第62話 とれとれぴちぴち

 異世界通販本で、増えるワカメ(300ポイント)と乾燥ひじき(100ポイント)を購入。

 別に味噌汁と小鉢を作ろうとしているのではない。

 これは毛生え薬の材料だ。

 髪に海藻がいいって聞いたことがあるけれど、魔法薬の素材にもなるだなんて。


「あとは、このカエルの油を使います。セージ様、少々お待ちください」

「うん、ありがとう、ゼロ」


 僕が礼を言うと、ゼロは一礼して素材を持ってプライベートルームに向かう。

 作り方は難しくないらしいのだが、調合に時間のかかる薬らしい。

 はぁ、カニ食べたかったな。

 異世界通販本で購入できるんだけど、高いんだよなぁ。

 一番安いカニでも1000ポイントもする。

 ゴールデントードを逃した代償は大きい。


「アウラ、蔓を洗いたいんじゃない? お風呂入ってきていいよ」

「セージも一緒に入ってくれる?」

「…………」


 アウラの発言は特に意味はない。

 ただ、零階層に戻ってから、僕の頭を撫で続けている彼女は、この感触をできるだけ長い間味わいたいのだろう。


「アウラは恥ずかしくないの? 僕と一緒にお風呂に入って」

「なんで?」


 ……なんでと言われたら、なんと答えたらいいんだろう?

 んー、僕も五歳だし、別にやましい気持ちはない。

 それに、アウラも年齢は僕とそんなに変りない。

 五歳の男女が一緒にお風呂に入る。

 うん、問題ないんじゃないか?


「じゃあ、一緒に入ろっか」


 風呂の準備はゼロがしてくれている。

 最初に僕が入る。

 うん、気持ちいい温度だ。

 やっぱりお風呂の温度は41度だよな。

 

「…………あれ?」


 毛生え薬ができることへの安心感と、カニを食べられなかった喪失感のせいで失念していたが、これってマズくないか?

 アウラが純粋無垢なことと、五歳児の身体を持っていることをいいことに、女の子とお風呂に入ろうとする悪い男じゃない?


「セージ、入るよ!」

「アウラ、ちょっと待った――」

「どうしたの?」


 やばい、アウラが……ってあれ?

 アウラは裸じゃなかった。


「アウラ、服着て入るの?」

「服? 着てないよ?」

「え?」


 ……あ、よく見ると服じゃない。

 花びらだ。

 そうだ、思い出した!

 最初にアウラに出会ったときもこんな感じだった。


「そっか、アルラウネだもんな。それ、服じゃなくて体の一部だったのか」

「これも脱いだ方がいいの?」

「脱げるの!?」

「脱げる、生えてくるまで時間がかかるから脱ぎたくないかな?」


 それは脱ぐとは言わないと思う。

 はぁ、緊張して損した。

 これで解決――

 

「そういえば、セージの裸見るの初めて! セージ、そんな身体してたんだ。ねぇ、それ・・どうなってるの?」


 全然解決してないっ!

 その後、僕はアウラに質問攻めにあい、無自覚な辱めを受けるのだった。


   ▽ ▼ ▽ ▼ ▽ 


「セージ様、どうでしょう?」

「おぉ、すっかり元通りだ」


 風呂から上がって、冷たい水を飲んで一息ついたところで、ゼロが完成した魔法薬を持ってきてくれた。

 大きな水瓶いっぱいの魔法薬が完成したそうだが、実際に使うのは栄養ドリンクの小瓶程度の量だ。

 それを飲む。

 塗るのではなく、飲む。

 まぁ、カエルの油を含め、身体にいれて毒となるものは入っていないから問題ないだろう。

 味もそれほど悪くない。


「おぉ、伸びた!」


 すっかり元通りだ。

 いや、髪質が前よりよくなったんじゃないか?

 櫛の通りがいい気がする。


「ありがとう、ゼロ!」

「勿体なきお言葉です。それと、残った薬はどういたしましょう? 全てセージ様が手に入れた素材で作った薬ですが」

「あぁ、今後同じことが起こらないように、倉庫にある程度保存しておいて……この薬って売ったりしてもいいのかな?」

「はい、一部ですがセージ様の世界にも出回っている薬になります」

「そっか。じゃあ、身バレしない場所で売ってみようかな? いいよね?」

「もちろんです」


 バズに売ってもらうのは足がつくから、王都に行くとき、こっそり抜け出して売ってみようかな?


「あーあ、セージの髪元に戻っちゃった」

「ごめんね、アウラ」

「ううん、やっぱりセージにはその髪が似合ってると思う」


 お世辞だとしても似合ってるって言ってくれて少しうれしかった。

 さて、じゃあ一度元の世界に戻るか。

 少しの間だけど、長い間戻っていなかった気がする。


   ▽ ▼ ▽ ▼ ▽ 


 元の世界に戻ってきた。

 ふぅ、疲れた。

 今度、焚き火の前に立つときは気を付けないといけないな。

 生木も使わないようにしないと。

 ティオに甘いお菓子でも作ってもらおうかと厨房に向かう途中、ラナ姉さんに遭遇した。

 疲れているときに一番出会いたくない女性だ。

 キルケも一緒にいる。

 よし、逃げよう。


「セージ、なに逃げようとしてるのよ」

「……やぁ、ラナ姉さん。奇遇だね」

「家の中で奇遇もなにもないでしょ。それより、セージに調理してほしいものがあるのよ」


 その手にはバケツが握られている。

 なんだろう?

 野菜でも貰って来たのかな?


「やめましょうよ、ラナ様。絶対に美味しくないですよ」

「そんなことないわ。父さんが昔食べたけど美味しかったって言ってたもん」

「絶対嘘ですよ。お腹壊しますよ。村でもこれを食べてる人見たことありませんよ」


 違う、野菜じゃない。

 きっと、禄でもない物だ。


「姉さん、僕疲れてるから――」


 ラナ姉さんに手首を掴まれた。

 あぁ、もうダメだ。


「セージ、これ食べられると思う?」

「姉さん、村の人が食べないってことはきっと毒かなにかが……ってあれ?」


 そのバケツの中で、とれとれピチピチの動くものを見て僕は固まった。


「姉さん、それ――」

「川で捕まえたの! 父さんが昔、海で食べたときは美味しかったって言ってたわ! セージ、調理できるわよね」

「うん、やってみるよ。美味しくできるかどうかわからないけど、僕が味見をして美味しかったらラナ姉さんに提供するね」

「それでこそセージよ。じゃあ、任せたわよ」


 そして、僕はバケツの中のそれ――三匹のそこそこの大きさのカニを見てほくそ笑む。

 生まれて初めて、ラナ姉さんの弟でよかったと思ったよ。

 さて、こいつらをどう調理してくれようか。


 その後、ティオと二人で、様々なカニ料理を作っては味見という名の食事会を開いた。

 もちろん、美味しい。

 焼きガニ、茹でガニ、さらに甲羅を使ったカニグラタン。

 いやぁ、ホワイトソース、こっちの世界では初めて作ってみたけどうまくできるもんだね。

 一番ティオが絶賛していたのは爪の部分を使って作ったカニクリームコロッケだ。

 その後も、二人でいろんな料理を作っては食事――もう味見という建前を無くしていた――をする。

 そのせいで食べ過ぎてしまい――


「ラナ姉さん、これ、作ってみたんだけど食べてみてくれる?」

「え? これだけ?」

「うん、失敗して。でも、これは美味しくできたから」


 僕が謝ると、ラナ姉さんは少し不満そうにしながらもそれを食べた。

 そして――


「これ、美味しい! やっぱりカニって美味しかったのね! 残りも全部貰うわよ。また捕まえてきたら作ってね」

「うん、同じようにできるかわからないけど、また作ってみるよ」

「ええ、任せるわ! あぁ、本当にカニって美味しい!」


 そう言って、ラナ姉さんは異世界通販で購入したカニカマボコ(4本100ポイント)を満足そうに食べたのだった。

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