネ」
そう言ってノラは僕にセージの葉を見せてくれた。
うん、これなら村でも育てているので、わざわざ買う必要はない。
「店内を見せてもらってもいいですか?」
「もちろんサ、ジュールさんが連れてきたお客さんのことは断れないヨ」
スパイスはいろいろあった。
一番目を引いたのは、真っ赤な唐辛子だ。もう見ただけで辛そうだとわかってしまう。
それと、
「あった、黒胡椒! お姉さん、これいくらするの?」
「胡椒だネ。この瓶に入れて金貨一枚だネ!」
そう言って出した瓶はとても小さな瓶だった。
ちょうど、一般的にテーブルの上に置かれている胡椒瓶くらいの大きさだ。
それで金貨一枚。
やっぱり高い。
「金貨一枚もするんですかっ!?」
「メイドさん、ボッタ食ってないヨ? ジュールさんの商会だから、安くしてるヨ? 王都の高級店で買えば、もっと量減らされるネ! トモダチ価格!」
うん、これがぼったくり価格だったら、ジュールさんが何か言っているだろう。
彼女もわざわざ子爵家を敵に回して高値を提示したりしないはずだ。
「とりあえず、二瓶分欲しいなぁ」
「おぉ、豪気だネ! でもお客さん、お金ある?」
「失礼ですよ! セージ様はこの王都で流行りのスカイスライムを作ったお方なんですから!」
キルケが余計なことを言った。
お金があまりない振りして、値引き交渉がしにくくなった。
「スカイスライムの権利所得? あれを作ったのって君なの? 本当に?」
さっきまでと違う語尾でノラさんが驚いた。
「うん、一応。それより、お姉さん、その喋り方」
「あ、ごめんごめん。あの喋り方の方がお客さんのウケがいいんだよ。両親は確かに極東の国の出身だけど、私はこの国で生まれ育ったからこっちが素なのよ」
エセ異国人かよっ!
僕も雰囲気に騙されたから、その戦略は間違えていないけどね。
「それより、スカイスライムを作ったって本当? 私も遊んでるんだけど、凄いよね! 聞いた話だと、二本の糸を使って魔法も使わずに高速で動き回るスカイスライムもあるって聞いたんだけど、それって持ってる? 作ろうとしたけど、全然できないんだよね」
「持ってきていないけれど、作り方なら教えてあげることができるよ」
「本当にっ!?」
「でも、スパイスの値段を安くしてくれたらね」
「値引きはできないけど、シナモンスティック五本でどう?」
シナモンスティックか。
うん、これはいろいろと使えるな。
「うん、交渉成立」
ただ、実際に作りながら説明するのも時間がかかる。
急いで回らないと、雑貨店に行く時間がなくなってしまう。
僕は一度修行空間に行き、倉庫に保管してあったスカイスライムの設計図の中からラナ姉さんのために作ったカイト型のスカイスライムの設計図を持って戻った。
「はい、これカイト型のスカイスライムの作り方を書いてる紙。一応この通りに作ったらあとは飛ばし方次第だね」
「普段から設計図を持ち歩いてるの?」
「たまたまだよ」
カレーの材料を全部揃えようかとも思ったけれど、カレーに使うとあっという間にスパイスが無くなりそうだ。
なので、買うものは――
「ナツメグは売り切れか。カルダモン、クローブ、ジンジャー……あ、スターアニスもあった! シナモンスティックも追加で購入。トウガラシも買っておこうかな。辛い物は得意じゃないけれど安いし」
他にも有名なスパイス、名前だけは聞いたことがあるスパイス、見たこともないスパイスなどいろいろあったんだけど、予算の都合でこれだけにした。
「本当に豪気だね。全部で金貨七枚と、銀貨五枚。銅貨の部分はおまけしてあげるけれど、買える?」
「うん、なんとか」
僕はそう言って、金貨七枚と銀貨五枚を渡す。
「まいどどうもです。商品は届けましょうか?」
「今日中にマッシュ子爵の邸宅まで届けてもらえますか?」
「もちろん。夕方までには届けます」
「じゃあ、お願いします」
良い買い物をしたなぁ。
これで何を作ろうか今から楽しみだ。
「セージ様……あれって、セージ様がお小遣いとしてもらったお金ですか?」
「バズにスカイスライムを売ってもらったお金と、あとは写本を売って貯めたお金だね。石細工を売ってもらったお金は使ってないよ?」
もしかして、僕が石細工を売ったお金を勝手に使ったと思ったのかな?
もちろん、それをしてもいいんだけど、今回使ったお金は正真正銘僕のお金だ。
本の写しは羊皮紙代や装丁に掛かる分、結構費用がかさむけれど、それでも一冊書けば金貨一枚分の小遣いにはなる。
あとは、ロジェ父さんに頼んで、スカイスライムの僕の取り分のうち何割かを受け取った。
子供に大金を持たせるのはどうかと渋っていたけれど、何とか説得した結果だ。
本当は全部貰いたかったけれどね。
「でも、どうして?」
「いま、スパイスを買うのに使ったお金、私の給料一年分以上なんで……」
キルケは見習いだし、住み込みで食事と部屋を与えられての仕事。
給料は安い。
僕は彼女になんと声を掛けたらいいかわからなかった。
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