第61話 カエル狩り

 さて、突然だが、僕はカニは嫌いじゃない。

 むしろ好きといってもいいだろう。

 だからこそ、ジャイアントクラブとの出会いを楽しみにしていた。

 ビッグトードを食べるつもりはないが、ジャイアントクラブは食べたい。

 焼いてもいいし、茹でてもいい。

 ゼロはダメだって言っていたけれど、生で食べるの美味しいだろう。

 僕が氷結魔法を覚えたのは、三階層で手に入れたカニを即座に冷凍できるように――なんて一面もあった。まぁ、時間が止まる倉庫があるから、そこまで必要はないんだけど。


 三階層の出口は直ぐに見つかった。

 というか、ここに来たときにアウラが見つけてくれていたから、最初から知っていたといってもいい。

 さて、後は目的のビッグトードを倒して持って帰って毛生え薬を作れば、安全な二階層に戻って修行だ。 

 

「ジャイアントクラブを見つけないとね」

「え? ビッグトードじゃなかった?」

「あ、そうそう。そっちが先だった」


 理性では理解しているのに、本能が口を動かしてしまう。

 恐るべし、食欲。

 でも、考えてもみてほしい。

 成長チートを憎み、スローライフに生きる僕。

 そして、カニを食べるのはどうだろうか?

 あれは、とにかく食べるのが面倒な食べ物だ。綺麗に剥けたらいいけど、下手に剥いてしまうと殻の中に身が残ってしまう。カニ専用のフォークがあればいいけどそんなものがなければ箸で中をつついてほじくり出すように身を出す。

 長い時間かけて取り出した身。

 でも食べるのは一瞬だ。

 しかし、それが至福。

 それが喜び。

 長い間経験値を貯め、さらに貯め、貯めに貯めてレベルが上がったときの快感を感じるのに等しい。

 カニはいまの僕に通じるところがあるのだ。

 

「セージ、池から何かあがってくるっ!」

「カニかっ!?」


 僕の期待を裏切り、現れたのはまたもビッグトードだった。

 牛くらいの大きさのカエル。

 発情期じゃないらしく、くすんだ蒼色をしている。

 ハズレだ。


「ウィンドカッター!」


 僕の風の刃がカエルを切り裂く。

 その間に二発目に備えてアウラの蔦がビッグトードの身体を縛り上げ――


「え?」


 身動きが取れないはずのビッグトードの長い舌が伸びてきて僕に巻きつく。

 捕食されるっ!


「セージを渡さない!」


 アウラのもう一本の蔦が僕に右腕に巻きつき、身体を引っ張って来る。

 アウラの蔦とカエルの舌により引っ張られる僕の身体。


「痛い痛い痛いっ! 裂ける!」


 これはまるで、大岡裁きに登場する子供じゃないかっ!

 子供の親を名乗り出る二人の女性に、子供を引っ張らせる。

 そして、子供が痛いと叫んだ時、手を離した方が本当の母親だ。


 そうだ、アウラは優しいからきっと僕を離して――離されたらカエルに丸のみにされる。


「アウラ、絶対離さないで!」

「離さない!」

「痛い痛いっ! やっぱり離してぇぇぇ!」

「離さない!!」


 3階層は恐ろしいところのようだ。

 その後も、なんとかビッグトードを撃退していくが、目的のジャイアントクラブは一匹も現れない。


「中々出ないね」

「あぁ、ハズレばっかりだ。そろそろ体力の限界だぞ」

「アウラも蔦がヌメヌメしてきたよ。セージ、水出して」

「うん」


 水の魔法でアウラの蔦のヌメヌメを洗い流す。

 はぁ、お腹空いてきたな。

 ゼロから貰ったお弁当はもう食べちゃったし、一度帰るか。

 それとも、カエル肉を食べるか……いや、できることならカニを食べたい。


「セージ、また来るよ!」

「うん、今度こそっ!」


 僕の願いもむなしく、現れたのはまたもビッグトードだった。

 ただし、青く光っている。


「先に最初の目標か! ウィンドカッター」


 風の刃を放つ。

 一撃で仕留められないのはわかっている。

 僕とビッグトードの間にアウラが割って入った。

 彼女が守ってくれている間に二発目の準備を――と思ったとき、フラっときた。

 しまった、魔力が底を尽きかけている。


「アウラ、弓矢に変更する」

「わかった!」


 僕は背負っていた弓を取り、矢筒から一本の矢を取り出す。

 魔法を使う頻度が上がったが、矢の練習はしっかりしている。

 外さない!

 矢がビッグトードの目に命中した。

 

「よし――」

「セージ、まだっ!」


 ビッグトードの舌が伸びてきた。

 狙ってるのは僕だ。

 しかし、アウラの蔦がそれを弾く。

 舌と蔦、熾烈な中距離攻撃の弾きあい。

 くそっ、ゴブリンだったら今の一撃でも倒せてるのに。

 推奨レベル5じゃなかったのか。

 さらにもう一度矢を射ると、なんとか発情期中のビッグトードは絶命した。

 あとはこれを持って帰ったら毛生え薬を作ることができる。


「もう魔力も切れたし、これを持って帰ろう。三階層は暫く遠慮したいや」

「セージ、危なかったもんね」


 アウラがカエルを解体し、胴体の部分を持ってくれたので、僕は切断された四本の脚を持って出口の魔法陣に向かう。


「あ、セージ、池から何か来るみたい」

「魔力もないし逃げるぞ」

「うん」


 僕がそう言って出口に向かって走った。

 出口の近くで戦っていたため、敵の姿を見ることなく魔法陣の上に到着。

 よし、脱出っと。

 振り返ると、そこには池から出てきた巨大なカニの姿が。


「しまっ――」


 僕たちは一瞬にして零階層へと戻されたのだった。

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